第9話
私は、チェーンソーの爆音ではなく、小鳥のさえずりとコーヒーの香りで目覚め――るはずもなかった。
「おいオーナー! 飯はまだか! 杭打ちで腹が減って死にそうだ!」
「……マナさん。朝食はまだか。俺は昨日、森でいい狙撃ポイントを見つけたんだ。早く試射したい」
リビングに降りると、そこには腹を空かせた猛獣が二匹。
ゲンタと蒼だ。彼らはまだ気づいていない。
このパーティの財政が、すでに崩壊していることに。
「……二人とも、座って。大事な話があります」
私は重い口調で切り出した。
テーブルの上には、質素な朝食(ご飯、味噌汁、漬物だけ)が並んでいる。
「なんだ? 改まって」
「単刀直入に言います。……資金が底をつきました」
私は通帳アプリの画面を二人に見せた。
そこに表示されている数字は、かつてOL時代に血の滲む思いで貯めた額とは程遠い、小学生のお年玉のような桁数だった。
「ぶふっ!」
味噌汁を飲んでいたゲンタが吹き出した。
「おい! これじゃあセメント一袋も買えねぇじゃねえか! 駄菓子屋に行くのが関の山だぞ!」
「……詰んだな。俺のライフル弾(.308ウィンチェスター)も、一発たりとも買えない」
二人は露骨に絶望した顔を見合わせた。
しかし、私はニヤリと笑った。
「だから、今日は『稼ぎ』に行くわよ。……全員、作業着に着替えて」
「あ? 稼ぐって、日雇いバイトでもすんのか?」
「いいえ。……もっと効率のいい『錬金術』を使うの」
◇
1時間後。
私たちはゲンタの軽トラに乗り込み、埼玉県と東京都の県境にある「産業廃棄物処理場」の直売所に来ていた。
そこは、役目を終えた機械や金属スクラップが山のように積まれた、鉄の墓場だ。
「おいオーナー、こんなゴミ捨て場で何するんだ?」
「宝探しよ。……おじさん、これいくら?」
私は作業服を着た店主に、雨ざらしになっているカゴを指差して聞いた。
中に入っているのは、泥だらけで錆びついた電動工具、動かない発電機、そして液晶が割れた精密機器たちだ。
「ああ? そりゃあ完全なスクラップだ。キロ単価で……全部でこれくらいだな」
店主が提示したのは、ランチ一回分にも満たないような捨て値だった。
「買った」
私は財布から小銭を取り出して払った。
ゲンタと蒼が「正気か?」という顔をする。
「オーナー、騙されてるぞ。そんな鉄屑……」
「見てて。……こっちに来て」
私は人目につかない資材置き場の裏手に二人を連れて行った。
そして、スクラップの山に手をかざす。
システムウィンドウを開く。
これは拠点内の「建築」ではない。私自身の魔力を使う、固有スキルだ。
【対象:破損した電動工具・精密機器(損壊率80%)】
【修復コスト:45 MP】
【生活魔法:修復……実行】
シュァァァ……。
私の掌から淡い光が溢れ出し、錆びついた鉄屑を包み込む。
泥にまみれたドリルが、まるでビデオを巻き戻すように輝きを取り戻す。
こびりついた赤錆は光の粒子となって霧散し、断線したコードは生き物のように結びついていく。
それは科学を超えた、冒涜的ですらある「完全な復元」だった。
わずか10秒。
そこには、箱から出したばかりのような新品同然のインパクトドライバー、発電機、そして高価な測定器があった。
「な、なんだそりゃあああ!?」
「魔法か……!?」
二人が腰を抜かす。
「これが私の『生活魔法』よ。……さあ、これをリサイクルショップに売りに行くわよ。新品同様の『未開封品』としてね」
◇
午後。
私たちは秋葉原に移動していた。
午前中の「錬金術」で稼いだブツを、専門店のカウンターに出した時のことだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! この型番の測定器、生産終了してプレミアついてるやつですよ!? しかも未開封……箱に傷一つないなんて!」
