第5話
「おい嬢ちゃん。本当にこんな山奥なのか?」
ガタガタと激しく揺れる軽トラの助手席で、私は必死にアシストグリップを握りしめていた。
車内はタバコと木材の匂いが充満している。
足元にはインパクトドライバーや水平器が無造作に転がり、ダッシュボードには現場用の缶コーヒーが並んでいる。
まさに『男の職場』だ。
「合ってます! この砂利道を抜けた先です!」
「チッ、サスペンションがイカれちまうぞ……」
運転席の土門ゲンタは、悪態をつきながらも巧みなハンドルさばきで悪路を進んでいく。
ホームセンターの駐車場で彼をナンパ(スカウト)してから1時間。
私は彼を、私の「聖域」へと案内していた。
彼はまだ半信半疑だ。
無理もない。「建築基準法を無視して改造し放題の土地がある」なんて、詐欺師の口上みたいなものだからだ。
「……言っとくがな。もし嘘だったら、お前をここに置いて帰るからな」
「嘘じゃありません。見ればわかります」
私は強気に返した。
やがて、鬱蒼とした森が開け、朽ちかけた木のゲートが見えてきた。
「ここです!」
土門がブレーキを踏む。
軽トラが止まったのは、かつてのキャンプ場の入り口。
昨日、タクシーを降りた場所だ。
「……あ?」
土門が眉をひそめた。
彼はプロだ。私の目には見えない「何か」を感じ取ったらしい。
彼は車を降りると、ゲートの支柱に触れ、地面を強く踏みしめた。
「おい……なんだこの空気は。地盤が妙に締まってやがる。それに……」
彼は森の奥、木々の隙間から見える「管理棟」を指差した。
「あのログハウス。……築何年だ?」
「元の建物は30年くらい前ですけど、昨日私がリフォームしました」
「昨日だぁ?」
土門は鼻で笑い、ズカズカと管理棟へ歩み寄る。
そして、私がCPを使って一瞬で修復した壁や柱を、食い入るように見つめた。
ペタペタと触り、継ぎ目を確認し、基礎の部分を覗き込む。
その顔色が、次第に驚愕へと変わっていく。
「……ありえねぇ。継ぎ目がねぇぞ」
「え?」
「木材の接合部だ。釘もビスも使ってねぇ。まるで木そのものが『最初からその形だった』みたいに融合してやがる。……どんな宮大工がやりゃあこんな仕事ができる?」
土門が振り返り、私を睨みつけた。
その目は、獲物を見つけた猛獣のように輝いている。
「嬢ちゃん。お前、何をした?」
食いついた。
私はニヤリと笑い、システムウィンドウを開いた。
そして、[ 住人名簿 ] の項目をタップし、[ 新規招待 ] を選ぶ。
「種明かしをしてあげます。……土門ゲンタさん、私の『国』へようこそ」
【システム通知:土門ゲンタ を「住人」として登録しますか?】
【 YES / NO 】
私が【YES】を押した瞬間。
土門の目が見開かれた。
彼にも見えたのだ。私の頭上に浮かぶ「オーナー」の称号と、この土地を覆うシステムの情報が。
「な、なんだこれは……! 『聖域』……『防衛結界』……『クラフトメニュー』だと!?」
彼は空中に浮かぶウィンドウを両手で掴もうとし、それが幻影でないことに気づいて震え出した。
「ここは、現実の法律も物理法則も通用しない場所です。私が許可すれば、あなたはここで、システムのアシストを受けながら『最強の建築』ができる」
私は彼に近づき、手を差し出した。
「どうですか? 河川敷の掘っ立て小屋より、ここのほうが楽しそうでしょ?」
土門はしばらく呆然としていたが、やがて「クックックッ……」と低い笑い声を漏らし始めた。
そして、私の手を強く握り返した。
痛い。骨が軋むほど強い握手だ。
「……最高じゃねえか。俺の腕と、この謎のチカラがありゃあ……核シェルターすら鼻で笑える『要塞』が作れるぞ!」
交渉成立。
私は心の中でガッツポーズをした。
【システム通知:土門ゲンタ(建築士Lv.MAX)が加入しました】
◇
「よし! 契約成立ってことで、早速仕事だ!」
土門は腕まくりをして、やる気満々だ。
「まずはインフラだ。電気がねぇと電動工具が使えねぇ。……発電機はどうする? 買う金はあるのか?」
「それが……高すぎて買えなくて」
私が正直に言うと、土門は「ガハハ!」と豪快に笑った。
「心配すんな。俺の小屋に、現場で拾って直したガソリン発電機がある。型は古いが2キロワットは出せるシロモノだ。とりあえずはそれで凌げる」
「本当!? 神様!!」
浮いた!
発電機代の11万8000円が浮いた!
私は感動で打ち震えた。これで予算を一気に食料と燃料に回せる!
「その代わり、ガソリンとプロパン、あとは飯だ。腹が減ってちゃいい仕事はできねぇぞ」
「任せてください! 車があるなら、何でも買えます!」
私たちは再び軽トラに乗り込み、山を下りた。
向かうはホームセンターと業務スーパーだ。
◇
そこからは、まさに「爆買い」の時間だった。
徒歩と電車では絶対に不可能だった重量物の買い出し。
軽トラの荷台という最強の収納スペースが、私の欲望を解放させた。
「おら嬢ちゃん! 水は2リットルなんかチマチマ買うな! 20リットルのポリタンクだ!」
「はいっ!」
「米は5キロ? バカ野郎、30キロ袋を3つ積め! 俺は大食いだぞ!」
「はいっ! ……あ、カップ麺も箱買いします!」
ホームセンターでは、ガソリン携行缶(20L)を2つと、カセットコンロのガスボンベを大量購入。
業務スーパーでは、米、パスタ、缶詰、調味料を、カート2台分山盛りに積み上げた。
【購入リスト(一部抜粋)】
・ガソリン携行缶&給油 …… 15,000円
・灯油ポリタンク&灯油 …… 5,000円
・米(30kg×3袋) …… 45,000円
・水(20Lタンク×5個) …… 10,000円
・缶詰・レトルト・乾麺(大量) …… 30,000円
・トイレットペーパー等の日用品 …… 5,000円
【合計:約 110,000円】
レジで万札が飛んでいくのを見ても、不思議と不安はなかった。
むしろ、軽トラの荷台が物資で埋まっていく光景を見るたびに、興奮で脳汁が出そうだった。
(買えた……! これだけあれば、当分は生き延びられる!)
帰り道。
荷台満載の軽トラは、重そうにエンジンを唸らせながら山道を登っていく。
助手席で缶コーヒーを飲みながら、私は夕焼けに染まる空を見上げた。
「……ねえ、おじさん」
「あ?」
「名前、なんて呼べばいい? 土門さん?」
「ゲンタでいい。……これから同じ釜の飯を食うんだ。堅苦しいのはナシだ」
「わかった。よろしくね、ゲンタ」
横を見ると、強面の男が少し照れくさそうに鼻をかいていた。
これで「衣食住」の「食」と「住(リフォーム担当)」は確保した。
あとは……。
「……あいつらだな」
私の脳裏に、残りのメンバーの顔が浮かぶ。
天才ハッカーの引きこもり少年。
家庭菜園マニアの精霊使い。
そして、違法薬物を調合する白衣の女。
まともな人間が一人もいない。
でも、彼らがいなければ、この世界は生き残れない。
「さて、次は誰をスカウトしに行こうかな」
私の聖域建国記は、まだ始まったばかりだ。




