表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
You're My Lady, I'm Your Knight.  作者: 岩淵 笑実
本編
14/64

ⅩⅢ   伯爵家の娘

 執務室の扉が叩かれる音に、青年は書類から顔を上げた。穏やかな声で尋ねる。

「誰だい?」

「オニキスでございます、伯爵様(・・・)。」

 重々しい音を立てて開いた扉の向こうに立っていた、長い髪の美しい騎士。青年は少し驚いた様子で、書き物を中断して立ち上がった。

「オニキス! 話し相手が出来て嬉しいよ。少し退屈していたんだ。」

 青年……伯爵は子供のように顔を輝かせた。彼は貴族として社交界での振る舞いを幼い頃から叩き込まれている所為もあって、実年齢より年上に見られがちだが、実際は二十歳を少し越えたばかりの若者に過ぎない。冗談まじりにため息を吐いた。

「それと、その呼び方はやめろといつも言っているだろう。年寄りになったような気分になる。」

「仰せのままに、ミカエル様。」

 オニキスも笑顔で言う。身分は違うが二人は幼馴染……先代の伯爵、つまりミカエルの父に、騎士であったオニキスの父が仕えていた頃からの旧知の仲だった。ミカエルが爵位を継ぐ前もその後もその傍らには必ず彼を支えるオニキスの姿があり、ミカエルはオニキスを誰よりも信頼している。

 そんな友人の訪れに、若き伯爵は年相応の笑顔を見せて部屋に迎え入れた。

「今日は来る予定はなかったじゃないか。……何かあったのか?」

 ふと相手の顔が冴えないのに気付いたらしい。心配そうに問いかける(あるじ)に、オニキスは笑いかけた。

「いえ、貴方様がご心配なさるような事は何もございませんよ。」

 そこで一旦言葉を切り、努めて軽い口調で言った。

「近々パーティーが催される予定も多くありますし、素敵なご令嬢(・・・)の話など如何かと思ったのです。お忙しくなければよろしいのですが。」

「全く構わないよ、どうしても今やらなければならない事ではないんだ。」

 伯爵はオニキスのちょっとした目配せにすぐに気付いた。飲み物を運んで来た侍女を下がらせると扉を自らの手でしっかりと閉め、やや声を落として尋ねる。

「もしかして、ノエルか?」

「はい。訳あって私どもの館にお越し頂きました。今はガーネットとイリスが付いております。」

 真剣な表情で頷くオニキス。ミカエルの顔が強張った。

「しばらく様子を見ると話していたではないか。何があったか、すべて話せ。」

「御意。」

 オニキスは順を追って、出来事をすべて細大漏らさず報告した。ノエルを連れ出した少女を見失った事も、ノエルの命を守るのに間一髪であったことも。ミカエルはやや蒼褪めて、それでも大きく安堵の息を()いた。

「そうか、そんな事が……。しかし無事でよかった。」

 一気に疲れ切ったように椅子に沈み込むと、独り言のように呟く。

「また、辛い思いをさせてしまったな。あの子はもう二度と傷つけてはならないのに。」

 重い沈黙が二人を包む。やがてその沈黙を破ったのはミカエルだった。

「ノエル……私の記憶が正しければ、あの()ももう15だ。ねえオニキス、ノエルはどんな娘になった?」

 打って変わって明るい口調でそう言った若き伯爵は、口元に嬉しそうな微笑を浮かべつつもどこか寂しそうな目で窓を凝視していた。オニキスはそっと微笑む。

「お嬢様はとても素敵な、そしてお強い方です。あんなに活き活きとして綺麗な瞳の女性には久々にお会いしましたよ。母上によく似ていらっしゃいます。」

「……そうか。」

「お会いになりますか?」

 問いかけたオニキスに、意外にもミカエルは首を横に振った。

「いや、ノエル自身の意思に任せよう。無理に連れてこなくていいし、彼女が望まないなら素性を教える必要もない。だって……」

 ミカエルの声が震え、彼は一度言葉を切った。窓の外を眺めるその目は、やはりとても寂しげだった。

「何も憶えていないのだろう? この家のことも、母や私のことも、あの(・・)忌まわしい(・・・・・)()の前のことは、全て。」

「はい。」

 オニキスも少し顔を曇らせて頷く。目に痛いほど青い空を見つめながら、ミカエルは小さく呟いた。

「あの日も……ノエルと過ごした最後の日も、こんな綺麗な青空だったな。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