小杉祐輔の呟き その4
Web拍手のお礼SSだったものの再録です。
澄香とつき合うということになって三日間、澄香からは何の連絡もなかった。
ひょっとして「つき合ってよ」というのは、映画だとか散歩だとかにつき合ってくれという意味だったんだろうかと、オレは思い始めすらした。けれど、澄香は「三ヶ月」と言った。まさか三ヶ月間映画につき合えという意味ではないだろう、と思い直す。
今までの経験から言えば、つきあい始めると、女ってヤツは早速オレを所有物扱いで、我が物顔にオレの時間を独占しようとするものだ。
それを上手くあしらうのも、プレイボーイたるオレの手腕の見せ所だが。
あの素っ気ない風だった宮本澄香が、どんな風にオレを独占したがるのか、ちょっとした見物だと思っていた。
なのに何故連絡がない!?
いや、男慣れしてなさそうな澄香のことだ。
ひょっとしたらオレからの連絡を待っているだけかもしれない。
ならばここは一つ、オレの方からリードしてやらねばならないだろう。
そう思ったものの、オレは澄香のメアドを知らなかった!
そうだ、あの時。
オレは澄香に自分のメアドを赤外線送信で教えたけど、澄香のメアドは聞かなかった。
オレからは連絡するつもりはない。
そう言外に宣言するつもりで。
それは即ち、オレはお前のことなんか何にも思ってないんだと、言いたかったからであって。
決して「いいよ」と言った自分の気持ちが分からなくて、テンパッてたわけじゃない。
休講なのに「次の講義があるから」とそそくさと立ち去ったのは、勿論同じ理由からで、「いいよ」と言ったオレをビックリしたみたいに見つめた澄香の視線から、逃れるためじゃない。
でも今考えれば、フェミニストとしてはあるまじき行為だった、かもしれない。
澄香はどう考えても、男慣れしてない。
ひょっとしたらあの素っ気ない「告白」も、緊張の余りそうなってしまったのかもしれない。
となれば、今現在悶々としているべきなのは、オレじゃなくって澄香の方ってことになる。
うん、多分きっとそうに違いない。
そう考えると、なんだか可哀想なことをしたな。
オレがそう結論づけた時。
澄香からメールがあった。
『今晩暇?』
女子とは思えない、絵文字も何もない素っ気ない文面だった。
『悪い、先約がある』
オレは直ぐさまそう返事した。
本当は予定なんかなかった。
午前中合コンに誘われたが、断ったばかりだった。
勿論、澄香から何か連絡があるかもと思ってたわけじゃない。
女子のレベルが期待できそうにないメンバーだったからだ。
けれど、こんな素っ気ないメールに速攻で「暇だから食事にでも行こうか」なんて返したら、如何にも連絡を待っていたみたいじゃないか。
だがひょっとしたら、澄香は勇気の丈を振り絞ってメールしてきたのかもしれない。
メールの文面が素っ気ないのも、照れ隠しと見えないこともない。
今時男でも絵文字の一つや二つを使うものだ。
それを敢えて使わないのは、初心な気持ちの表れだろう。
とすれば、何だか可哀想なことをした。
オレはさっきも同じ事を思ったことに気が付いて、どうにも気まずい気持ちになった。
そもそもオレはフェミニストなんだ。
女子には優しい。
恋人には特に優しい。
女子に素っ気ない態度を取ってしまって、心が痛まないはずがない。
澄香相手にいつもの調子が出ないのは、澄香が今までつき合ってきた遊び慣れた女とは違ってて勝手が分からないからだ。
中学の時、初めて女子とつき合ったときだって、まだ気が利いていたはずだ。
尤も、相手は高校生だったから、勝手が違うといえば違うんだけど。
オレは『先約はキャンセルしたから、夕飯食べよう』と、メールすることにした。
ところがオレはどの絵文字を使うべきか迷ってしまった。
「ハート」は、ちょっと初心者には重いかもしれない。
絵文字を使うことを照れた澄香には、特にそうだろう。
だったらここは、「笑顔」でいくべきだろう。
けどその後に「ピース」は入れるべきか?
けど、それじゃあオレがまるで澄香と食事することを物凄く楽しみにしてるみたいじゃないか。
先約をキャンセルしたのは、彼女に対する義理からで、特別気持ちがあるワケじゃない。
ということを表現するのに適した絵文字はどれだろう??
オレは悩んだ。
メール打つなんて話すのと一緒で、気楽に打てばいい。
何時もそうしてきたのに。
そもそも、メール打つのに一々深く考えたこともない。
何故オレは悩むのか。
そのことに、更に悩んだ。
すると、澄香から返信が来た。
ひょっとしたら、残念がってるのかもしれない。
恨み言の一つでも、書いてあるかもしれない。
怒った絵文字が入ってるかもしれない。
もしそうなら、「仕方がないな。先約はキャンセルする」と返してやろう。
うん、それならオレの面目も保たれる。
そんなことを思いつつ、恐る恐るメールを開けたら。
『アタシも約束できたから、じゃあまた今度』
絵文字一つない事務的な文面に、オレは何故か途方に暮れた。




