第6話
「……眩しい」
私は思わず手で顔を覆った。
天井からぶら下がった裸電球が、チカチカと瞬いた後、カッ! と直視できないほどの光を放ったからだ。
「ガハハ! どうだ嬢ちゃん、これが『文明』だ!」
外からは、ドッドッドッ……という重低音が響いている。
ゲンタが河川敷の小屋から持ち込んだ、年季の入ったガソリン発電機の音だ。
排気ガス臭いし、騒音はひどいが、今の私には天使の歌声に聞こえる。
「すごい……電気がついた……!」
私は壁のスイッチをパチパチといじった。
つく。消える。つく。
ただそれだけのことが、こんなに感動的だなんて。
時刻は夜の8時。
いつもならランタンの薄暗い光で過ごす時間が、今は真昼のように明るい。
コンセントにスマホの充電器を挿すと、バッテリーマークの横に『⚡』が表示された。
「神様、仏様、ゲンタ様……!」
「よせよ、照れるだろ。……だが、燃料は無限じゃねぇぞ」
ゲンタは照れ隠しに鼻をこすりながら、真剣な顔になった。
「この発電機は燃費が悪りぃ。タンク満タンで動くのはせいぜい5〜6時間だ。夜通しつけてたら、買ってきたガソリンなんざ3日で消えるぞ」
「う……現実は厳しい」
160円/Lのガソリンを垂れ流していると思うと、電球の光がお金の輝きに見えてくる。
「基本は日中だけ回して、夜は消す。冷蔵庫の中身が腐らなけりゃいい。……それより、次は『水』だ」
ゲンタは懐中電灯を片手に、キッチンの床下収納を開けた。
そこには、錆びついた水道管と、古びた電動ポンプが鎮座している。
「やっぱりポンプが死んでやがる。中のパッキンがボロボロだ」
「直せますか?」
「部品がありゃあな。だが、ホームセンターはもう閉まってる」
ゲンタは顎に手を当てて考え込み、私のほうを見た。
「おいオーナー。お前のその『魔法』で、なんとかならねぇのか?」
「あ、そっか!」
私はハッとして、システムウィンドウを開いた。
[ 建築 ] メニューから、目の前の壊れたポンプをターゲットにする。
【対象:家庭用井戸ポンプ(故障・老朽化)】
【修復に必要なコスト:50 CP】
「いける! たった50ポイントで直せる!」
「マジかよ……反則だな」
私が【修復】を実行すると、光の粒子がポンプを包み込んだ。
錆が落ち、ひび割れたゴムパッキンが新品に再生される。
モーターのコイルが巻き直され、真新しい銀色の輝きを取り戻した。
「よし、電気を通すぞ」
ゲンタが配線を繋ぎ、ブレーカーを上げる。
ウィィィン……!
軽快なモーター音が響き渡る。
私は恐る恐る、キッチンの蛇口をひねった。
ゴボッ、ゴボボッ……ジャーーーッ!!
勢いよく、透明な水がほとばしった。
「で、出たぁぁぁーー!!」
「おう、井戸水だからカルキ臭くねぇぞ。飲めるはずだ」
私はコップに水を汲み、一気に飲み干した。
冷たい。美味しい。
喉を通る液体の感覚に、涙が滲んだ。
これで、トイレが流せる。
顔が洗える。
そして――。
「ゲンタさん! お風呂! お風呂沸かしてもいい!?」
「ガスボンベ給湯器は生きてたからな。いけるはずだ」
◇
1時間後。
私はユニットバスの湯船に肩まで浸かり、天井を見上げていた。
「はぁぁぁ……極楽ぅ……」
お湯が出る。ただそれだけのことが、これほど幸せだとは。
3日ぶりの入浴だ。体の芯まで温まり、緊張の糸がほぐれていく。
1周目の世界では、お風呂なんて贅沢品だった。川の水で体を拭くのが精一杯で、冬場は地獄だった。
(この生活を守らなきゃ)
改めて決意する。
この温かいお湯も、明るい部屋も、全て私が守るんだ。
お風呂から上がり、髪を乾かしてリビングに戻ると、ゲンタがダイニングテーブルに大きな模造紙を広げていた。
彼は私の姿にも気づかず、赤鉛筆で猛烈な勢いで何かを書き殴っている。
「……何してるの?」
「おう、風呂はどうだった。……見ろ、これだ」
彼が指差したのは、このキャンプ場の見取り図だった。
だが、そこには見たこともない書き込みがビッシリとされている。
「ここが俺たちの拠点だ。で、今の防衛力は『結界Lv.1』だけ。これじゃあ猪くらいしか防げねぇ」
「う……確かに」
「だから、囲う」
ゲンタは地図の外周を、赤鉛筆でグルリと囲んだ。
「高さ3メートルの『外壁』を作る。素材は森の木を切り出して使う。で、ここに『監視塔』を立てて、ここには『落とし穴』を掘る」
「お、落とし穴?」
「ああ。底に竹槍を仕込んでな。……それと、建物の窓は全部鉄板で補強する。ガラスなんて飾りだ」
彼の目は血走っていた。
完全に「職人スイッチ」が入っている。
というか、楽しそうだ。
「お前が言ったんだろ? 『建築許可はいらない』ってな。……俺が作りたかったのは、こういう本物の『城』なんだよ」
彼はニヤリと笑った。
その顔は、ただの土建屋のおっさんではなく、歴戦の軍師のように見えた。
「材料は俺が集める。だが、組み立てにはお前の『魔法(CP)』が必要だ。……明日は忙しくなるぞ、オーナー」
「……望むところよ」
私は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
昼間の買い出しの時、ゲンタが「これは燃料だ」と言ってカートに箱ごと放り込んだものだ。
プシュッと開け、一本をゲンタに渡す。
「乾杯しましょう。私たちの『要塞』の着工祝いに」
「おう、気が利くな」
カチャン、と缶がぶつかる音が、静かな夜に響いた。
電気よし。水道よし。
建築士よし。
あとは――この広い敷地を守るための「目」と「火力」が必要だ。
私はビールを飲みながら、次のターゲットのことを考えていた。
鷹城 蒼。
百発百中のスナイパーであり、私の相棒になるはずの男。
彼が今どこにいるか、私は知っている。
確かこの時期、彼はまだフリーの傭兵として、危険な裏稼業に足を突っ込みかけていたはずだ。
(待っててね。美味しいご飯を用意して、迎えに行くから)
窓の外では、頼もしい発電機の音が、いつまでも唸りを上げていた。




