一九九九年 七月五日 二〇時一八分
織羽、京極、草津の三人は早足で進んだ。
既に、ほぼ中心部に到達しているはずだ。
その証拠に、目の前には色のない都庁がそびえたっている。
草津は思わずもらす。
「しかし、よくこんなもの立てましたねえ……」
織羽は口をぽかんと開けて、そびえ立つ双子の塔を見上げていた。
「いやまったく、何度見ても凄い。人間はいずれこんなものまで作れるようになるんだなあ」
「ああそうか、そうでしたね」
「ああ、僕らのところじゃ、精々十二階だからなあ……」
「そういえば聞きたいことが」
草津が言葉を続けようとするのを、京極が嘆息しながら制した。
「さあ、二人とも、こんなもので観光気分もないでしょう、終わらせてから、見に行けばいい」
草津は肩をすくめた。
「まあ、そうですね」
織羽は、まだ見上げている。
天を見上げたままの織羽と、あたりに注意を払いつつ進む草津と京極に向けて、不意に鋭い女性の声がかかった。
「危ない!」
同時に見上げたままだった織羽も異変を察知し、声を上げる。
「京極君、壁を!」
声をかけられた京極は右手を頭上にかざし、闇を凝縮させた。
その一瞬後、空気を切るような音がした。
次の瞬間に、とてつもなく大きな鉄柱のようなものがアスファルトの路面をやすやすと穿ち、まるで墓標のように突き立った。
さらに続けて三度、同じ衝撃が地面を揺らす。
すべて、京極の作った凝縮した闇に軌道を少しだけ外されて、三人の周りに突き刺さった。
闇が鉄柱を削ったときに舞った火の粉がぱっと辺りを一瞬だけ明るくした。
思わぬ衝撃に一瞬ひるんだ織羽と草津ではあったが、すぐに体勢を立て直すと、敵の位置を探った。
「あそこです」
先ほどと同じ声が響いた。
ビルのかげから姿を現したその声の主は、都庁横のホテルの屋上を指さした。
「響子か……無事か?」
織羽は言いながらハンドガンを構える。
「何とか大丈夫です、それより」
「分かってる。京極君、頼む。草津君、載せてくれ!」
織羽は答えると京極、草津の二人に短く言った。
その言葉を受けて、京極は織羽の構えるハンドガンの先に闇を作り出し、空間を取り除いた。
さらに、草津が刀印を結び、祝詞を唱えると織羽の肩に触れた。
そして短く言う。
「載りました」
「よし」
織羽は、空間がとり除かれて近くに見える目標を見据えた。
殆ど人間に近い体型で、筋肉の付き方もかなり人間に近いように見えた。
しかし、屈強でありつつも手足が異常に長いその様はおそらく「手長足長」と分類されるタイプだろう。
奴らの襲来から間がないのに、随分と巧い名前を考えたものだ。
そう思いながら、狙いを定めた織羽は引鉄を引いた。
タンンッ
いつもより少しだけ余韻の長い、それでも乾いた音が響いた。
天沼矛の神気を載せた弾丸は、一瞬後には「手長足長」の頭を飛ばした。
右手に持っていた鉄柱を落としたのが一瞬見えたが、そのころには空間は元に戻っており、最後の瞬間は遠くに見えた。
同じく遠くで、鉄柱が立てた金属音が鳴り響く。
そして、ビルの屋上に小さく見える手長足長の体が傾ぎ、やがてふらりと屋上から落下した。
ドン。
鈍い音がして、手長足長は地面に張り付いた。
そこに駆け寄った響子は背中に背負った大太刀を引き抜くと、柄の部分を手の甲の上を転がすようにして太刀自体をくるりと回転させた。
刃が街灯の明かりを反射して、一瞬きらめく。
そして逆手に構えたそれを腹の辺りに思いきりねじ込んだ。
さらに首の付け根辺りに、京極が右手をかざして闇の剣を突き立てる。
それを受けて、手長足長の体は四散した。
しかしそれが飛び散るまえに、京極が伸ばした闇が広がり、閉じ込めた。
そして細かい粒子になって、跡形もなく消えていく。
響子は驚いた表情を浮かべた。
それに京極が微笑みで答える。
「倒すたびに血まみれになっていたのでは、衛生上よろしくない。文字通りにも精神的にも、ね」
響子はその言葉を受けて、戸惑うように微かに笑った。
