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なし  作者: 織羽 聡之介
Ⅰ 電子の海に舞う花(さくら)
8/8

二〇一二年 一月一三日 十一時五十二分

 


 辺りに爆音が響いた。


 大倉野 誠は右手を頭にかざして辺りに舞う埃や瓦礫から身を護ると、素早く左右を見回した。

「現状確認、報告してちょ」

 状況とは相容れないのんきな口調で、彼は小指の先ほどの小型マイクを口に近づけて言った。

「こちら賀茂だ。どうやら倉さんの読みが当たったようだ。奴ら、随分物騒な部隊をひきつれてるぞ」

 イヤホンに通信が入る。

 携帯電話を利用したものだが、正直自前の無線装置より感度も使い勝手もいい。

 落ち着いた男性の声が、クリアに聞こえた。

 そのイヤホンに続けて通信が入る。

 今度は若い女性の声だ。

「しかも完全武装の重装備です」

「そのようですなあ。せめて公的機関の支援を受けてないことを願いましょ。楠は浅井に連絡。すぐに現着して応対させてちょ。無理なら優を走らせて。んで新人ちゃん」

「新人はやめるよろし。メ……麗潤りーるんとよぶね」

「メ・麗潤りるんちゃんはおっちゃんの支援をお願いちゃん」

「メはいらないある! あ、いや、やっぱりいるある。めい麗潤りーるんあるよ、よろしくあるね」

「はいよろしくちゃん。さてさて、うちらは現状じゃ本部の支援はあてにできんよー。うちらだけで何とかするしかないねえ」

 簡単そうに言った大蔵野の言葉に、賀茂が答えた。

最初はなっからなかなかきつい仕事じゃないか」

「じゃなきゃ、うちらである意味ないからねえ。ともあれ、これが1課の初仕事になるよ。精々気合入れていきましょうや」

「了解だ」

 大蔵野のぽやんとした物言いに賀茂はしゃきっと答えた。

 それを聞いて思い直したのか、大蔵野は真面目な表情を浮かべて言った。

「では、ちいとまじめにやっとこう。いまだ非公式とはいえ、未来の同僚をここで失うわけにはいかん。第1課、起動せよ!」

 その声には、通信が入る状態であった全員が素早く応答した。

「了解!」 




 浅井は一瞬背中に手をやって、すぐに苦笑いを浮かべた。

 今は正式には何ら公的身分を持たない状態だ。

 ここで大太刀を背負って往来を歩くわけにはいかない。

 ましてここは病院だ。

 不審者と思われれば厄介なことになる。


 ……そう考えて得物を持参しなかったのが裏目に出た。

 それでも、兎に角何とかしなければ。

 そう思って浅井は走った。

 

 前方に、黒づくめに防弾チョッキ、ゴーグル、ヘルメット、両手にはサブマシンガンという日本では映画やアニメでしかお目にかかれないような完全武装状態の人影が二つ、病棟の方へ走っていくのが見えた。

 浅井は走る速度を上げて植え込みに飛び込み、姿勢を低くしながらさらに全速力で走った。

 そして、頃合いを見て植え込みの隙間から飛び出し、慎重に進んでいた人影の一つにタックルした。

 そのまま右手の拳に気を込めて敵のみぞおちにめり込ませる。

 拳を受けた敵は体から力を失ってだらりと倒れた。

 驚いたもう一人が銃を構えた瞬間、浅井はそれを左の肘で跳ね飛ばし、体をひねって右足の後ろ回し蹴りで敵の膝を折った。

「ぐっ」

 マスクの向こうでくぐもったうめき声が聞こえる。

 倒れた男の鳩尾に浅井は容赦なく拳を叩き込み、気が途切れたのを確認して、さらに辺りの状況を伺った。


 敵らしき姿はない。

 どうやらバックアップ要員だったのだろう。

 みれば、先ほど自分たちが出てきた病棟の方から白煙が上がっている。

 ちらほら見える職員や患者も、みなそちらに気をとられていて浅井たちには誰も注意を払っていない。

「ちっ」

 浅井は思わず短く舌打ちした。

 

