その中身 2
しかし、こんなことばかりしていては、とても身がもちません。俺には、日常に潤いをもたらすための趣味というものが他にありました。天秤いじりとは全く性質の違う趣味です。ネットオークションに参加するというのがそれでした。
オークションですので、欲しい品物の価格を他人と競っていきます。俺は彼女へのプレゼントを探していました。学校の試験が終わり、一か月と半月の夏休みに入っていました。俺は窓を開けて、ちょうど天秤をぺろぺろと舐め回しているところでした。刑事のまねをして安天秤です。しかし、その天秤は一つ百円以上しますから、本当に安いのかと言えば、それはちがうのかもしれません。
外はもう暗くなっていました。窓にあみ戸はついていません。俺は裸で、下着すら身につけていませんでした。俺の貧弱な肉体が、直接世界にさらされていました。とてもよい心地でした。
もしこの部屋が低い階層であったならば、防犯上、窓は開けないことでしょう。最近はぶっそうな世の中になっています。何が起こるかわかりません。しかし低い階層でなかったとしても、あるいは外から望遠レンズで盗撮をされるかもしれません。高い階層に居住していたとしても、全く油断はできないのです。
俺は自分のパソコンを電子上の世界へとつなげることにしました。あらかじめパソコンに登録してあったネットオークションのホームに向かいます。まず初めはアクセサリーのカテゴリーを開きました。指輪、耳飾り、髪どめ、首飾り、胸元を装飾する品、腕輪、臍飾り、足輪。そこには、そういった美しい品々がいろいろと並んでいました。その一つ一つを眺めてみては、どれにしようかと悩んでいました。しかし、いつの間にかはよくわかりませんでしたが、気づくと人形のカテゴリーへと、さ迷い込んでいたのでした。俺には、人形を集める趣味は全くありません。一度も訪れたことのないページでしたので、若干の違和感をおぼえながらも、わずかに好奇心がうずいていました。
俺の彼女は同い年の二十歳です。もう子供ではありません。その年頃の分別というものが当然にあります。彼氏からのサプライズプレゼントとして人形を贈られたとしたら、いったいどのような反応をするでしょうか。前もってそれが欲しいと意志表示されていたなら話は別でしょう。欲しかった品物ですからね。しかし、そんな前承諾を一切無しに、いきなり人形をプレゼントされたとしたら、果たして心から喜んでくれるものなのでしょうか? 俺には、とてもそうは思えません。おそらく、いや十中八九、うす気味悪がられるのではないでしょうか。
ですが俺は、そのページに並んだ人形の一つに対して入札を行おうとしていたのです。天秤を夢中でしゃぶっていました。まるで自分が、野生の動物か何かであるように思えてきました。その人形はその時その場所で俺が来ることを待っていたのではないかと直感していました。人形は、そこで選ばれることを心待ちにしていたのではないか、と、そう考えていたのです。
入札ボタンを押す際に、気持ちの迷いは一切ありませんでした。息をするかのような自然な態度で、入札を行ったのでした。
その後、窓を閉めてパソコンの電源を落としました。部屋の電気を消し、ベッドに潜り込みました。薄いタオルケットにくるまって、良い買い物をしたとほくそ笑みました。なぜだか笑いが止まらなくなりました。気付けば高笑いをしていました。きんきんした高音域の哄笑でした。自分の声にもかかわらず、そうとは思えない感じすらしました。その人形の掲載されていたページには他にもたくさんの人形が並んでいたのですが、そのいずれにも入札は一件もありませんでした。俺以外の誰も閲覧をしていないだろうとさえ思われました。入札期限は明日の未明です。落札はまず間違いないだろうと思いました。