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人生2周目は、300万円で買ったゴミ山に引きこもります。〜世界崩壊まであと1ヶ月、私だけが知ってる『絶対安全地帯』〜  作者:


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第30話

5月3日、土曜日。

世界崩壊から、二日が経った。


外の時計は止まっていた。


ライフラインが止まり、テレビが沈黙した今の外の世界で、「今日は土曜日だ」と認識して休んでいる人間が果たして何人いるだろうか。


前世の私なら、きっと曜日感覚なんてとっくに消え失せて、ただ生き延びるために走り回っていただろう。


でも、ここでは、土曜日は土曜日だった。


モグが朝から鼻歌を歌いながら畑に水をやっていた。温室の中では昨日より少し大きくなったトマトが揺れていた。鶏たちが小屋から出てきて、地面をつついている。


何も変わっていない。


---


朝食は七時だった。


卵とベーコン、焼いたパン、それとモグが「昨日取れた!」と持ってきたレタスのサラダ。温かいスープもある。


「ネロ、外の状況は」


私が聞くと、ネロがタブレットを置いた。


「まず死者数だが——現時点で確認できている範囲で、国内だけで十三万を超えている。ただし、これは搬送記録や生存確認ができた地域のみの集計だ。通信が途絶えた地域を含めると、実態はその数倍になる可能性がある」


沈黙。


「ライフラインは」


「水道は四十七都道府県中、三十二で停止。電力は大都市圏を中心に完全停止。ガスは元から自動遮断が働いている地域が多い。鉄道は全線運休。高速道路は緊急車両専用のはずだが、それも機能しているかどうか怪しい」


「食料の流通は」


「止まった。コンビニも大型スーパーも、昨日の昼前後には略奪が完了していた地域が続出している。地方の小さな集落はまだ機能しているところもあるが、物流網そのものが死んでいるから、いずれ同じ状況になる」


「自衛隊は」


「動いている。ただ、優先されているのは政府関係者の避難支援と都市部の魔物迎撃だ。一般市民への食料配給はまだ始まっていない——始めるだけの余裕がない」


ゲンタが静かにスープを飲んだ。


「つまり、外の人間は今、丸裸か」


「そういうことだ」


「……そうか」


ゲンタがそれ以上何も言わなかった。ユリが手元を見つめていた。シノは黙ってメモを取っている。蒼はいつも通り、感情を出さずに食べていた。


私は一口、スープを飲んだ。


美味しかった。


---


午前中は各自の仕事があった。


シノは医療・研究室にこもって、崩壊後に観測されている新種のウイルスデータの解析を続けていた。ネロに流してもらったデータをもとに、感染経路を洗い出しているらしい。覗いたときには「邪魔しないで、今いいところよ」と言われた。


モグは畑だった。この二日間で、何かが変わったわけではないのに、モグだけは「土が元気」「根っこが動いてる」などと言いながら特に心配した様子もなく作業を続けている。精霊の感覚は、人間のそれとは少し違うのだろう。