 そこに声ががかる。

「義さん」

 そこには穏やかな表情を浮かべた二十歳そこそこの青年が立っていた。

 薄いベージュ色のダッフルコートが、本人の柔和な雰囲気とよく調和している。

 しかし、右手に錫杖、左手には袋に入った長い得物を持っていて、そこだけは一種異様にも見えた。

 もっとも浅井にとっては異様でもなんでもない、いつもの彼なのだが。

「優か」

「なんで携帯でないんですか」

 浅井が名前を呼ぶと、優と呼ばれた青年は少しだけ不満そうに尋ねた。

 浅井は面倒臭そうに答える。

「……病院、だからな」

「……うわあ」

「うわあってこたあないだろ」

「ともあれ、襲撃です。これ」

 優は右手の得物を浅井に手渡した。

 浅井は手早くその封を解くと、ずしりとくるその重さを感じてほっとした。

 それは彼の大太刀だった。

 鯉口を切って少しだけ刃を滑らせ、その光を確かめるとすぐに鞘に戻す。

「よし。行こう」

 浅井は短く言って走り出した。

 優は何も言わずに付き従う。


 走り出してすぐに尖ったような敵意を感じた二人は、身を投げ出すようにしてアスファルトに転がった。

 同時にタタタという破裂音が響き、二人の上を銃弾が通過する。

 空気の裂けるような音が頭上を忙しなく通過する中、二人はそのままアスファルトを転がって、近くのガードレールに身を隠した。

「本気にもほどがありますね」

 優は単に鈍いのか、それとも肝が据わっているのか、おっとりした口調でそう言った。

「まあ、そうだな」

 浅井はどちらかというと優の落ち着きぶりの方が気になったが、とりあえず口にはしない。

「しかし、これだけ火器の使用を躊躇わないなんて、後はどうなってもいいんでしょうか」

「むしろ、どうあっても手に入れたいんだろう、彼女を」

「なるほど……何者なんです、奴ら?」

「このなりふり構わなさは、御柱、とかって言われてる連中だろうな」

「みはしら…ですか」

「俺もさっきドクに聞いたばっかりさ。よくは知らないんだ」

「へえ」

 そう言っている間に銃撃がやみ、あたりが静かになる。

 二人が訝しげに襲撃者の方を伺うと、そこには肩までの髪をさらりとなびかせる細身の女性が、少し怒ったような表情を浮かべて立っていた。

 足元には、先ほどと同じような黒づくめが三人ほど昏倒している。


 同僚のくすのきだ。

 

 彼女は、楠流という退魔術を修めた女性である。

 その力は分類上は忍術とされているが、内丹で練った気を使って肉体を一時的に強化するその技は、むしろヨーギーのそれに近い。

 それゆえ、無手での対人接近戦では無類の強さを誇る技でもあった。

「さっすが楠さん」

 優がにこやかな表情を浮かべて近寄る。

 しかし、それを無視して楠は両手を腰に当てた。

「浅井さん、どうして通信に答えないんですの?」

 名家のお嬢様らしく、あまり普通には聞いたことのない口調で楠は言った。

「あー、えーと……電池切れ?」

 先ほどの優とのやり取りを思い出して、そのまま繰り返すのがよろしくないと思った浅井は、何となく優に尋ねた。

「なんで僕に聞くんです」

「知らないよ」

「僕だって知りませんよ」

 二人が漫才のようなやり取りをしていると、楠が背中の直刀を鞘に納めたまま振りかぶった。

「それ以上馬鹿をやる気なら……切ります」

 徐々に高まる殺気を感じながら、浅井は呟くように言った。

「……楠。頼みがある」

「……何ですか?」

「せめて刃で切ってくれ」

「うんうん。楠さんなら鞘のまま切れそうですもんねえ」

 そう言った二人は、楠の気が怒りで燃え上がるのを感じて無言でダッシュした。

 