「大丈夫か、響子」
織羽が駆け寄る。
「ええ、私は大丈夫です。それよりみなさん、流石ですね。こちらは長物使いが不意を打たれてやられてしまって、身動きができなくなってしまいました」
言いながら響子は大太刀を鞘にしまった。
チンという澄んだ音が響く。
「ナガモノ……ああ、長い射程という意味か、まさか、加務川さん?」
「いえ、彼が引っ張ってきた特作の吉井さんです」
「そうか……残念ですね。水名淵さんは?」
「術の成立を見届けるために炉心に向かいました」
「ふん……見届ける、か。ただの出歯亀だろうな」
織羽は腰に手をやって伸ばしながら、あたりを伺う。
「しかし、例の務名文書の件で少々疑問があるんだが、僕のような因縁も腐れ縁もあるような人間は別として、急によばれたような人間も、ちゃんと当てはまるような【務名】とやらが載ってるのかい?」
「いや……正直、無理やりあてがっている人間も少なくはありません。それほど重きを置いていなかった部分もありますからね……しかし、実際のところ、ちゃんとあてはまるような人は、たいてい生き延びています。無理やりあてはめた人間は……ほとんど駄目のようですね」
京極が首を横に振りながら言った。
「ふうむ……ちなみに吉井君は?」
「【長物使い】……と」
「そうか、それで長射程の銃使いをナガモノ使いと呼んだのか。普通はまあ槍や大太刀のことだろうがな……だから、とは言い切れんが、水名淵とて長年この世界に足を突っ込んでいる男だ。完全に当てずっぽうというわけではないだろうからなあ……もし我々が敗れたとしたら、人をそろえきれなかった我々の落ち度、ということになるのかもしれないな」
織羽の言葉に京極は視線を鋭くした。
「我々の落ち度、ですか」
「我々というか……人類の、かな。まあ、ちらと頭に浮かんだ妄言だ。聞き流してくれていい」
そう言って織羽は時計を見た。
「八極炉発動までの時間は?」
「あと四〇分ほどです」
響子も時計を見ながら答える。
「そうか……」
織羽は考え込む。
その間に、京極が響子に聞いた。
「発動体の移送は?」
「思うように進んでいません。私がここで引きとめられていたのも要因の一つです」
「そうか。織羽さん、それならそちらを援護しましょう。発動しない炉を護っても意味はない」
「……そうだな。響子、案内できるか」
「はい、こちらです」
響子の先導に従って、織羽たちは歩き出した。
「京極君……一つ提案していいか」
織羽が尋ねた。
「なんです?」
「その……発動体、という言い方は止めないか?」
「なぜです……それこそ、迷うと、引かれますよ」
「しかし……何というか、ほかとは違うだろう?」
「ですが、この術を成すために造られたのは間違いありません。術がなされれば、毀れてしまうかもしれない。ならば、情はかけぬ方がいい」
「そうかもしれないが」
織羽が続けようとするのを響子が制した。
「ここを降りてください。地下通路を通って搬送の予定です」
止まったままのエスカレーターを歩いて下りると、織羽たちはさらに歩みを進めた。
複雑な構造の地下を進み、しばらく行くと見通しのいい通路に出た。
時折震動とともにドンという音が聞こえる。
何処かで戦闘が続いているのだろう。
通路の先に、ごてごてした機械をまとわりつかせたストレッチャーが進んできていた。
精一杯急いではいるのだろうが、ストレッチャーに付けられた機械のせいで、思うように身動きが取れていない。
ストレッチャーの上には、金属とガラスでつくらた箱が載っていた。
箱は白い靄で満たされており、中の様子は分からない。
ガラスの表面に霜がついている所を見ると、かなりの低温なのだろう。
箱からはパイプやコード類が多数伸びており、ごてごてした機械に複雑に接続されている。
その機械の所々で、緑色のランプが点灯していた。
恐らく、通常の動作を続けていることを知らせているのだろう。
いずれにしても、草津にはそれが技術の粋を集めた「棺桶」にしか見えなかった。
