表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人生2周目は、300万円で買ったゴミ山に引きこもります。〜世界崩壊まであと1ヶ月、私だけが知ってる『絶対安全地帯』〜  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/8

第7話

 翌朝。

 私は、トントントン……というリズミカルな包丁の音と、出汁だしの香りで目を覚ましたわけではない。

 自分で起き、自分でキッチンに立っていた。


 時刻は早朝5時。

 窓の外はまだ薄暗いが、私の意識は冴え渡っている。


「よし、ご飯の炊け具合は……完璧」


 カセットコンロに乗せた土鍋の蓋を開けると、ふわりと甘い湯気が立ち上った。

 昨日、ゲンタとの買い出しのついでにホームセンターで、「炊飯器より安いし美味しいから」という理由で衝動買いした一人用土鍋だ。


 中身は、同じく昨日買い込んだ「新潟県産コシヒカリ」。

 電気は通ったが、炊飯器はまだない。でも、土鍋で炊いたご飯のほうが何倍も美味しいことを私は知っている。

 今日のミッションは、この「白米」にかかっていると言っても過言ではないのだ。


「待っててね、未来の相棒。……今の君が、お腹を空かせた野良猫だってことは知ってるんだから」


 私は独り言を呟きながら、炊きたてのご飯をボウルに移した。

 手に塩をつけ、熱さを我慢して握る。


 具は、昨日業務スーパーで「冷蔵庫が動くならこれも買える!」と歓喜してカゴに入れた、厚切りの塩鮭。

 こんがりと焼いてほぐした身を、たっぷりと中に詰める。

 あとは定番の昆布と、変化球の「おかかチーズ」。


 そう、今日はこれから「スカウト」に向かうのだ。

 ターゲットは、鷹城たかじょう そう

 後に『千里眼の死神』と呼ばれることになる、天才スナイパー。


 1周目の世界で、彼は私の数少ない理解者だった。

 カイトたちが私を「家政婦」扱いする中、彼だけは「マナの飯があるから、俺はこのパーティにいるんだ」と言ってくれた。

 口数は少なく、愛想もない。単独行動を好む一匹狼。

 けれど、誰よりも義理堅く、そして何より――とんでもない「食いしん坊」だった。


(今の時期、彼はまだフリーの傭兵として、ヤクザや半グレの抗争の助っ人をしていたはず……)


 報酬は悪くないはずなのに、彼はいつも金欠だった。

 なぜなら、稼いだ金をすべて「最新の銃器」と「カスタマイズパーツ」に注ぎ込んでしまう、重度のガンマニアだからだ。

 そのせいで食費を削り、いつも栄養失調寸前でふらついている。


「……バカなんだから、本当に」


 懐かしさと呆れが入り混じった感情が込み上げる。

 私は愛情(という名の殺意に近い執念)を込めて、海苔をパリッと巻いた。


 巨大なおにぎりが10個。

 おかずは、これまた昨日買い込んだ「徳用・鶏もも肉(2kg)」を使った、ニンニク醤油漬けの唐揚げ。

 そして「ビタミンも大事!」とゲンタに言われて買ったブロッコリーとミニトマト、卵パックを使った厚焼き玉子。

 タッパーに詰め込むと、それはまるで男子高校生の部活弁当のような重量感になった。


「よし、準備完了!」


 私は重たいリュックを背負い、ログハウスの外に出た。


     ◇


「うお、なんだこれ!?」


 外に出た瞬間、私はのけぞった。

 昨日の夜はただの暗闇だった森の景色が、一変していたからだ。


 ウィィィィン!! ガガガガッ!!