 三人が病棟に近づくと、以外にも辺りは静かだった。

 攻撃部隊は建物内に入り、警戒部隊はさきほど浅井達が制圧したせいで、体制にほころびができているのだろう。

 三人は音もなく、だが堂々と、正面玄関から建物内に入っていった。




 病棟の7階、ナースステーション付近。

 すでに患者、医師、看護婦の姿はない。

 そこで、じりじりと進む黒づくめの男に、華奢な女性がとびかかった。

 麗潤だ。

 麗潤は黒づくめの頭を右足の甲で蹴り飛ばし、脳を揺さぶった。

 さらに着地と同時に腹に一撃を加える。

 その衝撃で男が体を折ったところで、今度は目の前に来た頭に流れるような動きで左の肘をめり込ませた。

 男はすでに白目をむいている。

 それを確認したうえで、麗潤は足払いをして男を引き倒した。

 完全に黒づくめの男は昏倒している。

 賀茂はその様子を見て、驚きの声を上げた。


 彼女が使うのは、楠とはまた違った、より武術に特化した技らしい。

 おそらく中国拳法の流れをくむ退魔武術なのだろう。

 らしい、というのは、どこか上の方から突然ねじ込まれた人事のために、賀茂を含めた全員が麗潤に今日初めて会うからだった。

 実力は確かであるとのことだったが、当初賀茂はそんな得体のしれない人物の採用に反対した。

 しかし、彼の一応の上司である大倉野はあっさりといった。

 「採用するか否かはまあ実力を現場で見てから考えましょうや。もし本当に優秀なら、素性とかどうでもいいんです。採用です。優秀じゃないなら、僕らが落とさなくても、どのみちさよならちゃん、ですよ」

 それで、現場での合流ということになったのだ。


 その彼女はまさに目にもとまらぬ速さで動き、的確に急所を突く攻撃であっという間に三人をのしていた。

「すごいな」

 思わず賀茂が漏らすようにつぶやく。

「まあね、ある」

 そういって麗潤は得意げな表情を浮かべ、さらに念入りに昏倒した敵の腹にこぶしをねじ込んでいく。

 流石に賀茂が非難の声を上げた。

「やりすぎ、じゃないのか」

「やらなすぎ、よりはましあるよ」

 さらっと答えた麗潤に、賀茂はうならざるを得なかった。

「一理ある」

 その言葉を聞いて、麗潤はにんまりと笑った。

「あいやー、あたしの口調うつったあるか」

 そういって近寄ってくる麗潤に対して、賀茂は少し困ったような表情を浮かべて言った。

「違うよ」

「ふうん。ま、いいあるよ。さて、ここは制圧したある。どうするある?護るか責めるか」

「そうだな……倉さん、戦略は?」



「ふむ。護るには場所が悪いし、攻めるには戦力が足りないなあ。うちはまだ援護がないからねえ」

 賀茂の問いかけに対し、大倉野は答えた。

 まだ銃撃は続いている。

 かなりの数の敵を倒しているはずだが、まだ敵全体の気配が落ちていない。

 ということは、かなりの戦力を投入しているのだろう。

 しかし、長引けばこちらが有利になるはずだ。警察が動き出せば、流石に敵も対応に手を取られるだろう。

 それを考えれば、死に物狂いの戦術を選択される恐れもある。

「援護の方は、私達が請け負うわ」

 大倉野が声がした方を見ると、妙齢のコート姿の女性が腰に手を当てて立っていた。

「おや、響子ちゃんか。ってことは3課の面々ですか。いやあ、助かっちゃいます」

「いえいえ、どういたしまして。まあ、流石に全員はまだ連れてきてないんだけどね」

 そう軽い笑顔で答えた響子は、すぐに不思議そうな表情を浮かべた。

「……それにしても、あなた、随分雰囲気変わったわねえ……」

 その響子の問いに、大倉野は三白眼で答えた。

「そりゃ、お互い様でしょ」



 礼を言って大倉野が去った後、響子は携帯を取り出し、綾巳を呼び出した。

 直ぐにつながる。

「はい、綾巳です」

「綾巳、防御陣を。それから関係各所に連絡」

「了解です。すぐに展開します」

「しかし、援護を引き受けたはいいけど、実際のところ中々にやっかいね」

「どうします?」

「式神最大展開、私の打った式神も預けるから、ミサキちゃんの霊端子システムと連動して敵の位置を特定し、敵の展開ベクトルと重なり合いから中心地点を予測して。今回この時に限っては、あらゆる装備の使用を許可する」

