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【 上 】

【開墾記録】


 4月1日。今日は明け方から大根エリアの間引きをした。大根の若葉はみずみずしいうちに塩もみをして刻むと、簡単な漬物になって旨い。

 昼食は大根の葉炒めと漬物、大根葉と油揚げの味噌汁を作って食べた。

 油揚げはチ・キュウ・ニポン島製豆加工品である一品で、味噌汁にコクが出るので気に入っている。


 味ごはんがいない。

 朝食時に入れていたペットフードもそのままだ。

 何処かに遊びにでも行ったのだろうか。


 しばらく探していたものの、この小さな惑星では私以外に生物はいないため大丈夫だろうと判断した。

 これよりスリープマシンで1h休憩の後コスモ椎茸の採取を行う。


 スリープマシンに乗り込もうとして、小型宇宙船の1台が消えている事に気付く。

 もしや、犬泥棒にでもさらわれたのではないだろうか。

 味ごはんは貧相な見た目だが特殊能力がある。乱獲により現在絶滅危惧状態なため、私のように外部から遮断された環境にいる農連加入者が保護をしている。

 宇宙船に乗り込み消えたA型船の磁派記録を測定。移動先を予測計算し自動運転に切り替え飛行開始。

 これよりA型船を追跡する。





【追跡記録】


 測量計算によれば、どうやらA型船はチ・キュウに向かっているらしい。

 チ・キュウ産の遺伝子配合種を使って農業をしたり、無人宅配で注文する『ニポン島うまいものフェア』で油揚げやアジのヒラーキといった食物を口にはしているものの、実際に訪れた事はまだ一度もない。


 チ・キュウへは変装ライセンスを取得していなければ降り立つことはできないとされている。

 だが宇宙犬確保は最優先事項と捉えてよい筈だ。そのくらい味ごはんは特別な犬なのだ。

 レーザーポインターの充電が十分か確認する。万が一チ・キュウ人に見付かったらこれを使うことになる。

 できればポインターなど使いたくない。この姿を見て騒がれる前に味ごはんを取り戻せることを願う。

 ポインターを腹巻の内側にしまい、私はぬめる掌を首からかけた農政連の手ぬぐいでふき取ってからレバーを握り直した。





【到着記録】


 ワープ完了サインが点滅し、私は外を確認した。

 着陸地は灰色の固いマットの上だ。長方形の白ラインが並んでいるのを観察しているうち、隅にジドーシャが停まっている事に気付いた。ラインは枠であり、その中をジドーシャが出入りするのだろう。

 人がいない事を確認し、外に出てみる。


 首輪探知機をオンにすると目の前にある建物を示唆した。どうやら味ごはんはこの中に入っていったらしい。

 ごくりと喉を鳴らし、腹巻を上から押さえる。凶器を持ったチ・キュウ人がいないようにと願いつつ、建物に向かって震える足を進ませた。

 ガラス扉がウィー、と私を歓迎する。


 入った瞬間、野菜の写真の下に肥料らしき袋が積んであるのが目に入った。そのみずみずしい大根の写真に目を奪われる。

 もしやここは農業事業者が訪れる店ではないだろうか。

 腕の翻訳機をスコープモードにして文字を透かすと『原田ホームセンター』と書かれている事が分かった。

 『ホームセンター』とはどういうものかを翻訳機で検索した。どうやら二ポンの日用品を取り扱っている店らしい。


 一瞬、味ごはんの事を忘れそうになった。

 私はニポンの味が好きだ。作物の味わいそのものを堪能できるように考えられた商品の数々。チ・キュウの商品は割高ではあるが、身体に滋養をくれる味わいの数々が忘れられず、味噌やウメボウシといった商品を通販で定期購入している。

