第8話
「……ごちそうさん」
巨大なタッパーは、わずか10分で空になった。
蒼は名残惜しそうに指についた米粒を舐めると、満足げな溜息をついた。
顔色が劇的に良くなっている。
死んだ魚のようだった瞳に、生気が戻っていた。
「お粗末さまでした。……で、どうですか? 契約の話」
私が空のタッパーを回収しながら聞くと、彼は真剣な顔で私を見据えた。
「……条件を確認する。飯は、毎日このレベルが出るのか?」
「ええ。今日は即席のお弁当でしたけど、拠点のキッチンにはオーブンもスパイスも揃ってます。リクエストがあればハンバーグでもステーキでも焼きますよ」
「契約する」
即答だった。
早すぎる。給与の話も、業務内容の話もしていないのに。
「あ、あのね。仕事内容、聞かなくていいの? ヤバイ仕事かもしれないわよ?」
「これだけ美味い飯が食えるなら、地獄の釜の蓋でも開けてやる。……で、ターゲットは誰だ? 政治家か? 組長か?」
彼はパーカーの背中から、布で包まれた長物――スナイパーライフルを取り出し、物騒なことを言う。
「殺し屋じゃありません。私の仕事は『防衛』です」
「防衛?」
「ええ。ある場所を守ってほしいの。……来るべき『災害』からね」
私は意味深に微笑み、彼に手を差し出した。
「行きましょう。私の城へ」
◇
私たちは電車とタクシーを乗り継ぎ、再び『星降る森』へと戻ってきた。
道中、蒼はずっと私のリュック(の中の空のタッパー)を気にしていたが、森の入り口に差し掛かった瞬間、その表情が一変した。
「……おい。なんだあの壁は」
彼の視線の先には、朝よりもさらに延長された、高さ3メートルの丸太の防壁がそびえ立っていた。
まるで中世の砦だ。
そして、その壁の上で、半裸の巨漢が丸太を担いでスクワットをしていた。
「おうオーナー! お帰り! ……ん? そいつが『猫』か?」
ゲンタだ。
彼は軽々と地面に飛び降りると、ズシンと音を立てて着地した。
全身から湯気が立ち上っている。圧倒的な筋肉の質量。
蒼が瞬時に警戒態勢に入り、ライフルの布に手をかける。
「……化け物か。人間離れした筋肉だ」
「失礼なこと言うな。俺は繊細な建築士だ」
「どこがですか」
私は二人の間に割って入った。
「紹介するわ。こっちはインフラ兼・建築担当の土門ゲンタさん。……で、こっちが新入りの警備担当、鷹城 蒼さん」
「へぇ……細っこい兄ちゃんだが、いい目をしてやがる」
ゲンタは値踏みするように蒼を見下ろし、ニヤリと笑った。
「だが、ここでの生活は肉体労働だぞ? そんな身体で杭打ちができるか?」
「俺は警備だ。土木作業員じゃない」
蒼は冷たく言い放つと、私に向き直った。
「おい、話が違うぞ。こんな山奥の工事現場で何を守るんだ。資材泥棒の撃退か?」
「いいえ。……そろそろ、本当の姿を見せないとね」
私はシステムウィンドウを開き、蒼に向かって[ 招待 ]を送った。
「許可します。……ようこそ、『聖域』へ」
**【システム通知:鷹城 蒼 を「住人」として登録しますか?】**
**【 YES / NO 】**
私が【YES】を押した瞬間。
蒼の表情が凍りついた。
「な……ッ!?」
彼にも見えたのだ。
この土地全体を覆う半透明のドーム状結界と、視界に浮かぶシステムログが。
**【住人登録完了:鷹城 蒼(スナイパーLv.12)】**
**【特殊スキル:千里眼・中 を確認しました】**
「なんだこれは……AR(拡張現実)か? いや、網膜に直接……」
「これがこの土地の秘密です。ここは、日本の法律も警察権も及ばない、私だけの独立国家」
私は彼に近づき、耳元で悪魔の囁きをした。
「ねえ、蒼。あなた、日本じゃ思いっきり銃が撃てなくてストレス溜まってるでしょ?」
「……!」
「ここは『聖域』です。銃刀法なんて関係ない。警察も入って来られない。……あなたのその愛銃、好きなだけぶっ放せるわよ?」
蒼の瞳が、ギラリと輝いた。
ご飯の時とは違う、獲物を見つけた猛禽類の目だ。
「……本気か」
「ええ。むしろ撃ってくれないと困るわ。これからは、ここを狙う『敵』がたくさん来るから」
彼は震える手で、背中の包みを解いた。
現れたのは、黒光りするボルトアクションライフル。
レミントンM700をベースに、極限までカスタマイズされた彼だけの相棒だ。
彼は愛おしそうに銃身を撫でると、素早く構え、遥か遠くの木の枝に止まっていたカラスに照準を合わせた。
カシャッ。
ボルトを引く乾いた音が、森に響く。
「……悪くない」
彼はトリガーには指をかけず、スコープから目を離した。
その顔には、少年のような高揚感が浮かんでいた。
「飯が食えて、誰にも邪魔されずに銃が撃てる。……ここは天国か?」
「ふふ、気に入ってくれた?」
「ああ。骨を埋めてもいい」
交渉成立。
ゲンタの時と同じく、チョロかった。
いや、彼らの欲望(建築・食と銃)に忠実なところが、この異常な状況への適応を早めているのかもしれない。
**【システム通知:鷹城 蒼 がパーティに加入しました】**
**【現在の戦力:生活魔法使い、要塞建築士、スナイパー】**
「よし! それじゃあ蒼くんには早速、見張り台の設計位置を確認してもらうわね。ゲンタさん、図面を見せてあげて」
「おう! 兄ちゃん、ここから射線を通すなら、壁の高さはどっちがいい?」
「……風向きと弾道を考えると、北側の櫓はあと2メートル高いほうがいい」
「ほう! わかってるじゃねぇか!」
職人とオタク。
意外にも気が合うようだ。二人はすぐに地面に広げた図面を囲んで話し込み始めた。
私はその背中を見ながら、小さく息を吐いた。
(……揃った)
防御の要、ゲンタ。
遠距離火力の要、蒼。
そして、補給と指揮を執る私。
最低限の布陣は整った。
これで、初期の混乱期は生き抜けるはずだ。
でも、まだ足りない。
これからやってくるのは、魔物だけじゃない。
病気、怪我、そして……未知の毒。
私はスマホのカレンダーを見た。
**【残り崩壊まで:28日】**
「次は……『魔女』を迎えに行かなくちゃ」
私の脳裏に、白衣を来た気怠げな女性の顔が浮かぶ。
違法薬物の調合で裏社会を追われ、今はネットカフェを転々としているはずの天才薬師。
彼女を確保すれば、私のパーティは完成する。
「忙しくなるわね」
私は二人を残して、ログハウスのキッチンへと向かった。
まずは、新しい家族のための夕食の支度だ。
今夜は、リクエスト通りハンバーグにしてあげよう。特大のやつを。




