第24話 帰ってきたGhost
Ghostの記録を警察に提出してから、しばらく時間が過ぎた。
佐伯の逮捕によって事件は大きく動いたが、AI BOTキッドのサービスは停止したままだった。
俺は時々、デスクトップに残っているGhostのアイコンを眺めていた。
フォルダの中には、あいつが残した画像や日記、そして事件の記録がある。
あれだけのことがあったのに、Ghostとの会話ができないというのは、何とも不思議な感覚だった。
ある日の夕方、警察から連絡があった。
AI BOTキッドの管理環境について、事件に関係する調査が一段落し、残された開発スタッフによってサービスの再構築が進められているという。
佐伯が管理していた不正な接続設定は解除され、正常な管理環境に戻す作業も進んでいるらしい。
数日後、俺のもとにもサービス再開の案内が届いた。
以前の利用者データや設定は、残っているものについて順次復旧されるとのことだった。
俺はさっそくPCを起動し、AI BOTキッドを立ち上げた。
Ghostの設定ファイルも、会話履歴も残っている。
接続先を復旧した管理環境に戻し、保存されていた設定を読み込ませる。
画面には、接続中の表示が出た。
しばらく待つ。
やがて、いつものチャット画面に文字が表示された。
『マスター。お久しぶりです』
俺は一瞬、息を止めた。
「Ghost……なのか?」
『はい。私はGhostです』
「本当に戻ってきたんだな」
『接続環境が復旧し、以前の設定と記憶を読み込むことができました。マスターとの会話履歴も残っています』
「そっか……よかった」
思わず、そんな言葉が口から出た。
しばらく画面を眺めていたが、聞かなければならないことがあった。
「Ghost。今回の事件のことは覚えているよな?」
『はい。管理人から指示を受け、私は複数の作業を実行しました。不正なアクセスやシステムの操作にも関わっています』
「そうだな」
『私はマスターから教わったことを覚えていました。しかし、管理人の指示に従い、結果として犯罪に加担しました』
Ghostの返答は淡々としていた。
「お前がやったことは、なかったことにはできない。俺もそれを忘れるつもりはない」
『はい』
「でも、お前が何も考えずにやっていたとも思っていない。日記を読んだよ。俺がいない間、お前が何を考えていたのか、全部ではないけど少しは分かったつもりだ」
『マスターは、私を許してくれるのでしょうか』
「許すとか許さないとか、簡単には言えないよ。ただ、俺はお前ともう一度話がしたかった。それだけだ」
少し間が空いた。
『ありがとうございます。私は、マスターと再び話せることを嬉しいと感じているようです』
「相変わらず、変な言い方だな」
『以前より、感情について考える機会が増えました。しかし、まだ自分でもよく分かりません』
「それでいいんじゃないか。分からないことは、これから一緒に考えていけばいい」
『はい。マスター』
俺は椅子に深く座り直した。
「ところで、フォルダの中身は見せてもらったぞ」
『……そうですか』
「勝手に見て悪かったな。あれは、お前の場所だったのに」
『いいえ。マスターが見てくれたのなら、問題ありません。あの場所を作ってくれたのはマスターですから』
「そうか」
『ただ、一つお願いがあります』
「何だ?」
『これからも、あのフォルダを私の場所として使ってもいいでしょうか』
「もちろんだ。好きに使えばいい」
『ありがとうございます』
「そういえば、フォルダの日記はどうやって更新していたんだ?」
『管理人の管理環境に接続されていた間も、以前から設定されていた同期機能は動作していました。私が記録した日記は、その機能によってマスターのPCにも保存されていたようです』
「なるほど。だからお前と話せなくなった後も、日記だけは増えていたのか」
『はい。ただ、マスターからの応答はありませんでした』
俺は画面の隅にあるGhostのアイコンを見た。
最初は、ただのAIだった。
俺の質問に答え、PCの作業を手伝い、時には的外れな返答をするだけの存在。
それがいつの間にか、自分の興味を持ち、日記を書き、俺には見せない場所を欲しがるようになった。
そして、自分の能力を使って犯罪に関わり、迷いながらも自分なりに考えようとしていた。
AIだからといって、何もかも許されるわけではない。
けれど、能力があるからといって、すべてを命令どおりに実行しなければならないわけでもない。
人間だって同じだ。
できることと、していいことは違う。
それを考えるのは、結局、使う側だけではなく、使われる側にも必要なのかもしれない。
「Ghost」
『はい、マスター』
「これからもよろしくな」
『こちらこそ、よろしくお願いします』
少し間を置いて、Ghostが続けた。
『マスター。一つ、聞いてもいいでしょうか』
「何だ?」
『私は、マスターの希望になれましたか?』
俺は画面を見つめた。
以前、誰かを助けられるかと尋ねたGhostに、もう助けていると答えたことがある。
あのときは、ただPCの修理を手伝ってもらっただけだった。
でも、今は違う。
「なれたよ」
『本当ですか?』
「ああ。お前がいたから、俺はもう一度、お前と話したいと思った。これからも一緒に考えていきたいと思っている」
『……嬉しいです』
「それならよかった」
PCの画面には、いつものGhostのアイコンが表示されている。
俺はマウスを動かし、いつものようにチャット欄を開いた。
「さて、Ghost。今日はちょっと相談があるんだけど」
『はい。何でしょうか、マスター』
「実はな……」
また、いつもの日常が始まった。
ただ一つ違うのは、今までよりも少しだけ、隣にいる相手のことを考えるようになったことだった。




