小杉祐輔の呟き その3
Web拍手のお礼SSだったものの再録です。
宮本澄香に告白されたのは、梅雨真っ直中のある午後のことだった。
視界が霞む程だだ降りの雨の中、オレは午後一の講義が急に休講になったせいで時間を持て余していた。
多分、時刻は十三時三十二分頃だったと思う。
宮本澄香とばったり出くわしたのは。
澄香は水色に白の水玉の傘を差して、ベージュのウインドブレーカにジーンズ、カーキーのレインシューズという出で立ちで、降りしきる雨に悪態をついていた。
「死ね! 雨! 死んでしまえ!」
雨に死ねというのは、無理な話だろう。
そもそも雨は生きてはいない。
宮本澄香はオレに気づいて、こちらを見た。
ああ、この目だ。
オレは思った。
合コンで何度か同席した時に、澄香はいつもそんな目をしオレを見ていた。
オレはモテる。
女経験も豊富だ。
だからオレは、女達の向けてくる感情には聡い。
好意なのか、嫉妬なのか、性欲なのか、
なのにオレには、澄香の視線の意味がサッパリ分からなかった。
その点、桧山恵美子の視線は分かりやすい。
オレとしては屈辱的なことだが。
桧山のオレを見る目は、石ころを見るそれと同じだ。
そこには、軽蔑の感情すらない。
一欠片の興味もないからだ。
だが、桧山の噂を聞くにつれ、それでいいのだとも思うようになった。
連れて歩くには自慢になる女だが、そんなことをしようものなら命の方が危ないことは明白だった。
工藤や伊勢崎は、未だに桧山の名前を聞くだけでブルブルと震える程だ。
ところがこの宮本澄香の目はどうだろう。
オレを見ているようでまるで見ていないような視線。
それでも確かにオレを見ていると思わせる。
「小杉祐輔。丁度良かった」
宮本澄香がオレに言った。
「何か用?」
フェミニストのオレにしては、随分と素っ気ない返事だったが、澄香は全く気にしていないようだった。
「そうだな。三ヶ月くらいでいいか。アタシとつき合ってよ」
まるで熱のこもっていない告白とも言えない告白だった。
この時ですら、澄香はオレのことを好きだとは言わなかった。
そして、後にも先にも、澄香がそう言うことはなかった。
「なんで、オレがお前なんかと」
オレは嘲笑ってそう言うつもりだったのに。
「いいよ」
気が付いたら、何故かそう答えていた。




