表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人形  作者:
1/6

その中身

 ホラーのつもりなんですが、微妙かもしれません。


 

 今現在の俺の立場は、いわゆる大学生という身分になります。といっても特にこれという特徴のない平凡な学生にすぎませんが。

 昔ならば学生さんといえば大学生のことを指していたらしいです。学生という言葉が、今とはちがって特別な意味合いを持っていたようです。俺はそういった事情について全く知りませんでした。誰かがそのように話しているのを、たまたま耳にしただけなんです。

 万事がこのようにして、何事にも受け身なたちの俺なんですが、大学に入学して二十歳はたちをすぎたころに、一つの趣味ができたんです。

 そのきっかけは、いたってささいなことでした。たまたまテレビで刑事物の映画を見たのです。偶然という感じでした。けれども、これが今後の俺の人生に、大きな影響を与えることになったのです。

 その映画に出てくる刑事について、少し説明させてもらいたいと思います。

 まず第一に、その刑事は少女でした。隕石色とでもいうべき色をした長い髪に、まだ熟していない梅の実のような色合いの肌をしていました。身長は高くありません。ただ女性らしい体つきをしていました。しかし俺はそこには、さして関心がわかなかったのです。いえ、俺はゲイではありません。偽装ではない正真正銘の彼女がいます。

 俺が気を引きつけられて、同時に、そこはかとなしに不快感をおぼえたのは、少女の立ち振る舞いに対してでした。非常に品が悪く、そのうえ、見ていると、なんとも胸糞が悪くなる不快な事ぶりなのです。

 その少女は刑事として犯人に対峙し、執拗な心理的嫌がらせをくり返していました。何度も何度も、とにかくねちねちとした仕方をした、いやな奴でした。俺は映画を見ながら、どうしようもないほどに、いらいらした気分になっていきました。なんだこいつは、と思ったのです。しかし、しばらく彼女の行動を追うにつれて、少しずつ見方というものが変わっていったのでした。そんな見る者を不快にさせる、いやらしい追求をするからこそ、この少女は敏腕刑事の地位たりえているのかもしれないと、そのように思い直していったのでした。

 この映画を見始めてからというもの、俺は片手に天秤てんびんを忍ばせるようになっていきました。映画に出てくるこの刑事は、極度の天秤愛好者だったのでした。

 最初見ているうちは、刑事が天秤をいじくる仕草が大嫌いでした。どうしてそのようなキャラクター設定がなされたのかはよくわかりませんが、とにかくその仕草が憎たらしいとしか思えませんでした。ですが、その考え方は少しずつ変わっていったのでした。俺はいつのまにか少女の内部へと入り込んでいったのだと思います。そうしているあいだに、俺の趣味は天秤のいじくりになったというわけです。そしてそれ以降は、録画しておいたこの映画を、何度も繰り返し見るようになりました。少女はあらゆる場面で天秤を小脇に抱えていたのでした。

 この少女は、また、ある演出をほどこされてもいました。奇妙な服装をしていたのでした。

 お世辞にも高級といえないような、しわくちゃのスーツを華奢な身体に身につけていました。あまり有名ではないと思われる製品、それにしても地味だなと印象付けられる靴を、どちらかというと小ぶりな足元に履いていました。そしてその靴というのは、まるでお約束であるかのようにして、ぼろぼろの小汚いものでした。靴にはいくつも穴が空き、無数のしわの走るよれよれの状態でした。

 演出上でしょうが、なお際立ったことに、この少女はあまり友達がいなさそうにも見えました。別に友達がいないからどうということではないのですが、キャラクターの見せ方として友人が一人も登場しませんでしたし、なにより、泥臭そうな彼女の天秤を、まるで自分の親友であるかのようにして、目を細めいとおしんでいたのです。

