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You're My Lady, I'm Your Knight.  作者: 岩淵 笑実
本編
44/64

ⅩLⅢ   二人の陰

「リー、いるか。」

「はい、アレス様。」

 薄暗い室内へと戻ってきた青年が呼ぶ。いつものように即座に姿を表したリーに、彼は黙って白い布を差し出した。

「これは……?」

「ローズに、お前に渡して欲しいと頼まれた。お前の物か?」

 白い無地のハンカチ。先程、泣き出したローズに渡した物だった。頷いて恭しく受け取ったリーをじっと見て、アレスは唐突にふっと笑った。リーは不思議そうに少し首を傾げる。

「何でございましょうか。」

「いや……。」

 アレスは珍しく楽しそうにくすくす笑いながら、何でもないとばかりに軽く手を振った。相手の黒い瞳を見透かそうとするようにじっと見据える。

「ローズも、お前は不思議な男だと言っていたぞ。お前、あの娘に何かしたのか?」

「いえ、私は何も。」

「そうか。まあ、お前のことだ、相手によって態度を変えるとも思えんからな。その、人に媚びない、突き放すような物言いが、甘やかされて育ったあの娘には新鮮だったのだろう。」

 あの娘――自分の妹をそう呼ぶアレスに、リーは微かに眉をひそめる。その呼び方には、親愛の情がほとんど込められていなかった。それどころか、嘲り、蔑んでいるような口調とさえ聞こえる。

(アレス様。あなたは、実の妹御を愛してはいらっしゃらないのですか。)

 そう尋ねたくなったのは初めてではない。

 そんなリーの心の内に気付く筈もなく、アレスはうっすらと笑みを浮かべて彼を見据える。

「お前は何者だ? リー。私とお前が出会ってから暫く経つ……もう八年程になるが、私はお前の事を何も知らない。また、お前に私の事を話したのも昨夜が初めてだ。改めて思えば、不思議なことだな。」

「……過去など、どうでもよいことでございますから。」

 リーは俯いた。アレスも軽く頷く。

「確かにそうだな。だが、なんだか急にお前が何を考えているのか興味が湧いた。もっとも、それについてどうこう言うつもりはないし、聞いたからといってお前の使い方を変えるつもりもない。」

 アレスは一度言葉を切る。その目が挑発するように光った。

「……やはり、話すのは嫌か。」

「決してそのような事は。アレス様がお望みであれば、お話し致します。」

 結果としては思い通りになったものの、挑発にも動じず平坦なままのリーの口調にアレスは少し面白くなさそうに相手を睨んだ。しかし気を取り直し、椅子に掛けて話を聞く姿勢をとる。リーはきちんと跪いたまま口を開いた。

「私は、アレス様もご存知の通り異国の……東国の生まれです。ですが母が亡くなった後、商人だった父は幼い私をあちこち連れ歩くようになりました。私と父がこの国に落ち着いたのはもう10年以上も昔の事で、私にとっては、幼く朧な記憶にしかない故国よりもこの国の方が自分の故郷と言えるかもしれません。父はこの地で一人の女性を愛し、やがて病を得て、彼女に看取られて逝きました。」

 滑らかな言葉で語る彼の瞳を、それと同じ色のアレスの瞳が見つめる。束ねられた真っ直ぐな黒髪が背に流れている。黒い目も黒髪も、この国でも決して珍しいものではない。しかし彼のように深く輝く黒はなかなか見られなかった。アレスの漆黒の髪よりもさらに深い、闇色の黒。

「その後私は継母(はは)の家を出、父と付き合いのあった貴族様の紹介である騎士の家に厄介になりました。……その貴族がアンヴェリアル伯爵家であり、厄介になった屋敷がオニキス=マルシャンの家なのです。」

「ほう……。」

 アレスは驚き、さらに興味を惹かれて軽く目を見開いた。

「オニキスと何かあるのは知っていたが、伯爵とも面識があったのか。私もお前も、あの二人と因縁のある者同士という訳か。しかし出会ったのは全くの偶然だ。何とも不思議な事だな……。」

 アレスはじっとリーを見つめる。しかしいつまで待ってもリーがそれ以上何も言わないので、彼はじれったそうに先を促した。

「それで? オニキスと伯爵と、その後どうなったのだ。」

「……どうもなりません。私はあの家を出て、アレス様にお会いしました。」

「答えになっていないぞ。世話になった家を出るのに、理由が無かったという事はあるまい。」

 アレスは不満そうにリーに詰め寄るが、彼は俯いて頑なに口を閉ざした。もう、何も言うことはないという意思表示のように。

「……ふん、まあいい。私とて全てを話してはいないのだから、お前だけに全て話せと言うのはおかしいな。一番気になるところではあるが。私が昔話をする気になった時にでも、聞かせてもらおう。」

「かしこまりました。」

「楽しみにしているぞ。」

 アレスはにやりと怪しく笑うと、奥の寝室に繋がる扉の向こうへと姿を消した。室内に取り残された黒髪の青年はひとり、何を堪えてか無表情のまま拳を握りしめていた。

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