 早朝の静寂を切り裂く、チェーンソーとインパクトドライバーの音。


「おうオーナー! 遅えぞ、もう一仕事終わっちまった!」


 声の主は、丸太の上に仁王立ちしているゲンタだった。

 彼の背後には、高さ3メートルはあろうかという巨大な「木の壁」が、すでに10メートルほどの幅で完成していたのだ。


「えっ、これ……一人でやったの!?」

「当たり前だ。森の木を切り倒して、皮を剥いで、くいとして打ち込む。重機がねぇから手作業だが、いい筋トレになるわ!」


 ゲンタは玉のような汗を拭いながら、白い歯を見せて笑った。

 化け物だ。

 この人は建築士じゃなくて、建築重機そのものなんじゃないだろうか。


「す、すごい……。これなら本当に、1ヶ月で要塞ができるかも」

「おうよ。だが、釘とカスガイが足りねぇ。それと、セメントも欲しいな。基礎を固めねぇと、ドラゴンの体当たりには耐えられん」


 彼はすでに「ドラゴン対策」を考えていた。頼もしすぎる。


「わかった。帰りにまた買ってくる。……今日は私は、メンバーを探しに行ってくるから」

「おう、気をつけてな。……見るからに美味そうな匂いをさせてるが、熊に襲われるなよ?」


 ゲンタは私のリュックを鼻でスンと嗅ぎ、ニヤリと笑った。


「これは熊用じゃないわよ。……もっと凶暴な『猫』を捕まえるための罠」

「ハッ、そいつは楽しみだ」


 私はゲンタに留守を任せ、山を下りた。


     ◇


 電車に揺られること2時間。

 私は都内でも有数の繁華街、その裏側にある「倉庫街」に来ていた。


 表通りはきらびやかなビルが立ち並んでいるが、一本路地を入れば、そこは不法投棄されたゴミと、室外機の熱風が淀むグレーゾーンだ。

 昼間だというのに薄暗く、カラスの鳴き声だけが響いている。


(記憶が正しければ、この辺りの廃倉庫を根城にしているはず……)


 1周目の時、そうが酔っ払って昔話をしていたのを思い出す。

 『2026年の2月頃は、確か××埠頭の近くの廃倉庫に住んでたな。家賃タダだし、試射もし放題だったから』


 私はスマホの地図アプリを見ながら、慎重に足を進めた。

 一般人が立ち入ってはいけないエリアだ。

 すれ違う人々も、どこか目が鋭かったり、挙動不審だったりする。

 私はなるべく気配を消し、目的の「第3倉庫」を目指した。


 その時だった。


「――ッ! だ、誰か!!」


 路地の奥から、悲鳴のような怒号が聞こえた。

 続いて、鈍い衝撃音。ドカッ、バキッ。


(喧嘩……? いや、あれは)


 私は物陰からそっと覗き込んだ。

 廃工場の敷地内で、数人の男たちが乱闘……いや、一方的な「狩り」が行われていた。


 男たちは5人。手に鉄パイプやバタフライナイフを持っている。明らかにカタギではない、半グレ集団だ。

 そして、彼らが囲んでいる中心に、一人の青年がいた。


 黒いパーカーのフードを目深にかぶり、ボロボロのジーンズを穿いている。

 背中には、布でぐるぐる巻きにされた細長い棒状のもの――おそらくライフル――を背負っていた。


「テメェ! ウチのシマで勝手な商売してんじゃねぇぞ!」

「挨拶料もなしに用心棒だと? ナメてんのかコラ!」


 チンピラの一人が、鉄パイプをフルスイングする。

 普通の人間なら頭蓋骨粉砕コースだ。


 だが、青年は動かなかった。

 鉄パイプが当たる直前、最小限の動きで半歩、体をずらす。

 空を切った鉄パイプが地面を叩くより早く、青年の足がチンピラの膝関節を蹴り抜いた。


「グアッ!?」


 ボキッ、という嫌な音がして、男が崩れ落ちる。

 速い。目にも止まらない。


「くそっ、やっちまえ!!」


 残りの4人が一斉に襲いかかる。

 ナイフが閃き、拳が唸る。

 しかし、青年はまるで柳のようにゆらりと体を揺らし、すべての攻撃を紙一重で回避していく。

 そして、すれ違いざまに肘打ち、ローキック、鳩尾みぞおちへの掌底。

 無駄な動きが一切ない。

 ただ淡々と、作業のように敵を無力化していく。


(……間違いない。あの動き)


 私の背筋がゾクゾクと震えた。

 鷹城 蒼だ。

 まだ『千里眼の死神』と呼ばれる前の、荒削りだが鋭利な刃物のような彼が、そこにいた。


 だが。

 最後の男を投げ飛ばした後、彼はふらりとよろめき、膝をついた。


「ハァ……ハァ……」


 肩で息をしている。

 圧倒的な戦闘力に見合わず、その顔色は驚くほど白い。

 フードの下から覗く頬はこけ、目の下には濃いくまがある。


(やっぱり……空腹なんだ)