そのストレッチャーの周りには医師、看護婦、それから黒づくめの一団がいた。
黒づくめの人間は全部で五人。
黒の護法と名付けられた、この作戦のトップチームだ。
その殆どは様々な武器を手にした屈強な男たちであったが、ストレッチャーの影で背後に気を配っているのは女性のようだ。
「浅井君、大丈夫か」
織羽が問うと、黒の護法のうち、先頭を歩いていた男が頷いた。
浅井と呼ばれたその男は、まだ若く見える。
おそらく十代半ばから後半というところだろう。
だが、鋭い眼光は十分な経験をうかがわせた。
若くしてこの黒の護法のリーダーというのもうなずけるだけの雰囲気を漂わせている。
ここに来るまでにもいくつか戦闘をこなしてきたのだろう、長い黒髪はほこりにまみれていた。
そして、浅井も響子と同じように大太刀を背中に負っている。
「彼女は?」
「今のところは……しかし、あまり良くはない、と思います」
浅井はぶっきらぼうな口調ではあったが、丁寧に話そうとしているようには見えた。
「そうか……とにかく急ごう」
織羽が言うと、浅井が頷いた。
ストレッチャーが再び動き出す。
ストレッチャーが通り過ぎると、それまでじっと立っていた京極が、最後尾の女性に声をかけた。
「シャリア、首尾はどうだ?」
「悪くはありません」
短く答えたシャリアという女性に対して、京極も同じく短く答えた。
「そうか」
二人の会話に引っ掛かるものを覚えた草津が、京極に話しかける。
「今のはどういう……」
その瞬間、今までとは比べ物にならない衝撃が辺りを襲った。
ストレッチャーが横滑りするのを抑えながら、黒の護法たちが武器を構えて警戒する。
続けてさらに衝撃。
轟音が響き、通路の壁が何の前触れもなく吹き飛んだ。
警戒していた黒の護法たちは弾けとぶ瓦礫をこともなげに自らの得物でたたき落とし、ストレッチャーを護る。
浅井が声を飛ばす。
「シャリア、誠、彼女を頼む! ここは俺が抑える!」
言って背中の大太刀を抜くと、崩れた壁を一閃して足場にして、飛んだ。
その一瞬前までいた場所を、再び激しい衝撃が襲う。
あまりのスピードで草津にはよく見えなかったが、どうやら大きな瓦礫が猛スピードで打ち出された結果らしい。
着弾地点には、大きなクレーターのような穴ができている。
あたりは瓦礫が散乱し、まるで山のように積みあがった。
浅井はいったん太刀を鞘に戻すと跳躍を続け、その山の向こうへと向かった。
そこに、巨人が立っていた。
身の丈四メートルほどは有るだろうか。
ごりごりという耳障りな音を上げながらこちらを見下ろすその顔には、口だけがついていた。
ふっと何かを吐き出す。
ストレッチャーめがけて飛んだそれを、誠と呼ばれた青年が手にしていた鉄棍ではじいた。
パキっと音がして転がったそれは、頭がい骨だった。
「急げ!」
浅井の声が飛ぶ。
言われて誠とシャリアがストレッチャーを無理やり押すようにして進めていく。
他の黒の護法のメンバーも辺りを警戒しながらそれに従った。
医師と看護婦も動じずについている。
彼らも魔道の者なのだろう。
頭がい骨を吐き出した後、巨人は口しかない顔でにたりと笑った。
「まったく……誰だ? こいつらに食うことと笑うことを教えた奴は……」
織羽は頭を振る。
しかも食い続けるたびに、何かを学んでいるのであろう。
敵の姿は徐々に均整のとれた、人間に近いものになっている。
そして、それに伴ってより強大になっていた。
浅井は何も言わずに巨人に向けて駆けた。
応じて巨人が右手を繰り出す。
目にもとまらぬ速さで打ち出されるその拳を、浅井は左足のステップをわずかに強め、右に飛んでかわした。
それと同時に再び大太刀を抜く。
そして浮いた体制を利用して、抜いた大太刀を巻き込むように体をひねる。
浅井の体が、空中でコマのようにまわった。
そしてそこから両手を伸ばし、力を込めて斬撃を放つ。
ズンッ
遠心力を使って威力の増した刃が、伸びた巨人の右手の肘を切り裂く。
