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小杉祐輔の呟き 10

Web拍手のお礼SSだったものです。

 あの男は誰だ?

 知り合いか?

 親しいのか?

 まさか、元彼とか言うんじゃないだろうな!?

 という言葉がグルグルと頭の中を巡るのを無視して、オレは澄香と並んで歩いた。

 訊くことは容易いが、それではまるでオレがあの男に嫉妬しているみたいじゃないか。

 女は当然男からの嫉妬を喜ぶだろうが、それで独占欲を増長させる結果になるのは目に見えている。

 そもそもオレは嫉妬などしていない。

 あの男が如何にも胡散臭げだったから、心配しているのだ。

 男慣れしていない澄香には分からないだろうが、あの手合いの男は危険だ。

 だがそれを嫉妬からくるやっかみだと思われては堪らない。

 土曜日のせいか、人が多い。

 当然だが、オレが車道側を歩き、さりげなくエスコートしつつ人の波をかき分けていく。

 オレのエスコートは何時だって完璧だ。

 どうだと思ってチラリと隣の澄香に視線を投げかけてみれば。

 澄香がいなかった。

 は??

 おいっ、どこ行った!?

 ついさっきまで確かに隣にいたよな??

 ――どこか寄りたい所はあるか?

 ――あ~、う~ん、そうだな~。

 なんて会話をしたのは、ほんの十二秒前の事だ。

 まさか誘拐か!?

 何処の何奴だ!? 仮にもオレの恋人である澄香を攫うとは!!

 オレは慌てて周囲を見回した。

 するとあっけないくらい直ぐに澄香は見つかった。

 とある店のウィンドーの前に張り付いている。

 今気がついたのだが、澄香のカエルプリントのT シャツは、後ろにもカエルの(後ろ姿の)プリントがしてあった。

 カエルが好きなのだろうか?

 普通女子というのは、両生類やは虫類は苦手なものと思うが。

 まあいい、今は澄香の趣味についてはとやかく言うまい。

 オレは澄香が何をそんなに夢中になって見ているのかが気になって、澄香には声を掛けず背後からのぞき込む。

「うっ」

 それは大型書店のウィンドーで、恐らく夏休みに向けてだろう、図鑑の類がディスプレイされていたのだが。

 何故か全て両生類関連のものだった。

 『総カラー世界のカエル』『両生類の全て』『カエル動画全集』『あなたの知らない両生類』『両生類の飼育法』などなど。

 表紙にドアップで映っている両生類たちの目は、どうやって撮ったのか揃ってカメラ目線だが、当然ながら何も語らず、それが返って不気味だった。

 澄香を横目でチラリと伺えば、何やら物欲しそうに見ているではないか。

 こうなってしまった以上は、聞くわけにもいくまい。

 そう決心して、オレは澄香に声を掛けた。

「澄香」

 振り返った澄香は、オレがいることにちょっとびっくりしたみたいに目を見開いた。

「うわっ、近っ」

 そうでもないと思うが。

 一七六センチのオレは、一五八センチしかない澄香からすれば威圧感があって、余計に近く感じるのだろう。

「で、どしたの?」

 澄香がウィンドウにもたれながら訊いてきた。

 澄香は会話する時、必ず相手の顔を見るらしい。

 まっすぐに向けられてくる視線は、けれど今までの恋人達が宿していた様な熱はなかった。

 その時ふと、澄香はオレのことが本当に好きなのだろうか? という疑問が湧いた。

 しかし、澄香の方から告白してきたのだから、そんな疑問を持つこと自体がおかしかった。

 うむ。気のせいだ。

 澄香の気持ちを疑うなどと、フェミニストたるオレがそんな失礼な事をしてはいけない。

「ちょっと、何一人で頷いてんの。何か訊きたいんじゃなかったワケ?」

 照れ隠しなのだろう。澄香はキツイ口調で言って、皮肉げに唇を歪ませる。

 そういう時は「不満げに唇を尖らせる」方が効果的だと、教えてやった方がいいだろうか?

 そうすれば仲直りと称して、軽く唇を啄みやすいのだと。

 オレはソコまで考えて、ガンッと鈍器で後頭部を殴られた様な衝撃を覚えた。

 ぬおおおおお!

 オレは澄香と突き合って九日と四時間二七分も経っているのに、未だキスの一つもしていなかったのだ。

 何たる不覚。

 今までのオレなら、キスなんぞは挨拶みたいなもんだとばかりに、寧ろ付き合う前に済ませてしまっていたものをっ。

 勿論、初心な澄香にそんな事は望まない。

 というか、流石のオレでも付き合う前にまで時間を遡ることなどできはしない。

 青い猫型ロボットでもいれば別だが、アレは世にもヘタレな男の元にしか訪れない運命の人工生命体だ。

 そしてオレはヘタレではないっ。

「え!? ちょっと!? どうかした!? 何いきなりしゃがみ込んでんの!?」

「澄香!!」

 オレはいつの間にか視線の高くなった澄香を見上げた。

「な、何!?」

 澄香の薄くグロスを纏った唇が、答える。

 今ここでかますか!?

 だが初心な澄香に、それは余りにも羞恥なことだろう。

 オレは決してヘタレではないが、同時に無神経でもない。

 しかし「いや、別に何でもないよ」と何事もなかった事にするには、澄香の眼差しが期待に満ちすぎている。

 相変わらず例のよく分からない眼差だが、澄香は確かにオレのアクションを待っているのだっ。

「澄香!」

「だから何!?」

 しかし一体何を言うべきか?

 オレは迷ったあげく、無難な事を訊くことにした。

 のだが。

「あの男は誰だ!? 親しいのか!? 元彼なのか!? 何故あんなに親しげに笑っていたんだ?」

 何故そんな言葉が出たのかは、何年経っても不明である。

 


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