「りょうか、えっ! いや、それは…」

「いいのよ。お上舐めてると痛い目に合うっての、こういうしゃらくさい相手にはたっぷり教えてあげないと」

「そういうことなら、ミサキさんは最大限に力を発揮しそうですね……」

 電話の向こうの綾巳は、嬉しそうとも憐れんでいるともとれるような複雑なニュアンスを声に滲ませている。

 それを聞いて、響子はにっこりと笑って言った。

「部下の力を引き出すのは、上司の務めだからね」



「はいはーい、お助け便でござりまするよー」

 桐生ミサキは鳴った携帯をワンコールで素早くとると、とげのある明るい声で答えた。

「うひゃあ。いやみは無しでお願いします」

 電話の向こうでは綾巳が焦っている気配が伝わってくる。

 それを聞いてミサキは拍車をかける。

「なんだかさあ、随分扱いが悪いからさあ……。最近、誰にも注目されていない気がばんばんする。うふうふ。うふふのふ」

「……。」

 一瞬息をのんだ気配が電話の向こうから伝わってくる。

 しかし綾巳はすぐに気を取り直したらしい。

 いつもの口調に戻って言った。

「ともあれ、掛長から全力のGOがでました。全装備使用可能です」

 その綾巳の言葉に、ミサキは先ほどまでの鬱感をふきとばし、瞬時に喜びを爆発させた。

 目に星を光らせて叫ぶ。

「まじか! いよっしゃーーー!!」

「うへえ。なんで、とか気にならないんですね」

「ならない!」

「あー、えーと。……それじゃ、よろしくです」

 綾巳が呆れたような声でそういうと、電話は切れた。

 反対に気力十分といった風情でミサキは右手を天に突き上げた。

「いよーーーし、やったるぜい!」

 そう言って再度気合を入れなおしたミサキは、自らの携帯端末に宿らせている人工知能「サクラ」にコマンドを音声入力を始めた。

「いくぞーっ、全サポートアプリ並列展開、霊圧測定、環境測位、霊媒中心を探索ッ」

「了解でーす。使用端子数はどうしますか?」

「ありったけの霊端子をつかっていい。いけい!」

「わーお、ふとっぱらあ。では、いってきまーす」

 そう携帯端末内のサクラが答えると、近くに止めていたバンタイプの車から小さなヘリコプターのような端末が一斉に飛び出し、四方八方に散っていった。

「そんで、フィードバックは私に直接ちょうだい。生データでいいから。んで、円ちゃん、聞こえてる?」

「そんな呼ばれ方したの初めてだけど、聞こえてるよー」

 のほほんとした声が答えた。感度はいい。

「重畳。敵の中心座標が出たら送るからつっこんで」

「了解ー、巡回待機に入るよー」

 のんきな声のまま、こちらも切れた。

 ミサキはつぶやくように言った。

「さあて、何が出るやらお楽しみ、ってね……」



「ふッ」

 浅井は気合を込めて大太刀を鞘ごと振り下ろした。

 黒づくめの肩辺りにそれは軽く食い込み、どすっという鈍い音とパキっという乾いた音が同時に響く。

「ぐおっ」

 マスクの向こうで悲鳴が上がり、拍子でサブマシンガンを乱射しながら男が倒れる。

 それを右足でけり上げて弾き飛ばすと、残りの敵に向けてにらみを利かせた。

 流石に気圧された黒づくめ達が一瞬ひるみ、息をのむ。

 その間に敵の背後に影のように忍び寄った楠と麗潤が、気を込めた一撃を鳩尾にめり込ませていく。

 不意を突かれた敵はあっという間に昏倒した。


 一分もたたずに敵は全員倒れていた。

「流石だな」

 浅井が少しだけ表情を緩めて呟く。

「そちらこそ」

 楠が微笑む。

「なかなかあるね」

 麗潤もうなずく。

「僕の出番はなさそうですね」

 優が受付カウンターの影から顔を出して、おっとりと言った。

「そんなことはないかも、ですな」

 通路の奥から、大倉野がひょいひょいと倒れこんだ黒づくめをかわしながら現れた。

「やっぱり倉さんもそう思うかい」

 別の通路から気絶した黒づくめを二人引きずりながら、賀茂が難儀そうに言った。

「でしょうなあ。これでこの建物の敵は全て無力化したし、わたしとおっちゃん、それから響子ちゃんが遁甲結界を張った。しばらくの間この建物には物理的にちょっかいは出せんでしょう」

