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第一話 周防慈郎

ここからが本編らしきものです。

相変わらず文章は思うがままに書いています。よろしくお願いします。

 俺は周防慈郎(すおうじろう)という一人の凡人だ。

 何でもできるということはなく、かといって何もできないというほどでもない。

 必死に努力すれば、何でもそれなりにはできるようになる。

 だから実際、これまでの人生も何とかなってきた。

 それなりには、何とかなってきたのだ。


 だがいつだって、それなり以上にはなれなかった。


 弱小校ではあったが中学時代、俺は剣道部に所属し、部内で二番目に強かった。

 結局一番にはなれなかったが、それでも本気で取り組めばいつか誰にも負けない取り柄になるんじゃないかと思った。

 だから高校に入ってからはいっそう剣道にのめり込んでいった。


 みんなよりも早く道場に来て朝練をして。

 みんなと同じように毎日部活に参加して。

 みんな以上に終わった後も自主練をして。

 

 高校に入ってからはほとんど剣道しかしていない。


 なのに、負けた。


 普段の部活ですら、休んでばかりいる奴に負けた。

 

 もしかしたら中学時代に全国大会に出場していたというような輝かしい実績があるのかと思えば、そんなことはなく。

 ならば学外の道場にでも通っているのかといえば、そうでもない。

 そいつは高校から剣道を始めて、日々の部活を適度にサボりながらやっているだけだった。


 そんな奴に負けたのだ。


 さすがに納得がいかず、試合が終わった後、涼みながら休憩しているそいつに尋ねた。


「なんで、お前はそんなに強いんだよ?」


 それで返ってきた答えがこうだ。


「なんでって……さあ。普通に竹刀を振りかぶって、普通に振り下ろせば、普通に勝てるものでしょ」


 ……。

 …………。

 俺は竹刀をぶん投げた。

 


 ――そして数十分後――



「いやいや、さすがに竹刀ぶん投げちゃまずいっしょ」

 

 隣を歩く園神閏(そのがみじゅん)は呆れ顔でそう言った。


「まあ、それは反省しているさ。こうして面倒なことになってしまったしな」


 部内試合終了後、とある事情で感情の爆発してしまった俺は竹刀を思いっきり外にぶん投げてしまった。

 そしてその竹刀はというと、道場の隣にある、今は使用されていないプールの方へと飛んでいった。

 幸い数年越しに醸成されたヘドロ沼には落ちず、プールサイドに転がっているみたいなので帰りがけに回収することにしたのだ。

 で、今に至る。


「とはいえ、いまは使われてないから……やっぱり開かないね」


 プールの入り口に着くなり園神はフェンス扉を開けようと試みるが、当然のごとく施錠されていた。


「どうするのさ?」

「そんなの……こうするに決まってるだろ」


 俺は荷物を地面に置くとフェンスに飛びついた。

 そのまま上っていく。


「あちゃー。やっぱしそうなるのね」


 やれやれと言った感じで園神もフェンスに取りつき、俺の後を追ってよじ登り始めた。


「別にここで待っててくれてもいいんだが」

「ただ待ってるのも退屈だし、付き合うよ」


 そして俺と園神は仲良く閉鎖中のプールに不法侵入した。


 部活動が休日の午前日程だったため、日はまだ高く、そのためプールの中がはっきりと、文句なく明瞭に汚く見えた。

 排水溝の中を通る汚水だってこれよりはいくらかましだろうと思えるほどに濁りきり、1センチ先ですら見通せそうにない。プールのへりは過去の水位を思わせる緑色の線が何本か入っている。そして鼻から吸い上げた毒ガスの臭気は一瞬で全身を汚染した。もはや一周して恍惚するレベル。

