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隙間SS ルルルンランプ

Web拍手のお礼SSだったものです。

隙間SSとは、流れ的に本編に入れられなかったエピソードなどです。

ある意味ヤオイ(ヤマなしイミなしオチなし)ですが、楽しんでいただけたら幸いです。


挿話「耳に残るはカエルの歌声」の前の話。

何故彼らはあんなにもシャルルートに腹を立てたのか?

 彼らは見た。

 自分たちの顔に黒々と塗られたインクを。

 彼らは知った。

 自分たちの顔面が甚だしくヒリつく訳を。

 しかも厄介なことに、彼らの顔に塗りたくられたインクは、布製カエルからの何らかのメッセージであり、そのため直ぐにでも拭い去りたい衝動を抑えなければならなかったのだ。

「次会ったら絶対殺すっ!」

 そう高らかに物騒な宣言をした第一近衛隊副隊長ディンゼアを咎める者は、その場にはいなかった。

「それにしても一体、どれくらい気を失っていたんでしょうか?」

 気怠さが抜けないのか溜息まじりの王佐の問いに、誰もが自分たちを照らしているランプを見遣った。

 彼らが地下通路に持ち込んだランプは、シュゼントガスという可燃性のガスを燃料とするものだ。

 シュゼントガスは天然ガスの一種だが、その産出場所は特殊で手に入りにくい。

 しかし七年程前に画期的な方法で製造する事に成功した。

 特殊な製法で作られた「ルルルンダイト」という炭素化合物と、これまた特殊な水溶液「ルルルン液」とを反応させる事で発生させるのだ。

 ランプの燃料室にそのルルルンダイトを入れ、上の水室からバルブを緩めてルルルン液を落とす。

 そうして発生したガスに火を付けるのだ。

 ルルルンダイトとルルルン溶液自体に可燃性はなく、従って別々に持ち運べば安全でもある。

 その画期的なランプは、瞬く間に大陸中に普及した。

 販売元が神殿だと言う事も、普及率を促進させた。

 そして、今や人々の生活には無くてはならないものとなった。

 そのランプの名は、ルルルンダイトとルルルン液を使用するので「ルルルンランプ」と名付けられた。

 燃料にしても製品にしても結構な巫山戯具合の名前だが、発明者の命名であるため、それがれっきとした登録商標である。

 その発明者の名は、シャルルート=ネルゼス・アウラ・ネネーシディ・ハジェク・ネラスラス。

 賢者として名高い彼は、発明品に自分の愛称をもじった名を付ける傾向があり、同様に「ルルルン五階から点眼器」「ルルルン砂山製造即崩壊機」「ルルルン耳かき補助器」などがある。殆どの発明品は用途のよく分からない代物だが、ルルルンランプは珍しく優れた実用品であった。

 しかしその実用性と普及率にも関わらず、人々はその正式名称を口にしたがらない。その傾向は、何故か発明者の人となりを知る者程強かった。

「シュゼントランプの燃料はどれくらい保つんだったか?」

 第一近衛隊隊長オーランドの問いに、ディンゼアは肩を竦めて答えた。

「固形燃料と水溶液一式で三時間(ジナス)だな」

「残り時間は?」

 宰相クラリスが、重ねて問いかける。

 ディンゼアが水室の目盛りを確かめながら答えた。

「あと半ジナスってとこだな」

「確か地下水道に降りる前に見た時は、まだ一ジナス半は残ってたはずだぜ」

「つまり一ジナス近く倒れてたってことか?」

「無駄にシュゼントを消費したな…」

 ルルルンダイトもルルルン液も高価な物ではないが、その費用は国庫から出ている限り無駄に使うのは憚られた。

 そんな彼らの会話に、ずっと沈黙を守っていた王佐がポツリと言った。

「『ルルルンランプ』、可愛らしい名前だと思うんですけどねえ」

 シャルルートの人となりを知って尚そう言える王佐に、他の三人から奇異の視線が向けられる。

「そんな目で見なくても…。何もシャルルートが可愛いと言っている訳じゃないんですから」

「当たり前だっ。アレを可愛いなどとほざいたなら、私は貴殿を斬るしかっ」

 やたらと思い詰めた表情でそう言うオーランドだが、黒々と落書きされた顔では悲壮感は全く無かった。

 寧ろそこにあるのは、溢れんばかりの滑稽さだ。

「ぷっ」

「くっ」

「ぶはっ」

「言っておくが! お前らも、同じなんだからな!」

 オーランドのあまりにも当たり前な指摘に、三人共が神妙な面持ちで黙り込む。

 が。

「ククッ」

 オーランドを見遣れば、俯いたまま肩を振るわせている。

 滑稽だった。

 彼らの普段の姿を知っているだけに、余計滑稽だった。

 だが、他の三人を笑う事は自分を笑う事でもある。

 優秀な彼らは、直ぐにその事に気がついた。

「「「「……………」」」」

 誰もが屈辱に拳を強く握りしめる。

「もう、夜は明けているな…」

 ふと思い出した様にそう言ったのは、クラリスだった。

 その秀麗な顔には珍しく感情が表れている。

 冴え渡る様な美貌が憂える様は、さぞかし鑑賞に値する事だろう。

 普段なら。

 その場の誰もがそう思いつつ、敢えて誰も何も言わずにクラリスから視線を逸らした。

「コホン。ええと、隠し通路に入ったのは、夜半頃だったかな」

 わざとらしい咳払いの後、オーランドが言った。

 それにナジャが、頷きながら答える。

「そうですね。今の季節なら、確かにもう夜は明けているでしょう」

 予想外の足止めに、随分と時間を食ってしまった。

 直ぐさま地上に戻らねば。

 彼らは立ち上がりかけ、だが同時に思った。

 この顔のままで?

 赤く腫れた擦り傷と黒々とした文字が、嫌になるほど目に入る。

 文字は消せるが、傷は消しようもない。

 だが文字もまた、大切な証拠として消すわけにはいかないのだ。

 そして彼らに選択の余地はない。

「戻らねばっ。戻らねばならんのだっ」

 オーランドが苦悶の表情で頭を掻き毟る。

「クソッ。とんだ恥晒しだ!」

 ディンゼアが悪態をつきながら立ち上がると、渋々ながらも他の面々もそれに習った。

「戻るぞ」

 クラリスの低い呟きに、皆が悲壮なまでの決意を込めて頷いた。

 しかしどんなに真剣な表情を浮かべようとも、どうしようもなく間抜けに見えて仕方がない。

「「「「………………」」」」

 お互いの引きつる顔に見て見ぬふりをし、彼らは来た道を無言のまま戻った。

 そのジレンマの矛先が、否応もなく互いの顔を照らし出すランプの発明者に向かうのは、ある意味に於いて必然なのかも知れなかった。


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