「ってことは……」

 浅井が考え込む。

「敵はおそらく次のフェーズに移るだろう」

 賀茂が答える。

「やれやれあるな」

「いや、そこが狙い目だ。指揮権が移動してより高次の攻撃が始まるはずだ。しかもそれはおそらく霊的なものになるだろう。そこに逆に反転攻勢を仕掛ける」

 賀茂は鋭い目つきで言った。それを大倉野が継ぐ。

「そうそう、餅は餅屋。キャベツは八百屋。うちはスーパーじゃなくて、野菜も扱う餅屋です」

 大倉野が満足そうに言う。

「どういう意味です?」

 どうしても無視しきれずに浅井が尋ねた。

「うちは野菜も旨いけど、餅ならだれにも負けません」

 大倉野はにこにこと答えた。

「分かったような分からんような……」

 賀茂が首をひねる。

「それなら分かったことにしておいてちょ。んじゃ、みなさんこいつらふんじばっちゃって。多分響子ちゃん経由で情報来るから、そしたら突っ込むぞ」

「了解」

 全員が答えた後、麗潤が面々の顔をきょろきょろと見回していった。

「あれ、そういえば、聞いてたよりも一人足りない気がするあるね」

「ああ……実はもう一人バックアップ系の桐生ってのがいるんだが…」

 その問いに、浅井が苦笑しつつ答えた。

「今、姉貴の方がこっちにきてて、しかも全力稼働してるらしくてね」

 浅井の説明を優が引き継ぐ。

「桐生さん、お姉さんが苦手らしくって、避難してるみたいです」

「桐生……お姉さん……へえ」

 麗潤は意味ありげに考え込んだ。

 それをみて、優が不思議そうに尋ねる。

「あれ、お知り合いですか?」

「いや、知らないあるよ。さ、お仕事お仕事」

 麗潤に促され、面々は昏倒した黒づくめをプラ製のバンドで拘束していった。



 ミサキの頭にデータが流れ込んでくる。

 1課が病棟を確保した瞬間から、残りの敵は潮が引くように素早い撤退を見せた。

 代わりに、敷地内数か所で局所的に霊力が高まっていた。

「霊力集積確認、どうします?」

 ミサキは脳内に展開中のアプリを利用して直接響子に通信を入れた。

「ふうむ。個別にあたってもらちが明かない気がするわねえ。どっちにしても囮くさいから、でかいの一つにあたってみましょう」

「了解です、円ちゃん、いける?」

 ミサキが訪ねる。

「あいよー、今から向かうー」

 円城寺は、相変わらずののほほんとした調子で答えた。そして通信が切れる。

 ミサキは、霊力集積の表示に神経を集中させる。

 なぜか、嫌な予感がした。



 円城寺は早足で指定されたポイントに向かった。

 そこは病院敷地内の中庭に設けられた、散歩コースの一角だった。

 茶色にくすんだ芝生の上をくねくねと続くコースに沿って、まばらな立木の合間をすすんでいくと、こじんまりした東屋が見えた。 

 そこに、髪の長い中年男性が一人、ぽつんとベンチに座っている。

 ダークスーツに身を包んでいるが、その内側は筋肉ではちきれんばかりなのが瞬時に分かった。


 そして、その男を一際異様に見せているものがあった。

 男は、それを肩に立てかけるようにして持っていた。


 ――槍だ。


 光を受けた穂先は、辺りに無造作に、だがまばゆく光をまき散らしている。

 その刃は振るわれることなしに、すでに空気すら切り裂いているように見えた。


 男は気配を消しているが、その槍から立ち上る存在感だけで、円城寺は戦慄した。

 そして、自らの持つ鉄製の錫杖を構える。

「あなたは……」

「私は、連、と呼ばれていたよ。今では、何者でもないがね」

 男は微かに口の端に笑みを浮かべて言った。

「あなたが、あの……」

「君は、たすくくん、か。君が来てくれてよかったよ」

「どういう意味ですー?」

「いや、こちらの都合さ。お父さんは元気かね」


 連は気さくに話しかけた。

 まるで古い友の息子にでもするように。

 いや、おそらく実際そうなのだろう。

 それでも円城寺は気を緩めず、錫杖の先を連に向けたままで聞いた。


「父を…いや、それよりも、なんで私なんかをご存じなんですー?」

「私とて魔道の端くれだ。優秀な人間の話は自然と耳に入ってくるさ」

「ずいぶん持ち上げますねえー。土産もないのに。まあ、必要ならこいつを差し上げますけどねー」


 そういうと円城寺は錫杖を握る手に力を込めた。

 それをみて連は楽しそうに笑う。

「ふ、豪胆なところは父上そっくりだな。そういえば、弟さんの姿も見かけたようだが」

「はあ。血は争えない、といいますか、争いのための血だから、といいますか……」

「ふむ。優秀な血筋ということだな。魔道において、血の霊力がになう部分は大きいという」

「まあ、そういう事を言う人もいますねー」

「では、その力、試させてもらおう」

 

