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人生2周目は、300万円で買ったゴミ山に引きこもります。〜世界崩壊まであと1ヶ月、私だけが知ってる『絶対安全地帯』〜  作者:


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第3話

「じゃあね、お姉さん。熊には気をつけてなー」


 タクシーの運転手さんは、最後まで怪訝そうな顔を崩さないまま、窓から片手を振った。

 ブロロロ……という排気音を残して、車体が夕暮れの山道を下っていく。


 その背中を見送りながら、私は虚空に浮かぶプログレスバーを見つめていた。


 【システム起動中……98%……99%……】


 さっき勢いよく【YES】を押した直後から、このロード画面が表示されていたのだ。

 もし即座に結界が発動していたら、運転手さんに怪しまれるところだった。タイミングが良いのか悪いのか。


 赤いテールランプが木々の向こうに消え、あたりが完全な静寂に包まれたその時。


 【100%】

 【完了しました】


 カッ……!


 足元から淡い光の波紋が広がった。

 まるで水面に石を投げ込んだかのように、光のラインが地面を走る。それはかつてのキャンプ場の敷地境界線に沿ってぐんぐんと伸びていき、広大な森を包囲した。

 そして、その光は半透明のドーム状となって空へと駆け上がり、頂点で閉じた。


 【システム通知:『聖域サンクチュアリ』の展開が完了しました】

 【現在の防衛レベル:1(物理攻撃無効・小)】

 【維持コスト:魔力自動充填中……】


「できた……!」


 私はその場にへたり込んだ。

 目に見える結界ではない。けれど、私にははっきりと感じる。

 このドームの内側は、外の世界とは隔絶された「異界」になったのだ。


 レベル1とはいえ、これで野生動物や、初期の弱い魔物は入ってこられない。

 あの悪夢のようなオークの群れに食い殺される未来は、ひとまず回避できたのだ。


「でも……寒い」


 安堵した途端、強烈な寒気が襲ってきた。

 時刻は午後5時を回り、山の日没が迫っている。

 私は慌てて立ち上がり、これからの「我が家」となる管理棟を見上げた。


 ……酷いものだ。

 近くで見ると、その廃墟っぷりに絶句する。


 壁の板は腐って剥がれ落ち、そこからつたが内部に侵入している。

 窓ガラスは全部割れていて、風が吹き抜け放題。

 屋根には大きな穴が空いていて、そこから雨漏りした痕跡が柱を黒く腐らせている。


「これじゃあ、外で寝るのと変わらないじゃない」


 とてもじゃないが、このままでは住めない。

 だが、私には「管理者権限」がある。


「ステータスオープン」


 小さく唱えると、目の前に新しいメニューが開く。


 [ 結界管理 ]

 [ 建築クラフト ]

 [ 資産管理 ]

 [ 住人名簿 ]


 まだロックされているグレーアウトした項目も多い。

 私は迷わず[ 建築クラフト ]をタップした。


 すると、視界が「建築モード」に切り替わる。

 世界がワイヤーフレームのようなグリッド線で覆われ、目の前の廃屋が緑色の枠で囲まれた。


 【対象:木造平屋建て管理棟(損壊率80%)】

 【修復に必要なコスト:500 CPクラフトポイント

 【所持CP:1000(初期ボーナス)】


(足りる! ギリギリ半分だ!)