しかしそれは、腕の表面を傷つけただけで、刃が肉にめり込んだ状態で止まった。
巨人が再びにたりと笑う。
そして、動きの止まった浅井をつかもうと左手を伸ばす。
だが浅井はひるまない。
左手を刀の峰に当てると、短く息を吐きながら、練った気を発した。
左手より放たれた気が一瞬刀身を焼くように光ると、まるで柔らかいバターでも切るように刃が進んだ。
ぼとりとその腕が落ちる。
巨人が悲鳴を上げた。
轟くような咆哮が耳をつんざく。
しかし、敵があげるそれは、魔道師たちにとっては天使の歌声も同様だった。
草津は驚愕しながら言った。
「あれが……退魔剣術ですか」
「ええ……究極の退魔術の一つ。強大すぎて封じられたと聞いていますが……私も目にするのは初めてです」
京極も驚きを隠さずに言った。
浅井は動きを止めず、彼を掴もうと伸ばされたままだった左手を駆けあがると、左肩に載った。
そして気を刃に込めながら、ゴルフのスイングのように太刀を薙いで、巨人の後ろ頸を切り飛ばす。
巨人の悲鳴が止まった。
浅井はさらに肩から飛び降りつつ大太刀を振り下ろし、すでにほとんど胴体から離れつつあった巨人の首を落とした。
ごとんと音がして首が転がる。
さらにもう一太刀、今度は伸びあがるように太刀を構えて袈裟懸けに切った。
次の瞬間には、巨人の上半身がずれていき、頭に続いてどすんと地面に転がる。
それを見て浅井はぽつりと言った。
「だれか……供養願います」
その言葉を受けて草津が前に出た。
「任せてください」
そういうと懐から札を取出し、巨人の体の上にまいた。
そして祝詞をあげながら、刀印を結び、エーイッと気合を込めて振り下ろした。
一斉に札が燃え上がり、それとともに巨人の体も炎に包まれていく。
最後のひとかけらまで残らず火の粉になって消えてしまうと、浅井は短く礼を言った。
「ありがとうございます」
「いや、こちらこそ」
「!」
草津が返したのを聞いたのか否か、突然浅井は走りだし、ストレッチャーを追った。
「えっ」
草津が驚く中、京極も浅井を追う。
響子がそれに続いた。
それを見て、織羽も走りだした。
「どうやら何かあるようだっ」
織羽は走りながら草津に声をかける。
草津も、足をもつれさせながらもなんとか皆の後を追った。
* * *
「こんな足の遅い物に乗せていたんじゃ、全員の命が危ない。彼女は俺が連れて行く。シャリア、連、気配を探れ。加賀は先行してルート確保。ドクと恵美さんは別ルートで現地に向かってください。護法なら奴らからでも彼女は護れるが、あなた方も同時には無理だ」
神和住 誠士郎がそういうと、命じられたメンバーはそれぞれ小さくうなずいて行動を開始した。
医者と看護婦が携帯型の端末を見ながら、回り道をするようにルートを外れて目的地に向かって走り出す。
一方で加賀と呼ばれた背の低い男は、ほとんど体を上下に動かさない、すり足のような動きで通路を進み、すぐに闇に消えた。
連と呼ばれた男は背負っていた槍を右手に構え、あたりを伺う。
シャリアも腰に下げた二本の刀に両手をかけた。
メンバーが散ると、神和住はストレッチャーを覆っているガラスを鉄棍で叩いた。
パリンと乾いた音がして、冷気が音を立てて外に漏れ出す。
緑色だったランプが赤に変わり、点滅をはじめた。
警報は切ってあるのだろう、音はならない。
神和住は抗議を続けるランプを無視して、ガラスがなるべく中に入らないように気を配りながら、慎重に手を伸ばした。
そこには、少女が眠っていた。
四、五歳ぐらいだろう。
このような状況にあっても、その表情には柔和な調和があった。
それは絵画にえがかれた天使のように、見るものを自然とほほ笑ませるような力だった。
一方で、それは別の意味でもまさに絵画のようだった。
隙がなさ過ぎる。
美を語るような素養は持ち合わせていないことを神和住は自覚していたが、それでも分かった。
そこにはおそらく人間が考えうるなかで最大限に完成された形があった。