 連はすっと立ち上がり、ふわりと両手に槍を構えた。

 円城寺は腰を落とし、錫杖に込めた力を少し緩めた。

 このレベルの使い手相手に、力で押して攻めきれはしない。

 そう考えつつも、彼は頭に浮かんだ疑問を投げかけた。 


「何故、と問うのは野暮ですかねー?」

「ふ、そう切り捨てては身も蓋もない。だから答えよう。これは、時間稼ぎだ」

 そういうと連は口角を少しだけ上げた。

 だがそれが真実の笑みなのか、戯れへの自嘲なのかは円城寺にはわからなかった。

「ふうむ。それはそれで、身も蓋もないですねー」

「そうだな。さて、それでは、始めようか」

 連は何気なく会話を終わらせると、瞬時に闘気をみなぎらせ、槍を構えた。

 円城寺も、応じて錫杖を構える。

 肌寒いにもかかわらず、頬を汗が伝うのを感じた。



「各霊力集積点より念積体多数出現、おそらく敵の式神の類でしょう」

「来たわね」

「その数、数百」

 ふとミサキがみると、確かに空を鳥が覆っているように見えた。

 いや、あの羽ばたきと飛翔が連動しない独特の挙動は、まさに式神だ。

 あれを無数にぶつけて、1課が病棟に張った霊的な障壁を破るつもりなのだろう。

 響子もそれを見たらしく、イラついた声がミサキの頭に響いた。

「あーもう、邪魔くさいわねええ……、ミサキちゃん、やっておしまいなさい!」

「あいあいさあーーー!! おっしゃあ、全力駆動、本もサブも衛星も使え! 波動気功レーザー準備。東電に連絡、近隣の電力を接収する!」

「うっわあ。電気代大変かもですよー?」

 サクラが心配そうな声を上げる。

「いっくらでも払ってやるよっ(国が)。世界平和のためだからねえ!」

 ミサキは嬉々として答えた。

「りょうかーい、行政命令強制浸透、辺りの電力をもらいまーす」

 そうサクラが答えた瞬間、近くの建物の電気が消えた。

 各所に設置してある、非常事態を示す赤色灯が予備電力で作動を始める。

 しかし、それもすぐに消えた。

「予備電力も全部もらう。無駄にはしないよー、全霊端子、充填急げ」

 ミサキはにやりと笑う。

「了解、充填完了まであと二秒」

「よし。1,0。いけっ、なぎはらえええっ!!」

 ミサキは叫んだ。


 閃光。

 青い光が、桐生が放ったヘリコプター上の小型端末から放たれた。

 それは近隣の電力を吸い取って作られた通常のレーザーを、霊体にも干渉可能なエネルギーに変位させたもので、青い光の刃となって式神の群れに襲い掛かった。

 キィン。キィン。

 時折とだえながらも澄んだ音を立てて一直線に伸びた青い光が、時計の秒針のように正確に円を描いて飛来する式神を消し去っていく。

 焼けた式神は一瞬で火の玉になると、すぐに破裂するようにして消えた。

 そのさまは、火薬の少ない花火のようにも見えた。

