第4話
翌朝。
私は、小鳥のさえずりと共に目を覚ました。
「ん……寒い」
寝袋から這い出すと、吐く息が白い。
ログハウス自体は断熱性が高いけれど、暖房器具が一切ないのだから当然だ。
顔を洗おうとキッチンへ向かい、蛇口をひねって――水が出ないことを思い出し、舌打ちをする。
「……文明、恋しいなあ」
私はペットボトルの水を少しだけ手に出し、猫のように顔を洗った。
顔を拭きながら、システムウィンドウを開く。
【残り崩壊まで:29日】
【所持金:125,000円】
(うわ、結構減ったなぁ……)
昨日のタクシー代が痛かった。山奥までの割り増し料金と、当面の食料や日用品を買っただけで、あっという間に2万5000円が消えてしまった。
時間は待ってくれない。私は顔をパンと叩き、気合を入れた。
「よし、行こう。買い出しだ!」
◇
山を徒歩で下り、バスと電車を乗り継いで1時間。
私は郊外にある超大型ホームセンター『メガ・ホーム』に来ていた。
平日の午前中だというのに、店内はそこそこ混雑している。
DIYコーナーの独特な木材の匂い。ずらりと並ぶ工具。
見ているだけでワクワクする場所だが、今日の私は観光に来たわけではない。
私はカートを押して、「発電機・防災用品コーナー」へと直行した。
「う……」
プライスカードを見た瞬間、私は呻き声を上げた。
【ガソリン式発電機(定格出力1.6kVA)】
【価格:118,000円】
「た、高い……」
これ1台で、私の全財産がほぼ吹き飛ぶ。
しかも、ガソリン式は燃料の備蓄が必要だ。世界が崩壊したらガソリンスタンドは機能しなくなるから、動かせるのはせいぜい最初の数週間だけだろう。
「となると、やっぱり太陽光?」
隣の「ソーラーパネル・ポータブル電源セット」を見る。
【大容量・災害対策セット:498,000円】
「…………」
無理だ。
買えないこともないが(クレジットカードの枠を使えば)、これだけでは家中の電気を賄うのは厳しい。
それに、ただパネルを買えばいいわけじゃない。配線工事をして、バッテリーに繋いで、分電盤を通して……。
「……配線図とか、さっぱりわかんない」
私は電気工事士の資格なんて持っていない。
ネットで調べて見よう見まねでやったとして、漏電して火事になったら?
せっかく作った「聖域」が、私の配線ミスのせいで全焼しました――なんてことになったら、笑い話にもならない。
私は売り場の通路で、ガックリと項垂れた。
「詰んだ……」
お金もない。
知識もない。
あるのは「場所」と「やる気」だけ。
これじゃあ、優雅な引きこもりライフなんて夢のまた夢だ。
その時。
資材売り場の奥から、店員さんと客の言い争う声が聞こえてきた。
「ですからお客様! この単管パイプをそんなふうに繋ぐジョイントは規格外です! 危険ですので販売できません!」
「あ? うっせえな。俺が大丈夫っつったら大丈夫なんだよ。強度は計算済みだ」
野太い、地響きのような声だ。
隙間から覗くと、作業着を着た巨漢の男が、困り果てた店員を見下ろしていた。
身長は2メートル近いだろうか。
丸太のような腕。岩のような筋肉。
そして、職人特有のねじり鉢巻。
「チッ、わからず屋が。……強度が足りねぇなら、溶接して補強すりゃいいだろ」
男はそう吐き捨てると、何も買わずにドカドカと出口へ歩いていった。
その背中を見た瞬間。
私の脳裏に、1周目の記憶が稲妻のように走った。
(……待って。あの後ろ姿……まさか?)
私は思い出す。
魔物が溢れかえり、あらゆる都市が廃墟と化した未来の世界で、決して陥落しなかった伝説の避難所――『鉄壁の砦』のことを。
元々はただの市民会館だった場所を、廃材と瓦礫だけで増改築し、ドラゴンのブレスすら弾き返す要塞へと変貌させた、たった一人の男。
その名は、土門ゲンタ。
通称、『要塞建築士』。
「……そうだ。彼だ」
私はカートをその場に放置して、走り出した。
自分でできないなら、できる人を連れてくればいい。
私にはお金はないけれど、彼が喉から手が出るほど欲しがっている「最高の餌」を提供できる。
世界が崩壊する前、彼はどこにいたっけ?
そうだ、確か噂で聞いたことがある。
腕は超一流だが、こだわりが強すぎてどこの現場もクビになり、今は河川敷で勝手に家を建てて暮らしていると。
私は店の外へ飛び出し、巨漢の男――土門ゲンタの背中を探した。
彼は軽トラックに乗り込み、エンジンをかけたところだった。
「待ってぇぇぇーー!!」
私はなりふり構わず叫びながら、軽トラの前に立ちはだかった。
キキーッ!
急ブレーキの音が響く。
「ああん!? 危ねえだろうが嬢ちゃん! 死にてえのか!?」
運転席から顔を出した土門が、鬼のような形相で怒鳴る。
普通の女の子なら泣いて逃げ出す迫力だ。
でも、私は逃げない。この出会いを逃したら、私の聖域はずっと「電気なし・水道なし」のままなのだ。
私は息を切らせながら、軽トラの窓に両手をついて言った。
「おじさん! 私に、家を作って!」
「……あ?」
土門は眉をひそめ、不審者を見る目で私を見た。
「何言ってんだお前。家ならハウスメーカーに行きな。俺はただの大工崩れだ」
「普通の家じゃダメなんです! 要塞がいいんです!」
「は?」
「誰にも邪魔されず、どんな攻撃も弾き返す、最強の要塞を作りたいんです! 場所はあります! 素材も……たぶん、現地調達できます! でも、技術だけがないの!」
私は一気にまくし立てた。
土門の目が、わずかに動いた。
「要塞」という単語に反応したのだ。彼は根っからの建築バカだから。
「……金はあんのかよ」
「ありません!」
「じゃあ話になんねえ。退きな」
土門は呆れてアクセルを踏もうとする。
ここが勝負どころだ。
私は未来の知識を総動員して、彼に刺さるキラーフレーズを放った。
「その代わり! ……『建築許可』は、いりません」
ピタリ。
エンジンの音が止んだ。
「……何?」
「私の土地は、日本の法律が届かない特殊な場所なんです。建築基準法も、消防法も関係ない。高さ制限もなければ、建ぺい率も無視し放題」
「…………」
「好きなだけ、改造できますよ。違法建築し放題です。……あなたの『理想の城』、作りたくないですか?」
ゴクリ、と土門が喉を鳴らす音が聞こえた気がした。
彼は現代社会のルールに縛られ、自分の作りたいものを作れずに燻っている。
そんな彼にとって、「法律無視で改造し放題の土地」なんて、札束よりも魅力的なはずだ。
長い沈黙の後。
土門はゆっくりと軽トラのドアを開け、私を見下ろした。
「……嬢ちゃん。その話、詳しく聞かせろ」
ニヤリ。
私は心の中で勝利のピースをした。
インフラ担当(兼・用心棒)、ゲットだ。