ゲンタは城壁の点検だった。崩壊後に魔物が増えれば、設備にかかる負荷も上がる。今のうちに見直しておきたい箇所を確認してまわっているという。


蒼は監視塔だった。昨日の二時間の休息以外は、ずっと塔にいる。


「ちゃんと食べてる?」


監視塔の下から声をかけると、「食べてる」と短く返ってきた。


「ありがとう」


「仕事だ」


それ以上の会話はなかった。でも、双眼鏡越しに一瞬こちらを見た気がした。


---


声が聞こえたのは、昼過ぎのことだった。


中庭で水を飲んでいたとき、風に乗って——何か聞こえた。


人の声だった。


遠い。かなり遠い。結界の外側の、さらにずっと向こう。方向を考えると、山道を下った先の集落のあたりだろうか。


声の中身は聞き取れなかった。ただ、複数の人間が何かを叫んでいるような——そういう質の音だった。


私は手に持っていた水のグラスをテーブルに置き、風の吹いてきた南の方角へ目を向けた。


「聞こえるか」


いつの間にか隣にゲンタが立っていた。


「聞こえてるわ」


「来るな」


ゲンタが腕を組んだ。


「人間が来る。食料を求めて、安全な場所を求めて——いずれここに来る」


「わかってる」


「お前は、どうする気だ」


私は少し考えた。


考えるまでもない——前世で、何度も考えた問いだ。


「全員は救えない」


「わかってる」


「でも、選べる」


「何を基準に選ぶ」


「人として当然のことができるかどうか。それだけよ」


ゲンタが少し目を細めた。


「抽象的だな」


「具体的な基準は、みんなで話し合って決める。私が一人で決めることじゃない」


「……なるほど」


ゲンタが腕を組んだまま、遠くの声の方向を見た。


「来るのは、いつ頃だと思う」


「早い人で、三日以内。遅い人で、一週間かな」


「早いな」


「外が壊れるのが思ったより早かったから。食料も水も、あっという間になくなる。そうなれば、足が向く先は限られる」


風が吹いた。声が少し大きくなって、それからまた遠くなった。


何を叫んでいるのかは、やはり聞き取れなかった。


---


昼食はシノが「ちょっと待って」と言いながら研究室を出てきて、全員でテーブルを囲んだ。


「研究の進捗、聞く?」


シノが椅子を引きながら言った。


「崩壊後に観測された新型のウイルス、三種類の系統に分類できたわ。ひとつは既知のコロナウイルスの変異体。ふたつめは魔物由来のもので、接触感染が主経路。みっつめが問題で——まだ感染経路が特定できていないの」


「どんな症状が出てる?」


「みっつめは発熱と、一部に視覚障害の報告がある。ただ、母数が少なすぎてまだ断定できないわ」


「対処法は」


「今のところ、隔離と経過観察。うちには一通りの抗ウイルス薬があるから、既知の変異体には対応できるわよ。みっつめはもう少し時間をちょうだい」


「わかった。引き続きよろしく」


「任せてよ。こういう仕事、好きだから」


シノがフォークをくるっと回した。「好きだから」という言葉の重さが、少し胸に来た。


シノは研究所を追われた。好きな仕事を、理不尽な理由で取り上げられた。


ここでは、その仕事を思う存分できる。


「ありがとう、シノ」


「改まって何よ」とシノは言ったが、少し顔が赤かった。


---


午後、ユリが私を探してきた。


「マナさん、さっきの声、聞こえましたか」


「聞こえた」


「あれって……外の人ですよね」


「そうね」


ユリが少し黙った。それから「いつか、あの人たちが来たらどうするんですか」と聞いた。


「来たら、考える。今じゃない」


「考えて……追い返すんですか」


「全員は入れられない。でも、全員追い返すつもりもない」


「基準は」


「ゲンタにも同じことを聞かれたわ」


「ゲンタさんもですか」


「みんな気になるのよ。当然だと思う」


私は少し笑った。


「ユリ、あなたはどう思う?」


「え?」


「誰を助けて、誰を断るべきだと思う?」


ユリが目を丸くした。それから、真剣な顔で考え込んだ。


「……全員助けたいけど、無理だって頭ではわかってて。でも断るのも、なんか」


「なんか?」


「ひどいことをしてる気がして」


「そうね」


「でも、ここにいる全員を守ることを考えたら、無制限に入れるのは違うとも思って」


「そう。それが答えよ」


ユリが少し顔を上げた。


「全員助けたいという気持ちを持ちながら、それでも選ばなきゃいけない。矛盾してる。でも、その矛盾を抱えたまま決断できる人間でありたいと私は思ってる」


「……難しいですね」


「難しい。当たり前に難しい」


風がまた吹いた。今度は声は聞こえなかった。


「いつか来るわよ」と私は言った。「その時、一緒に考えましょ」


ユリが静かに頷いた。


---


夕方の点呼で、ネロが追加情報を報告した。


「拠点から二十キロ圏内で、生存者グループの移動が観測されている。少なくとも三つの集団。方向は、ここではなく山麓の国道沿いを動いている。今すぐ来るわけではない」


「わかった。引き続き監視を続けて」


「了解だ。それと——」


ネロが少し間を置いた。


「携帯の電波が一部地域で復旧した。弱いが、通話は可能になっている」


私は何も言わなかった。


「……そうか」とゲンタが言った。それだけだった。


夕食は豚汁だった。モグの野菜がたっぷり入っていて、温かかった。


全員で食べた。誰も余分なことを言わなかった。


外では、また風が吹いていた。


声は、今夜も遠くにあった。


---


【拠点状態】

 結界:最大出力稼働中

 外部侵入記録:ゼロ件(崩壊後2日連続)

 モグ農園:通常稼働

 電力・水・食料備蓄:異常なし


【世界崩壊から2日目。星降る森は、今日も静かだった。】



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