 あたりに立ちすくんだ人々は何が起こっているのか全く理解できずに、只々口をあけてその美しい光景を眺めていた。


「あーっはっはっ!大成功! 気分爽快恐悦至極な明朗会計っ。次があったらちゃんと式神がえしできるように作ってやるぜいっ!」

 ミサキが快哉をあげると、響子もそれに倣った。

「よくやったわね!」

「はい! 破壊活動なら任せてください! 国会議事堂でも爆破して見せます!」

「頼んだわ! ……いや、それはまずいわ、さすがに」

「あら、残念」

「ともあれ、よくやってくれたわ。ミサキちゃんはさらに現状把握に努めて。それから可能なら円城寺君をフォローして。敵の中心はつかめた?」

「今解析が終わるところです……でました。マップデータ送ります」

「ありがとう」

「とんでもない。通常のフォローですから」

 ミサキがそう答えると、響子が少し微笑んだようなと呼吸を残して、通信は切れた。

「こちらはこれで良し、と」

 ひとり呟いた後、ミサキは考える。

「それにしても……円ちゃんのフォローなんて……できるんかな?」

 改めて考えて、何も思い浮かばないことにミサキは少し焦った。

 それでも彼女は、必死にその方法を考え始めた。


「さあて……」

 響子は携帯に送られてきた敵の中心と思しき座標を確認した。

 そして、不敵に笑って顔を上げる。

「なるほど。ってことは……そろそろお出ましかしらね」

 そういって響子は鋭く一点を見つめた。

 その先には、響子たちが先ほどまで柏木と話していたエア棟があった。

 意識を集中させる。

 見えはしないが、確かに高密度の気の塊のようなものが感じられた。

 しかし、あくまでもエア棟そのものは辺りの出来事に無関心であるように、ふてぶてしく鎮座している。

 なぜそう感じたのかはわからないが、なぜかそれは響子をいらだたせた。


 そう思った瞬間、響子の携帯が鳴った。

「条之塚」

「綾巳です」

「どうしたの?」

「エア棟が襲撃を受けました。医師がひとり、人質に取られた模様」

「来たわね。綾巳、動ける?」

「大丈夫です。では、掛長は?」

「私はここで、役者がそろうのを待つことにするわ」

「……わかりました。それじゃあ現場に向かいます」

 電話が切れると、響子は視線を上へと向かわせた。

 見えるのは天井。

 そしてその先に、祥子の眠る病室があった。


 響子は駆け出した。

 響子の脳裏に、不意に思い出がよみがえる。

 本当に、祥子の覚醒が近いのだろう。

 響子は確信した。

 彼女が思う通りなら、最後の役者はそこに現れるはずだ。

 その時は、私のことを無視することも、思い出さないことも、許しはしない。





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