小杉祐輔の呟き その9
Web拍手のお礼SSだったものです。
澄香と観た映画は、韓国映画だった。
俺は韓流というと、純愛ものや歴史ものを思い浮かべるんだが、その映画はそのどれでもなかった。
ズバリ。
猟奇殺人モノだった。
元刑事の男が経営するデリヘル店。
そこの女達が次々と行方をくらませる。
男は女達が逃げたと思っていたが、ある日女達が最後に取った客が同じだという事に気づく。
恐らくそいつが女達を手引きして逃がしているのだろうと、客の家を訪ねるが…。
実は女達は逃げていたんじゃなくて、その客に拷問され殺されていたわけだが。
そのシーンが、生々しい。
実際に起きた連続殺人事件が元になっているらしいが、この犯人は相当にイカれてる。
恋人と映画と言えば、恋愛映画かせいぜい軽めの娯楽映画と思っていた俺は、新鮮過ぎて目からウロコどころか、眼球そのものがこぼれ落ちそうだった。
言っておくが、決してこれは涙ではない。
「苦手なら、先に言えばいいのに」
「別に苦手じゃないぞ」
「目も鼻も赤いけど?」
「そうか? 多分、急性アレルギーだろう」
「ハンカチ使う?」
「使って欲しいんなら、使う」
「あ~、う~ん。じゃあ、使って欲しいから使ってよ」
「そこまで言うのなら仕方がない。ちょっとトイレに行ってくるから、そこの柱の所で大人しく待ってろよ。ウロウロすんな、はぐれるから」
俺はトイレに行って、鼻をかみ顔を洗った。
鏡で自分の顔を見てみると、確かに澄香の言うとおり、目と鼻が赤い。
これは典型的なアレルギー症状だ。
姉貴が酷い花粉症なので、よく分かる。
花粉症はある日突然なるという。
実際姉貴の花粉症は、一昨年突然始まった。
花粉症もアレルギーの一種だ。つまりアレルギーはある日突然起きるのだろう。
しかし、まさかこの俺にそれが起こるとは。
今は花粉の季節ではないから、アレルゲンは別のものだろう。
もしかしたらハウスダストとかそういうヤツじゃないだろうか。
この映画館は一見清潔そうだが、実は目に見えないレベルで物凄く不潔なのに違いない。
お陰で俺の男前っぷりが二割減になってしまった。
こんな俺を見て、澄香はどう思うだろうか?
澄香は間違いなく俺のイケメンぶりに惚れてるハズだ。
何せ、付き合うまで殆どまともに話した事がなかったのだ。
合コンで会っても、大学ですれ違っても、学食で隣の席に座っても。
俺は澄香に話しかけなかったし、澄香も俺に話しかけてはこなかった。
そんな澄香が、どうやって俺の性格を知る事ができる?
勿論、端から見ていても俺のフェミニストっぷりは明らかだろうが。
おおっと、いかん。
澄香をこれ以上待たせるのも心配だ。
澄香は特別可愛い訳でも美人な訳でもなく、男好きするタイプでもない。
どちらかと言えば一見したところ取っつきにくいので、そうそうナンパされる事も無いだろう。
しかし人を見る目がある男なら、澄香がただ者ではない事など、ちょっとしたきっかけで見破ってしまうだろう。
逆に言えば、そういう男は手強いって事だ。
俺は手櫛でと髪を整え、ザッと全身をチェックする。
よし。完璧だ。
俺は今日もイケている。
これで颯爽と戻れば、さっきのアレルギー全開の醜態は澄香の頭から吹き飛ぶ事だろう。
澄香が俺に惚れ直す画が目に浮かぶ。
なんて考えながら戻ってみると。
澄香が。
なにやらチャラい、というか胡散臭い男と、楽しげに談笑していた。
それは。
俺が、見た事のない笑顔だった。
俺は何故だか呆然と、その場に立ち尽くしてしまった。
映画は『チェイサー』でした。