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小杉祐輔の呟き その2

Web拍手のお礼SSだったものの再録です。

 宮本澄香と初めて会ったのは、大学に入学して間もない飲み会でのことだった。

 いくつかの文化系サークルの有志による飲み会ということにはなっていたが、実態はどう見てもコンパだった。

 オレはそのサークルのどこにも入ってなかったが、同じ学科の篠崎に誘われたのだ。

 オレはよくコンパに出てくれないかと頼まれる。

 オレが出るとなれば、女達の集まり方が違うからだ。

 いくらフェミニストのオレだって一度に何人も相手できるわけじゃない。つまり、オレのおこぼれに預かろうってハラだ。客寄せパンダになるのは気が進まないが、モテない男達の涙ぐましいパフォーマンスを無碍にする程、オレは薄情じゃない。

 だから、その日はデートの約束があったけど、相手は特別好みってわけじゃなかったから快く参加してやることにした。

 美人と噂に名高い法学部の桧山恵美子が参加するということも、まあ一因であることは否定しない。

 噂通り、桧山恵美子は、ちょっと見ないくらいの美人だった。

 透き通るような白い肌、今時珍しい真っ直ぐな黒髪、涼しげな目元、長い睫、赤い唇。

 殆ど化粧っけのないくせに、周りの女達が霞む程美人だった。

 桧山恵美子を目にした瞬間、その夜のオレのターゲットは決まったも同然だった。

 その時、宮本澄香は桧山恵美の隣にいたのだが、最初オレは全く気がつかなかった。

 ただ、桧山恵美子の隣にいるから、自然に視界には入った。

 美人の桧山に比べて、澄香は平凡で、共通点はなさそうに見えた。

 だから、たまたま隣になっただけだと思っていた。

 宮本澄香は完全にオレの好みから外れていた

 オレはフェミニストだから、正面に座った女のつまらない世間話にも、愛想良く受け答えしながら、どうやって桧山恵美子を落とそうかと考えた。

 コンパも盛り上がってきて、席をシャッフルしようということになった。

 オレはすかさず、桧山の隣を目指した。

 しかし、オレより先に経済学部の工藤ってヤツが桧山の隣に陣取ろうとした。

 工藤はオレよりは劣るが、そこそこ顔がよくて話題が豊富だから、そこそこモテる。

 だがそこへ、法学部の伊勢崎が割って入ろうとした。

 その時、二人が巫山戯て小突き合った拍子に、隣の女子に体が当たってしまった。

 それが宮本澄香だった。

「うおっ」

 と、澄香が女らしくない声を上げた瞬間。

 工藤と伊勢崎は吹っ飛んでいた。

 ガシャ――――――ン!

 派手にテーブルの上の皿やコップが倒れ、あちこちに散乱した。

 一瞬何が起こったのか分からず、誰もが固まった、その時。

「このくそガキども、貴様のピーをピ――でピーして、ピーがピ――になるまで、ピ――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――――――――ッ」

 桧山恵美子の形の良い唇から、聞くに堪えない罵詈雑言が飛び出したのだ。

「恵美、マジでウケるわっ」

 アハハハハハハハハ。

 と、その場で笑ったのは、宮本澄香唯一人だった。

 オレも含めた他の連中は、たった今自分が耳にしたことが現実として受け入れられず、ひたすら戸惑っていた。

「ちっ。タダメシ食えるってんで、来てやったのに。料理は大したことねえし、酒は薄いし。女は香水付けすぎて臭いし。男共はピーチクパーチク五月蠅いし。スミ、瞬兄に迎えにきて貰うから、ウチ帰って飲み直そうぜ」

「え~、この惨状、どうすんのさ」

 宮本澄香の常識的な言葉に、桧山恵美子は涼しげに問い返した。

「ワタシのせいか?」

「それは、見方によるんじゃない? そこの二人に、聞いてみたら?」

 澄香の指差した先にいたのは、工藤と伊勢崎。

 二人とも、未だ倒れたまま怯えきった目で桧山恵美子を凝視していた。

 それはまるで「金色夜叉の寛一がお宮を足蹴にする」の図のようだった。

 男女が完全に入れ替わってはいたが。

「おい、ワタシのせいか?」

 桧山恵美子の鋭い声に、工藤と伊勢崎はブルブルと首を振る。

「いえっ! 滅相もない!」

「僕らが、悪いんです」

 工藤と伊勢崎は我先にと、自分の非だと言い募った。

「じゃあ、土下座しなっ」

「「え??」」

 流石にそれはプライドが許さなかったらしい。一瞬反抗的な表情が浮かんだ。しかしそれも、桧山恵美子の一睨みで失せてしまったが。

「土下座はもう見飽きてんじゃないの?」

 二人を庇っているともいえなくもない言葉に、工藤と伊勢崎が縋るように澄香を見た。

 と同時に、桧山恵美子が土下座させるのはよくあることだと知れて、他の連中も何とも言えない表情になる。

「まあ、確かにねえ」

 その時、工藤と伊勢崎はほのかな希望を見たに違いない。

 しかし、桧山恵美子は、そんなに甘い人間ではなかった。

「じゃあ、鼻の穴に割り箸つっこんだまま往復ビンタ×十五ってので済ませてやるか」

 「済ませてやる」と言っているはずなのに、余計酷くなっているのは気のせいではないはずだ。

 第一、×十五というのはどういう意味なのか? 単純に考えれば、往復ビンタ十五回ということだが、十五倍ということかもかもしれない。十五倍だったとして、一体何に対してなのか?

 その場の人間は、きっと同じ疑問を持ったことに違いない。

「×十五って何?」

 宮本澄香の問いかけに、誰もが内心で頷いた。

 しかし桧山恵美子の返した答えは。

「だって、今日、十五日じゃん」

 聞きたい答えはそうじゃない。十五の由来ではなく、十五の意味だ!

 誰もが心の中でつっこんだ。

 けれどそれは、宮本澄香には届かなかった。

「ああ、なるほど」

 って! 何故そこで納得なのか!?

 その時、皆の心は一つになった。

 そのお陰で後々このメンバー(桧山と澄香を除く)で集まることになるのだが、それはまた別の話だ。

「って言ってるけど、どうする? プライドを守りたかったらビンタでぇ、命を守りたかったら土下座かなあ」

 冷静な澄香の意見に、真っ青になった工藤と伊勢崎は、慌てて居住まいを正した。

「「ど、土下座します!! 喜んで! 土下座します!!」」

 言いながら、既に頭を床につけている。

 要するに、二人とも土下座してしまったのだ。

「今後は、許可なくワタシの視界に入らないように」

「「はい! 畏まりました!」」

 その時のメンバーは、後々になっても決して工藤と伊勢崎を弱虫だとか軟弱だとかは言わなかった。

 なぜなら、桧山恵美子の武勇伝は、始まったばかりだったからだ。

 他の連中は気づかなかったが、オレは気づいた。

 桧山恵美子が怒ったのは、宮本澄香のためだと。

 その時初めて、オレは、宮本澄香という人間に興味を持ったのだ。

 持たなければ、オレの学生生活は薔薇色だったろうにと。

 何年経っても思うことになろうとは、オレは全く予想だにしていなかった。


長い「ピー」って自動で折り返してくれないんですよね~。

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