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人形  作者:
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棲家 2

 



 さて、そんなわけで、なんとかYの家にたどり着きました。Yの家というのが、これまた立派なものでしてね。まずここでYの家がどのような様子だったかについて、簡単ではありますがご説明させていただきましょうか。

 Yの家というのは、ずいぶんと昔風のつくりをしておりました。豪華なお屋敷とはいささかおもむきことにしておるのですが、そのたたずまいからは、なんとも古めかしい威厳のようなものが、そこはかとなしににじみ出ておりました。子供の身ながらも、これはずいぶん古い家なんだろうなぁ、と思ったものです。

 建物の敷地面積というのが、それは広かった。家屋自体に関しては、これは平屋だったのですが、とにかく広々していました。部屋の数がそりゃもうたくさんあるのだろうな、と、まだ中に入る前から十分に想像できるものでした。そして庭も建物の大きさに見合うほどに広いものでした。たしか、水が枯れて既に使われなくなった井戸が中庭とおぼしき場所にあったと記憶しております。その頃というのは、まだ井戸水を利用するのが当たり前の時代でした。わたしの家の周囲なんかでは、隣家との共用というかたちで井戸を使っておりましたが、Yの家ではどうやら単独で使用しているらしい様子でしたね。

 井戸につきましては、わたしが子供の頃にはこんなことを大人たちから言われたもんですよ。「井戸の底には死人の魂が沈んでてな。底から這い上がれずに人を待っているんだ。悪さなんかをすると持ってかれちまうぞ」ってね。

 ええ? 何を持っていかれるのかって? そりゃぁ、ここですよ、ここ。命を持っていかれちまうと言うんです。

 まぁそのぅ、小さい子供が井戸なんかで遊んでたら万が一ってことがありますからね。もし落っこちでもしたら死んでしまうことだってありうる。それを防ぐためには、子供が井戸のそばに近づけないようにしなければならない。といったすんぽうで、そんなおどろおどろしいことを言ったのでしょうけどね、大人たちは。

 ですがね……。これ、実はほんとのお話なんですよ。なんせわたし自身が見たことがあるのです、その魂というものを。詳しくご説明いたしますとですねぇ……。

 おっとと。いけませんな。まぁた、話が横道にそれるところでした。老人のくせが出てしまいまして、申しわけないことです。話を元に戻すことにいたしましょう。



 さて、表にある門をくぐったわたしはY家の敷地内に足を踏み入れたわけです。大きくて立派な玄関の前でYの名を呼びました。しばらくしてからですが、玄関の引き戸が開きました。戸のすき間から浅黒い顔がのぞき、こちらをうかがってきたのです。やたらとこう、目がギラギラとしていました、その顔は。Yでした。もう暗くなり始めようかというのに、まだ明かりをつけていなかったですね、その時は。「うわぁ、たまげたぞ! おどかすな」と、記憶はあいまいですが、そんなことをわたしは口走っていたかもしれません。Yの家には外灯が設置されていましたから、もうそれに明かりつけたらどうかということを言ったかもしれないですね。ただ、と言ってもやはりその時の記憶が不確かなものでして。七十年も前のことですから、細かい点について忘れてしまうのはどうしても無理のないところではございます。自分では、まだもうろくなどするわけがないと思ってはいても、こればかりは、いたしかたないところと、ご容赦願いたいのですが、ただ……。

 あの時、薄い闇に浮かび上がったYの目は忘れることができないのですよ。あのやたらと暗がりに光る目だけはその……。なんと言いましょうか尋常なものではなかったです。

 そんな感じでありまして、わたしはにわかに戸惑いを覚えていたのですが、玄関の戸をあけながらYが上がれと言うものですから、わたしは少しおっかなびっくりしつつも敷居をまたいだわけです。敷居はそれほど高くは無かったでしょうかね、どうでしょうか。

 中に入ってみますと、そりゃぁもう、だだっ広い玄関でして。その土間でわたしは草履を脱いで、黒光りする板敷きの廊下をYの後について家の奥へと進んで行きました。よく磨かれた、きれいな廊下であったと記憶しています。しかし薄暗かったので、正確にはなんとも言えませんけどね。

 少しばかり廊下を歩きましてから、応接間らしき部屋に通されました。Yはここで待てと言うと、一人でさらに奥のほうへと引っ込んでしまいました。その部屋というのは十畳かあるいはもう少しありそうな間取りだったでしょうか。うすら高い天井で広々とした部屋でした。ただですね。ここで一つ付け加えなければならないのですが、当時のわたしがまだ子供だったという事実です。実際のところはそれほど広い部屋ではなかったのかもしれないのですよ。ほら、子供のころに通っていた道が大人になるとそれほど広くは感じられないということがありますでしょう? それです。こんなに狭い道だったかしら? と感じる年齢の違いからくる感覚のずれというやつです。これに関しては、もはや確かめようがないですね。まぁただ、そのときのわたしには確かに広い部屋だという印象があったわけです。感心するような気持ちをいだいていたんじゃないでしょうかね。

 わたしは物珍しげに室内に目を泳がせていたのですが、とりあえず座ってろとYに言われていたものですから、横長の腰掛けに座ったわけです。調度品を含め、いわゆる洋間でした。当時の家では、なかなかこのような部屋はありません。普通だったら驚嘆してしまうところです。しかし、その時の幼いわたしがそこで憧憬の念を生じさせたのかというと……。

 いや、今だからこそ本当のことを申したいのですが、実際はがらーんとして、なんだか薄ら寒さを感じるような部屋だったのです。いろいろな物が置かれてはありました。そりゃもう、いろいろとです。しかし、だからといってそこで気分良くくつろげたのかというと、さにあらずでして。それらの物というのは、決してわたしの心を穏やかにさせる筋合いの品々ではありませんでした。




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