 CPクラフトポイントは、この聖域内でのみ使える通貨のようなものだ。

 1周目の知識によれば、CPは「魔石」を変換したり、不用品をシステムに吸収(分解)させたりして貯めることができる。

 今はまだ魔石なんて手に入らないが、土地購入の初回特典として1000ポイント付与されていたらしい。ラッキーだ。


 500ポイントを使えば、廃屋を「居住可能な状態」まで修復できる。

 残りの500ポイントは温存したいところだが……いや、まずは拠点の確保が最優先だ。


修復リペア、開始!」


 私がコマンドを実行した瞬間、魔法のような光景が広がった。


 シュァァァ……という心地よい音と共に、建物全体が光の粒子に包まれる。

 まるでビデオテープを巻き戻すように、時間が逆行していく。


 腐って抜け落ちていた柱が、メリメリと音を立てて起き上がる。

 割れた窓ガラスの破片が地面から舞い上がり、窓枠に収まって1枚のクリアなガラスに戻る。

 苔むした屋根は新品のスレートに変わり、壁の隙間は真新しい木材で埋められていく。


 わずか十数秒。

 光が収まった時、そこにはボロボロの廃屋ではなく、森の隠れ家のような可愛らしいログハウスが建っていた。


「す、すごい……本当に直った……」


 わかっていても、実際に見ると感動で言葉が出ない。

 ゲームの中でしか見たことのない光景が、現実の目の前で起きたのだ。


 私は恐る恐る、真新しいドアノブに手をかけた。

 ガチャリ。スムーズにドアが開く。


 中は12畳ほどのワンルームになっていた。

 床は白木のフローリングで、ほのかに木のいい香りがする。

 壁にはしっかりと断熱材が入っているようで、外の冷気が遮断されているのがわかる。

 奥には小さなキッチンと、ユニットバスらしき扉も見えた。


「はぁ〜……生き返るぅ……」


 私は靴を脱いで上がり込み、大の字になって床に寝転がった。

 天井を見上げる。雨漏りのシミひとつない、綺麗な天井だ。

 自分の心臓の音だけが聞こえる。


 ここなら、誰にも文句を言われず、好きなだけ眠れる。

 「役立たず」と罵られることもない。

 理不尽に殴られることも、囮にされて走らされることもない。


 ここが、私の城なんだ。


「ふふ、あはははは!」


 じわじわと喜びがこみ上げてきて、私はひとりで声を上げて笑った。

 ざまあみろ、カイト。

 あんたたちが安っぽいテントで凍えている頃、私はこの完璧な家で優雅に暮らすんだから。


「さてと! お祝いにコーヒーでも淹れようかな」


 喉が渇いた。

 リュックからコンビニで買ったドリップコーヒーを取り出し、キッチンへと向かう。

 新品のシンクはピカピカだ。

 私は鼻歌混じりに、蛇口のレバーをひねった。


 ……シーン。


 水が出ない。

 1滴も、ポタリともしない。


「あれ?」


 何度ひねっても、虚しい音がするだけだ。

 嫌な予感がして、私は壁のスイッチをパチパチと押してみる。


 電気がつかない。

 天井の照明は沈黙したままだ。


 背筋に冷たいものが走る。

 私は青ざめて、慌てて窓から外を確認した。

 夕闇の中に、この建物へと伸びているはずの引き込み線を探す。


「……あ」


 絶望的な光景があった。

 森の中から伸びていたはずの電線は、途中の木が倒れたせいでブチリと切断され、地面に垂れ下がっていたのだ。

 あれでは、電力会社と契約したところで電気は届かない。再接続工事には、きっと数ヶ月はかかるだろう。


 そして水道。

 ここは山奥だ。そもそも上水道なんて通っていない。

 おそらく井戸水を電動ポンプで汲み上げるタイプだが……電気が来ていないなら、ポンプもただの鉄の塊だ。


 システムウィンドウを確認すると、無慈悲な通知が表示されていた。


 【ライフライン接続状況:切断(物理的損壊)】

 【システムによる魔力供給ライン:未構築(必要素材不足)】


「そ、そうだったぁぁぁーー!!」


 頭を抱えて、私は新築の床に崩れ落ちた。


 盲点だった。

 建物自体は魔法システムで直せても、敷地の外から繋がっているインフラまでは修復してくれないのだ!


 あと1ヶ月で世界が終わるのに、悠長に電柱の工事を待っている時間なんてない。

 つまり。

 電気も、ガスも、水も。

 全部、私がこの手でイチから確保しなきゃいけないってこと!?


「……前言撤回。優雅な引きこもり生活への道、遠すぎない?」


 窓の外はすでに真っ暗闇だ。

 山の夜は、都会の夜とは違う。本当の「漆黒」だ。

 唯一の明かりは、スマホのライトと、月明かりだけ。


 私はため息をつきながら、リュックから2リットルのミネラルウォーターと、非常用のLEDランタンを取り出した。

 今日の夕食は、冷たいコンビニおにぎりと、冷たい水だ。


「……ま、いっか」


 ランタンのスイッチを入れると、小さな光が部屋を照らした。

 少し寒くて、少し不便だけど。

 それでも、壁と屋根がある。鍵のかかるドアがある。


 私は硬い床の上に寝袋を広げながら、今後の計画を練り始めた。


 残金は、約15万円。

 たったこれだけで、崩壊までの1ヶ月間に、この家のライフラインを整え、数年分の食料を備蓄しなければならない。

 太陽光パネルを買うか? それとも発電機?

 水はどうする? 川からバケツで汲む?


 やることは山積みだ。

 けれど、不思議と不安はなかった。

 

 これは「やらされている労働」じゃない。

 私の、私による、私のための「国作り」なのだから。


「明日は、ホームセンターに行こう」


 私は小さな野望を胸に、寝袋に潜り込んだ。

 静かだ。

 3年ぶりに、私は誰にも脅かされることなく、深い眠りについた。


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その寝袋は一体どこから出したの?
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