店員の手が震えている。
私は涼しい顔で「倉庫の奥から出てきたんです。買い取れます?」と返す。
「か、買い取ります! 店長呼んできます!!」
――その様子を見て、後ろのゲンタと蒼が「オーナー、あんた何者なんだ……」と戦慄していた。
結果。
「合計、185万円になります」
店員から手渡された分厚い封筒。
元手が数千円だったことを考えれば、利益率は数万パーセントだ。
これなら、セメント代と弾薬代、そして当面の食費には十分すぎる。
さらに私は、産廃所で見つけたコンプレッサーの壊れた「超低温フリーザー」も修復済みだ。
定価なら車が買えるほどの代物が、今はピカピカの状態で軽トラの荷台に積まれている。
「すげぇなオーナー……。一生ついていくわ」
「……弾薬が無限に買える。素晴らしい能力だ」
二人が崇めるような目で私を見ている。
さあ、これで準備は整った。
あとは、この資金と機材を渡すべき相手――「魔女」を見つけ出すだけだ。
「よし、次は人探しよ。……蒼、スマホ貸して」
「誰を探すんだ?」
「御影シノ。天才科学者だけど、今は訳あってネットカフェを転々とするホームレスよ」
私は蒼のスマホで、とある裏掲示板サイトにアクセスした。
『裏化学・薬学スレッド Part.158』。
1周目の世界で、シノ自身が「昔はよくあそこに愚痴を書き込んでた」と言っていたのを覚えている。
「彼女は極度の潔癖症で、偏屈な研究者よ。しらみつぶしに探すより、本人に聞いた方が早いわ」
スレッドをスクロールする。あった。
HandleName: Dr.Shadow(シャドウ=御影=シノだ)。
『今いる店、回線速度はいいけどキーボードがベタベタして最悪。消毒用エタノール持参しないと座れない。店員のレベルも低い』(投稿:10分前)
「……釣れるかな。やってみよう」
私は『名無しの掃除屋』というハンドルネームで、彼女の書き込みにレスを返した。
>> Dr.Shadow
『もしかして駅前の「爽快CLUB」ですか? あそこ汚いですよね。私もすぐ出ました』
カマをかける。
すると、すぐに返信が来た。プライドの高い彼女は、誤解されたままなのが許せないはずだ。
>> 名無しの掃除屋
『は? 違うわよ。裏通りの「電脳空間」よ。ここも最悪。換気が悪くて薬品の臭いが籠もるわ』
「……よし、釣れた」
私はスマホを閉じて、ニヤリと笑った。
自ら居場所をバラしてくれた上に、「換気が悪い」という弱点まで教えてくれた。
「場所は『電脳空間』よ。行くわよ」
◇
数分後。
私たちはビルの前に到着していた。
しかし、部屋番号までは分からない。
「さて、何階にいるかだけど……」
「……4階だ」
蒼が鼻をひくつかせ、断言した。
「匂うぞ。微かだが、換気扇からエーテルとメンソールの臭いがする。……4階の角部屋あたりだ」
「さすがね。警察犬並み」
「……褒め言葉として受け取っておく」
場所は特定した。ターゲットはそこにいる。そして、私たちの手には「185万円」と「最新鋭のフリーザー」がある。
これだけの「武器」があれば、どんな偏屈な科学者でも話くらいは聞いてくれるはずだ。
「行くわよ。……最強のパーティを完成させに」
私は決意を固め、ビルの入り口へ足を踏み出そうとした。
その時だった。
――パリンッ!!
頭上から、鋭いガラスが割れる音が響いた。
続けて、女性の悲痛な叫び声が降ってくる。
「いやぁああああ!! 私の……私の培養液がぁぁぁ!!」
私たちは顔を見合わせた。
「……おい、今の声」
「4階だ。間違いない」
「トラブルね! 急ぎましょう!」
悠長に交渉している場合じゃない。
私たちは軽トラの荷台からフリーザーを下ろすのもそこそこに、階段を駆け上がった。