 彼は地面に座り込むと、ポケットから何かを取り出した。

 それは、しわくちゃになったカロリーメイトの空き箱だった。

 中身がないことを確認し、彼は舌打ちをして箱を握りつぶした。


「……クソ。弾代が高すぎたか」


 独り言が聞こえる。

 彼は空を見上げ、虚ろな目で呟いた。


「腹減った……」


 今だ。

 ここが運命の分かれ道。

 私は深呼吸をして、リュックのベルトを握りしめた。

 怖がるな。あいつは猛獣だけど、餌付けさえ成功すれば、世界で一番頼りになる番犬になる。


 私は物陰から姿を現し、わざとらしく砂利を踏みしめて音を立てた。

 ジャリッ。


「……誰だ」


 一瞬で空気が凍る。

 蒼が私を睨みつけた。

 その目は、先ほどのチンピラたちに向けるものより遥かに冷たく、そして鋭い。

 殺気。

 肌がチリチリとするほどのプレッシャー。

 普通なら、ここで悲鳴を上げて逃げ出すところだ。


 でも、私は逃げない。

 ニッコリと営業スマイルを浮かべて、彼に近づいていく。


「こんにちは。……いい腕ね」

「一般人か。見世物じゃねえぞ、消えろ」


 彼は興味なさそうに視線を逸らし、立ち上がろうとして――またよろめいた。


「おっと、無理しないほうがいいですよ。低血糖で倒れる寸前じゃないですか」

「……お前には関係ない」

「関係ありますよ。だって私、あなたをスカウトしに来たんですから」


「スカウト?」


 彼は怪訝な顔をした。


「どこの組の回し者だ。俺は組織には属さねえ」

「いえいえ、ヤクザ屋さんじゃありません。……私の組織は、もっとホワイトですよ? 福利厚生完備、住み込み可、そして何より――」


 私はリュックを下ろし、中から巨大なタッパーを取り出した。

 蓋を少しだけ開ける。


 ふわっ。

 あたりに漂っていた鉄錆とカビの臭いを押しのけて、強烈な「暴力」が解き放たれた。


 ニンニク醤油の香ばしい匂い。

 焼けた鮭の芳醇な香り。

 そして、何よりも抗いがたい、炊きたてのご飯の甘い湯気。


 グゥゥゥゥゥゥゥ……。

 雷のような音が鳴り響いた。

 空じゃない。蒼の腹の虫だ。


「……っ!?」


 蒼の目が、私の顔からタッパーへと釘付けになった。

 喉仏がゴクリと動く。

 先ほどの殺気はどこへやら、今の彼は完全に「マタタビを前にした猫」だった。


「何だ……それは……」

「特製のお弁当です。コシヒカリの新米で作ったおにぎりと、揚げたての唐揚げ。……食べます?」


 私がタッパーを差し出すと、彼は無意識に手を伸ばし――ハッと我に返って手を引っ込めた。


「……何のつもりだ。タダより高いものはない」

「鋭いですね。もちろんタダじゃありません」


 私はタッパーの蓋を閉じた。

 蒼の視線が、捨てられた子犬のように悲しげに揺れる。

 よし、主導権は握った。


「これをあげる代わりに、私の話を聞いてください。5分でいいです」

「……話?」

「ええ。単刀直入に言います。……私に、雇われませんか?」


 蒼は眉をひそめた。


「断る。俺は自由を愛して……」

「食事付きです」


 私はかぶせ気味に言った。


「1日3食、私が作ります。お米は食べ放題。お肉も野菜も、栄養バランスを考えた温かい手料理を保証します。冷たいカロリーメイト生活とはおさらばです」


 ゴクリ。

 再び喉が鳴る音が聞こえた。

 彼の「自由への意志」と「食欲」が、激しく葛藤しているのが手に取るようにわかる。


「……お前の料理なんて、美味い保証はない」

「あら、そうですか? じゃあ、味見してみます?」


 私はタッパーから唐揚げを一つ取り出し、指でつまんで彼の口元へ差し出した。


「はい、あーん」

「なっ……! バカにするな!」


 彼は顔を真っ赤にして怒ったが、唐揚げの匂いが鼻先をくすぐった瞬間、本能が理性に勝ったらしい。

 パクッ。

 彼は私の指ごと食べる勢いで、唐揚げを口に入れた。


 カリッ、ジュワッ。

 衣の音と、溢れる肉汁。


 蒼の動きが止まった。

 咀嚼そしゃくするたびに、彼の表情から険しさが抜け、代わりに恍惚とした色が広がっていく。

 コンビニ弁当しか食べてこなかった彼の舌に、厳選素材の手作り料理は劇薬だ。


「……美味い」


 彼は小さく呟いた。

 その声は震えていた。


「でしょう? これ、毎日食べられますよ」


 私はニッコリと微笑み、彼にタッパーを丸ごと渡した。


「さあ、全部食べていいですよ。話の続きは、お腹がいっぱいになってからにしましょう」

「……くそっ」


 彼は悔しそうに唸ったが、もう我慢できなかった。

 タッパーをひったくり、おにぎりを鷲掴みにして頬張り始める。

 一心不乱。

 まるで何日も食べていなかった野生動物のように。


 私はその様子を眺めながら、心の中で勝利宣言をした。


(チョロい。……いえ、可愛い相棒さん)


 第2のメンバー、鷹城 蒼。

 胃袋掴んで、確保完了だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