 しかし、この刑事はひたすらに行動的でした。犯人が所有する豪華な屋敷にせっせと足を運び、犯人に対してきわめて狡猾な罠を仕掛けていきます。言い逃れを図ろうとする犯人を心理的手法によって囲い、執拗に追い詰め、苛烈な精神的締め上げを容赦なく、くらわすのです。

 その状況下ではまだ容疑者にすぎないはずの犯人。というか、形式的にはただの参考人程度であるはずの人物は、心の底から嫌そうな表情を浮かべて、目に捉えることのできない何者かに怯えるような眼差しを少女に投げかけるのです。

 犯人の本心というのは、その表情をひた隠しにしようと必死です。しかし、急ごしらえによってつくり上げられた、不出来としか言いようのない虚勢は、みじめなばかりに半端で危ういものでした。刑事は相手が抱える後ろめたさと卑屈とを十二分に理解したうえで、あまりにか弱いその抵抗に対し、とっておきの微笑でこれを迎えるのです。俺は、悪魔の所業だと思いました。

 俺の体の中で、ぞくぞくっという、えもいわれぬ快感が走っていました。映画を見ながら天秤をもてあそんでいる自分というものは、果たして刑事なのかそれとも犯人なのか、それがどうにもよくわからなくなってくるのです。

 少女はいたっておだやかな接し方を表面上はしていました。その涼しげな気色は、世間でいうところのおしとやかな女の子に見えなくもありません。人によっては、ほのかに、けなげさのような恥じらいのような、そんなものをその表情にかいま見ているのかもしれません。ですが、これがまた、この少女の老獪な部分なのです。

 無意識下における圧迫感という心理作用をそっくり擬人化でもしたかのようなこの少女は、信じがたいほどに悪辣な手法で職務をなしていきます。それは違法行為を行うということではないのです。職務の範疇に含まれる一つ一つの仕事を、ただひたすらにずる賢く、そして、あたかも針の穴を通すかのごとくに綿密なやりようで遂行していくのです。

 もしこの少女が、陽気な色彩をしたアロハシャツを着て明るく振る舞っていたなら。あるいはまた、スポーティーなポロシャツ姿で颯爽と立ち振る舞っていたなら。あるいはまた、高級ブランドのスーツに身をかため、その敏腕さをさりげなく誇示していたりなどしていたなら。さらにさらにそれらの逆を行って、ピンク色のうさぴょんの着ぐるみを着て脱力のふうを装っていたりなどしていたならば、俺の中に、これほど倒錯した愉悦というものが生じることはなかったように思います。彼女は行動はまっすぐでした。まっすぐな悪魔でした。

 少女はいつも、どうしようもないくらい粗末でみずぼらしい天秤をかかえていました。俺の考えでは、これが高級な天秤では駄目なのです。普通の天秤であってもいけません。くず天秤であるからこそ、犯人の擬態はあざやかにあぶり出され、犯人を包み込んでいる富や名声といった華やかな装飾が、ぶざまにぎ取られていくのです。

 現実の俺は、けっして富裕な生活をしているわけではありません。また、それを理由に自分を卑下するつもりもないのです。しかし、もし自分が富裕になり、あるいは名声を勝ち得たとしたら、と想像することがあります。そして、もしそういった世俗的な成功者の仲間入りをした自分が人をあやめることになったとしたら……。

 殺人という引け目を負っているのは犯人です。そして架空のお話の中においては、たいていは犯人が悪の象徴になっています。ドラマのストーリーの基調というのは、だいたいそうではいないでしょうか。そこでは追い詰める立場の刑事が正義の具現者で、犯人は悪に身を落とした罪ある者という筋立てのはずです。人気作品などにおいては特にそうなっているような気がします。

 ですがこの刑事は、犯人を追い詰めていく過程がどこか異なるのです。ありていな表現に頼れば、歪んでいます。まるで、快楽的に被捕食者をなぶる捕食動物であるかのようにも思えてきます。俺の心の中に、ぎらぎらとした気味の悪い液体が流れ込んでくるようでした。だからこそ天秤が手放せないのでしょうか?




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