まるで、神が直接手をかけた細工物のようだ。
神和住は寒気すら感じた。
少女の意識は無く、傾いだストレッチャーの中で力なく横たわっている。
神和住は少女が纏っているワンピースの患者衣の表面に散らばったガラス片をそっと取り除いた。
そして慎重に彼女の体を取り出す。
念のために少女の体に異常がないのを確認した後で、その華奢な体を肩に担いだ。
ほとんど重さを感じない。
存在自体があまりに希薄で、神和住は心配になった。
頭に浮かんだ嫌な考えを振り払いつつ、神和住はシャリアに声をかけた。
シャリアは厳しい表情で首を右に左に振り、警戒を続けている。
彼女はすでに二本とも刀を抜いていた。
「どうだ?」
「特定は無理だな。何故なら、周り中が奴らだらけだからだ」
シャリアが珍しく焦った声を出した。
普段抜かない二本目の刀を抜いているのも、それだけ非常事態だということを示していた。
神和住も表情を鋭くする。
ふと何かを感じて、彼は空になったストレッチャーを右足で思いきり蹴った。
ガシャンと派手な音を立てて、それはよたよたしながらも進んでいく。
そして、すぐに地中から突き出した槍のようなものに貫かれた。
串刺しになって宙に浮かんだストレッチャーの足が、カラカラと音を立ててむなしく回る。
やがて、手ごたえがなかったことに気付いたのか、ゆっくりと引き抜かれた槍は再び地面に消えていった。
地面に再び落ちたストレッチャーは、少しはねた後横倒しになった。
ガシャンという音が響く。
「……だめだ、すでに跳ね返すってレベルじゃあない……此処は頼むぞ!」
神和住が声をかけて、走り出す。
重戦車のように地面を踏みしめつつ走り出す神和住の後ろで、立て続けに地上から槍のようなものが突き出された。
それは地面を粉々に砕きながら、正確な狙いで神和住、そして背負われた少女に向かってきていた。
「やらせはしない!」
シャリアが声を上げ、左手の刀を地面に突き刺した。
連とよばれた男性もそれに続いて手にした槍を地面に刺す。
手ごたえがあった。
槍の動きが一瞬止まる。
その隙に、神和住は通路を無我夢中で走った。
彼の背後で、追う気配が遠くなった。
それでも彼は走り続けた。
闇にまぎれて彼の姿が消えたところで、シャリアは跳躍した。
左足で刀の柄の頭の部分に飛び乗り、渾身の力で踏み込んでいく。
刃は易々とコンクリートを穿ち、地中にめり込んでいった。
一方で連は槍をいったん引き抜き、シャリアの死角に槍の刃先をおいて援護の体勢をとる。
そこでシャリアは不意に殺気を感じて、全身の筋肉を硬直させて体を反らし、さらに顔を左に振った。
それとほぼ同時に、頬のすぐそばをびりびりとした衝撃が通り過ぎていく。
地面から空気を切り裂きつつ伸びた槍が、彼女の髪を一束切り、宙に舞わせた。
彼女の背筋を冷たいものが走った。
次が来る。
さらにもう一本、槍が地面から伸びてきた。
すでに体がのびきっていた彼女はかわす姿勢をとれない。
「くっ!」
次の瞬間、連の伸ばした槍が、繰り出された敵の刃先をわずかに逸らせた。
キインと鋭い音が響き、連の両手にしびれが走る。
シャリアはその隙に槍の軌道を見切り体を収縮させると、体を地面にあずけて攻撃をかわした。
体勢を立て直すと、シャリアはすぐに右手の刀で槍を突き刺した。
何かにあたり、一瞬、刃が止まる。
そこで気を込めてさらに押す。
続けて、左足で踏んでいた刀を抜くと、右手の刀と交差させるようにして槍を切りおとした。
ゴトッと鈍い音がして、槍が地面に転がる。
その断面を見て、シャリアは再び驚愕した。
連も目を見開いている。
真ん中に芯のようなものがあり、その周りに、それを覆うような組織がまとわりついている。
――これは、指だ。
シャリアは叫んだ。
「誠! 大物が来る!」
そう叫んだ向こうで、一瞬大きな拳のようなものが見えたかと思うと、通路全体を握りつぶした。
瓦礫の向こうに消えた神和住と少女を思って、シャリアは唇をかみしめた。
血の味がした。