 訪れたこの地がニポンだと知り、嬉しさに顔が綻ぶ。うまくいけば味ごはんを連れ帰る際、ニポン作物の遺伝子や種を手に入れる事ができるかもしれない。


 味ごはんを探そうと駆けだしてすぐ、私は何かとぶつかってしまった。





【遭遇記録】 


「◎○!」


 初めて聞いたニポン人の声は、想像と違い甲高かった。

 それにしても重い。そして私の顔回りがやたらと柔らかく温かなもので埋もれている。抜け出そうとしてもがいていると、


「!○◎●!?」


 ぱっと身体が楽になり、慌てた調子で手を取られ、じっと顔を覗き込まれた。


 そのニポン人は私よりも二倍近く背が高かった。この体格差で攻撃をされて、勝てるだろうか。

 からからになった喉をごくりと鳴らし、私は腹巻に手を差し入れた。

 無い。ポインターが、無い。


「ど、どうしてだべっ!? おら、確かここに……!」


 必死で腹巻を探っていると、ふわりと頭に温もりが落ちた。

 撫でるように頭部を往復した掌は、私には無い熱を持っていた。

 ニポン人はしゃがみ込むと、私と同じ高さから話しかけてきた。翻訳機を使おうとして、先程の衝撃でスコープエリアが折れ画面にエラー表示が出ている事に気付いた。


 頼るものが無い恐怖から、私は再び駆け出していた。

 だが懸命に走っても、あっという間に捕まえられてしまった。


「は、はなせえっ! おら、すぐに出ていくだよー! 味ごはん! 味ごはーーん!」


 必死に名を呼ぶと、わんわんッと吠えながら味ごはんが走ってくるのが見えた。いつもと寸分変わらぬ、顔の半分以上を覆う大きな目に針金のような長い身体と手足だ。

 味ごはんの腹部は球体状に膨れ上がっていた。へっへっ、と舌を出してこちらをみる目がきらきらと栄養過多で輝いている。


「お前、まさかワン・プチを食べただか?」


 尋ねると、わんっ、と嬉しげに返事がきた。この膨れ具合はきっと相当の量を食べたのだろう。

 ワン・プチは味ごはんの大好物だ。ニポン商品の注文カタログに掲載されているのをたまに一缶注文しているのだが、特別な時にしか食べさせてやらない高価な犬用缶詰だ。

 この店に置いてあったワンプチを盗み食いでもしたのだろうか。


 ニポン人が私に何かを言った。尋ねるような口調だが、翻訳機がなければ理解することすら不可能なので顔を逸らしだんまりを決め込む。

 それにしても味ごはんを連れさらった泥棒らしき気配など、どこにもないようだが。


「もしかして……自分で宇宙船を運転しただか?」


 小声で尋ねると、ぱたぱたとしっぽが動いた。

 ということは、味ごはんはワン・プチ食べたさだけでここまで自力でやってきたのか。流石宇宙犬、賢さは我々並だ。


「お金は払って……無い……だべなあ」


 くぅ~ん……。味ごはんの尻尾がしおしおと下がった。


「おら、ニポンの金持ってねえし、管理局に知られたら大目玉だべ」


 仕方無いので逃走を図る事にする。





【逃走記録】


 項垂れていた私の頭部に、再び柔らかな温もりが被さった。見上げると、ニポン人がまた私の頭を撫でていた。

 ニポン人は私に向かって片目を瞑るとごそごそと衣服を探り、あーと大口を開いてから私の口を指さした。


「ひいっ」


 もしや私を食うつもりか。恐怖に思わず声をあげると、ぽんっと口を塞がれた。


「ぼすげで……ぐうっ!?」


 叫ぼうとして喉に何かが詰まりそうになった。

 喉がひどく甘ったるい。もしかして……飴玉だろうか。

 ころころと確認すると、口の中に乳の風味が広がった。

 ということは、このニポン人は私に敵意を持っていないと判断してもよいだろう。


「あ、ありがとうだべ……」


 おそるおそる礼を言うと、ニポン人は首を傾げてにこっと笑った。

 敵意を持たれてはいないようだが、私はニポンの通貨を持っていない。いつまでもこのニポン人が目の前から消えようとしないのは、やはりワン・プチ代の支払いを飼い主に請求するためだろう。


「あの……ちょっとお金、取ってくるべよ……」


 そろそろと味ごはんの首輪を引きつつ後退すると、ニポン人は頷き、ひらひらと手を振った。

 ホッとして私はガラス扉の前に出た。ウィー、と開いた扉の向こうから客らしき別のニポン人が目を丸くして私を見る。


「味ごはん! 逃げるべっ!」


 かけ声と共に走り出すと、針金のような足がスコココ!と猛スピードで付いてきた。


「おめえは行きと同じようにA型船に乗って帰れ! おらが両船の軌道を合わせて繋いでおくだ!」


 宇宙船の傍までくると、味ごはんは遠吠えをした。

 うぉぉおーん。

 ややあって、ウィンウィンという音と共に空中からA型船が現れた。


「流石だべよ味ごはん!ミラーシールドを張って外界からの視界遮断をしていたべな!」


 わんっ!


「よし、そのまま先に宇宙に出ているべ! おらもすぐに向かうでよ!」


 命令すると、味ごはんはA型船から出てきた光に包まれ、高く昇って吸い込まれていった。


 味ごはんは無事宇宙へと脱出した。後は私が続くだけである。


 宇宙船の入り口を開けていると甲高い声がした。振り返ると先程のニポン人がぶんぶんと手を振りながら追いかけてくるではないか。

 早く、逃げねば。

 急ぎ扉を閉めようとしたところで、ニポン人の手にポインターが握られていることに気付いた。

 慌てて扉を開く。焦るあまりポインターの事をすっかり忘れていた。

 ニポン人は階段を上ると扉の前で立ち止まり、私にポインターを見せてきた。


「それおらのだべ、返してくんろ!」


 ぴょんぴょんと跳ねながら飛びかかると、ニポン人が驚いたように一歩後ろへと下がった。かこっ、という音と共にニポン人の身体が大きく後ろに傾く。


「危ないっ」


 慌てて渾身の力で腕を引き内側へと引き込んだ。

 ガシャーンッ!!!

 重なった重みと機械に頭部を思い切り打ち付け、衝撃に身体が動かない。

 ニポン人が叫び、私の顔を覗き込んでいる。


「はやく……出……るべ……」


『――軌道計算完了。自動運転ヲ開始シマス』


 音声案内を聞いたのを最後に、私の意識は遠のいていった。

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