 俺は泳げないけれど、たぶんこの中に落ちたら、泳げないとか以前に即死すると思う。精神衛生的に溺死している暇はない。


 と、プールのヘドロのことはどうでもいいんだった。

 それよりも竹刀を拾いに行かないと。


 俺の愛刀は反対側のプールサイドに転がっていた。

 意外と距離のあるプールサイドを歩いていって、竹刀を拾い上げる。


 改めて見てみると竹刀はところどころ凹み、相当に使い古された竹刀だった。

 俺と同じように苦労させてきたのに、この竹刀にも俺に才能がないせいで冴えわたるような打ち込みを経験させてやることはできない。

 それに限界を感じてしまったから、多分もう今まで以上に剣道に打ち込むことはないだろうし。

 ……俺もこの竹刀も、なんだか報われないな。


「……才能さえあれば、もっと報われた人生になったのかもな」

「急にどうしたんだい慈郎?」


 変なものを視たと言わんばかりの顔で俺を覗き込む園神。


「いや、なんでもない。気にするな」


 自分以外の人間がいるところで何言ってんだ俺は。

 恥ずかしい。

 これ以上追及される前にさっさとプールから出てしまおう。

 しかし、


「……慈郎はさ。才能のある恵まれた人生だったらよかったのにって、そう思っているのかい?」


 思惑は外れ、園神はちょっと真剣な顔つきでそう訊いてきた。

 訊かれてしまった以上、無視するのもよくない。


「まあ、そうだな。富、権力、才能全てが備わっていたら、もっと楽に今以上の人生が送れていただろうとは思うけど。少なくともこんなに苦労に見合わない人生ではなかったろうな」

 

 所詮金。所詮権力。所詮才能。

 それらを持つ者がいつだって勝利して、持たない者はいつだって負けるのだ。

 だから、俺が勝てないのは持っていない所為なんだ。


「じゃあ慈郎は今の人生に不満なんだ?」


 そう訊いてきた園神の声音には、ただなんとなく会話しているいつもの調子とは違った何かを感じた。

 とはいえそれが何なのかはわからない。


「そう、だな。満足はしていない」

「そっか……だったら……」


 園神はそう呟くなり口元に手を当てて何かを考えるような素振りを見せた。


「どうかしたのか?」

「ちょっと、考え事をしているのさ」


 それは見ればわかる。


「一つ訊いてもいいかい? 慈郎がもし富も権力も才能も持った人生を手に入れたとしたら、どうする?」

「俺が持つ者の人生を手に入れたらか……」


 財政面での制限がなく、他人に優越する力を持ち、才能に恵まれる。

 そして攻略不可能で理不尽な壁が立ちはだからない人生か。

 もしそんな人生を手に入れられたらどうするか。

 ……決まっている。


「今度こそ勝者になる。勝って勝って勝ちまくる人生を送ってやるさ」


 そう言った瞬間、園神は確かに口の端を上げて笑みを浮かべたように見えた。

 だがそれも一瞬のことで、園神は続けざまにこう言った。


「今回みたいに挫折したりはしないのかい?」

「才能があれば、そもそも挫折なんてしなかったさ。それに持たない者の苦悩をいやというほど味わった俺が、持つ者が感じる挫折なんかで折れるわけがないだろ」

「ほうほう。言うねえ~」


 園神は楽しそうに相槌を打つ。


「それじゃ、慈郎に任せてみようかな」

「ん……? 何を――うわっ!」


 園神の方へ問う間もなく、俺は汚水の湖に突き飛ばされた。


 着水間際、この世界で最後に見たものは満面の笑みでサムズアップした園神閏の姿だった。


 そして背中に一瞬の衝撃があり、痛がる暇もなく俺は腐った汚水の中に沈んでいった。

 真っ暗で何も見えない。

 何もわからない。

 全身が痛みを伴う冷たさに飲まれて、自分が今、どんな風にもがいているのかさえ知覚できない。


 ――死ぬ。


 即死はしなかったが、このままでは死ぬ。

 どうにかしないと。

 何でもいい。

 とにかく水面に顔を出せれば。

 でも、どっちが上だ!?

 

 くそ、わからない――ッ。



 とにかく、水面だ――。




 どこだよ水面――。





 水面――――。






 水――め――。







 ――――。







 そして、俺は意識を失った。




次話投稿は3月13日を予定しています。

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