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人形  作者:
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棲家 1

 ホラー系の話です。

 以前、他サイトに投稿したものを加筆修正しております。


 



 年寄りの昔話です。

 わたしが以前住んでいた地域というのは、今でこそ住宅地になっておりますが、七十年も前には、あたり一帯がだだっぴろい野原と、たんぼばかりでありました。それで少しばかり家から離れたところを歩けば、雑木林がそこかしこに散らばっておりましてね。のどかな風景でしたよ。空気も良くて自然に囲まれていましたから。ま、今では見るかげもありませんが。

 道路などは全くと言ってよいほどに舗装されておりませんでした。そのほとんどが畦道でしたな。日が落ちてしまえば、あたりに人かげなんてものは全く見当たらなくなりましてね。秋の夜長には虫の鳴き声しか聞こえてきませんでしたよ。思い出しますな。

 それにしても、あの虫の声というのは不気味なものですね。真っ暗い闇の中から、何か得体の知れないよどみみたいなものが息を吐き出して、こちらの様子をひっそりとうかがっているのではなかろうか……。と、そんな気がしてくるのです。

 おっと……。いささか話のすじがそれてしまいましたな。いけませんなぁ。わたしの悪いくせです。もう話があっちこっちに飛んじまう。わたしが本当にお話したいのは、そんなことではないのですよ。まぁ、すぐに納得がいくような話、というわけでもないんですがね。



 気を取り直して、お話させていただきます。わたしがまだ世の中の難しいことやら、わずらわしいことやらを知らなかった頃、要するに、この老体がちいさな小僧っ子だった頃のお話です。

 友だちの一人にYという者がおりました。Yとは学校でよく行動を共にしておったのです。ただ、お互いの家というもの、これがわりと遠くに離れていたものですから、直接Yの家に行ったことはそれまで一度も無かったのです。ところが夏休みのある日のことなんですが、Yの家に初めて遊びに行くことになりましてねぇ。子供の頃に友達のうちに行くというのは、なかなかどうして、心が躍るものです。これからお話させて頂くのは、その時に私が体験したことなのです。

 まぁ、決してもったいつけるわけではございませんが、ただ、夏の夜の夢と申すには少しばかり、はっきりと心に残る出来事だったのでございます。



 なぜだったのかは忘れてしまいましたが、わたしが自宅を出てYの家に向かったのは、日の傾く夕刻になってからのことでした。休みの日に子供が友達の家に遊びに行くとなれば、朝御飯を食べ終えた後の午前中であるとか、昼御飯後の昼下がりというのが、まあ普通でございましょう? 日が暮れてしまうまでにそれ程の時間が無いような刻限になってから出かける、などというのは、通常でしたらあまり考えられないことではないでしょうか。第一、親がそれを許しませんでしょう。夏の時分じぶんのことでしたから、暗くなるまでには多少の猶予があるにはあったわけですけれども、まぁ尋常のことではないですね。

 とにかく、何かしらの理由があるにはあったのでしょうけれども、どうにもそれが思い出せないのですな。もう半世紀以上、前のことですから。

 そんなわけでして。日の傾いた田舎道をてくてくとYの家へと向かい、歩いてまいったわけですよ。もちろん一人きりで、でございますよ。その時というのは、なんだか心細かった記憶がわずかながら心に残っています。たしか、まだ暑さの盛んな頃のことだったゆえに、なんとも生ぬるい風が体に当たってゆるゆると通りすぎていったのです。空気が濁っていたとでも申しましょうか。ちょこちょこ動き回って体がへばっていたというわけでもなかったんですけれども。ただ普通に歩いているだけなのに、変な気分になっていったような気がするのです。

 また、そういうことも、ままあるのかとは思うのですが、その日に限って外を出歩いていた人がおりませんでした。一人もおらなかったのですよ。辺りを見渡してみましても、人っ子ひとり見当たりませんでした。雑木林の中には誰かがいるのではないか、とせみが鳴いている林のほうに、こう、ふっと横目をくれてやったりもしましたが、のっそりと流れる風にあおられ、木木の葉がどんよりと波を打っているだけでして……。人が居そうな気配すら感じられない。何か自分が、その場に一人きりで取り残されてしまったかのような気持ちになってしまって、こう、嫌ぁな胸さわぎがしたのを憶えております。

 ただ、そうしている間にも日はどんどんと傾いてまいりましてね。自分の体の作り出す影という奴が、みるみると細長く針金のようにとがっていくのです。道の途中には、辻だとか遺跡だとかのところどころに、石仏が立っておいででした。そこでこう、お地蔵様などのすぐそばを通りますと、お地蔵様の細長い御影が、わたしの進路をさえぎるようにして道の中ほどまでに渡って、伸びているわけです。先程申した通り、わたしはそういった不安な気持ちでおりましたから。――行ってはいけない。おうちに帰りなされ。――とでも、お地蔵様がおっしゃているかのような思いにかられてくるわけです。わたしは「どうしようか……。やっぱり帰ろうか」などと考えてしまったのです。別にどうしても今日行かなければならないというわけではありませんでしたから。

 でも結局、後戻りはしなかったのです。きっと初めて訪れるYの家への好奇心のほうが、よっぽど大きかったのでしょうな、その時は。心の内というのは、そのように穏やかならぬ状態ではあったのですが、どうにかこうにかYの家まで歩を進めてまいったわけです。そしてようやくYの家が見えてきた時にはもう、やっと着いたと、なんだかほっとしてしまいましたよ。Yの家の特徴というのは、事前にYから教えてもらっておりました。

 その頃には、もう既に日が沈みかけていたでしょうか。あの時間帯に鳴き出す虫が、しきりに声を上げていたのを憶えております。あの虫は夏の風物詩みたいに世間では言われておりますでしょう? だけどもわたしは、あの日のことを思い出してしまうもんで、どうにも苦手なんです。




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