第15話
「オラオラオラァッ!! どきやがれ雑草ども!!」
ゲンタの怒号と共に、巨大なハンマーが唸りを上げて空間を切り裂いた。
ドゴォォォォン!!
衝撃音が温室のガラスをビリビリと震わせる。
ゲンタが振るう解体用大ハンマーの一撃は、迫りくる泥のゴーレムの左腕を粉々に粉砕した。
飛び散る泥と根っこ。だが、相手は土塊だ。
ズズズ……。
粉砕された腕が、地面から泥を吸い上げて瞬時に再生していく。
「チッ、しつけぇな! コンクリよりタチが悪いぞ!」
「ゲンタ、足を止めないで! 囲まれるわよ!」
私が叫ぶと同時に、左右から紫色の殺人トマトたちが、牙を剥いて飛びかかってきた。
まるでピラニアの群れだ。
パンッ! パンッ! パァン!!
乾いた銃声が三連射。
私の頬をかすめるほどの至近距離を弾丸が通り抜け、飛びかかってきたトマトを空中で爆散させた。
飛び散る果肉と種。
「……前だけ見て走れ、オーナー。背中は俺が守る」
後方で膝をつき、愛銃を構える蒼の声は、この混沌とした戦場でも氷のように冷静だった。
彼の射撃は神業だ。
乱戦の中でも、私とゲンタには指一本触れさせず、襲い来る植物の「急所」――茎の結合部や、ツタの根元――だけを正確に撃ち抜いている。
「頼もしいわね、元SAT!」
「……弾の無駄遣いだ。あとで請求するぞ」
私はバールを片手に、ゲンタが切り開いた道を疾走した。
目指すは温室の最奥。
巨大な泥人形の頭上に鎮座する、暴走した精霊・モグだ。
距離、あと20メートル。
だが、モグもただ見ているだけではない。
『……近寄ルナ……汚レタ……ニンゲン……!!』
モグが悲鳴のような咆哮を上げると、口からドス黒い泡――高濃度の瘴気を吐き出した。
それは霧となって広がり、触れた植物たちをさらに狂暴化させる。
ボコォッ!!
地面が隆起し、無数のタケノコが槍衾となって私の行く手を遮った。
「くっ、通れない!」
「邪魔だぁぁぁッ!!」
ゲンタが横から飛び込み、ハンマーの水平打ちでタケノコの壁を薙ぎ払おうとする。
だが、再生速度が早すぎる。砕いても砕いても、次から次へと生えてくる。
「キリがねぇ! オーナー、このままじゃジリ貧だぞ!」
「わかってる! でも近づかないと浄化魔法が届かないの!」
万事休すか。
その時だった。
「――どいてなさい! 科学の力を見せてあげるわ!」
後方から、ヒステリックな叫び声が聞こえた。
振り返ると、柱の陰に隠れていたシノが、手にしたガラス瓶を思い切り投げつけたところだった。
瓶の中身は、蛍光色の毒々しい液体。
ガシャンッ!!
瓶がタケノコの壁に直撃して割れる。
ジュワァァァァァァ……!!
凄まじい白煙が上がった。
液体がかかった瞬間、鋼鉄のように硬かったタケノコやツタが、見るも無惨に茶色く変色し、ドロドロに溶け落ちていく。
「な、なんだアレ!? 硫酸か!?」
「いいえ! 即席で調合した『超強力・枯葉剤カスタム』よ! 植物の細胞壁を破壊して、成長ホルモンを逆流させるの! 環境汚染レベルMAXだけど、背に腹は代えられないでしょ!」
シノがドヤ顔でVサインをしている。
恐ろしい女だ。敵に回したくないランキング堂々の第一位である。
「ナイスよシノ! ……ゲンタ、今だ!」
「おうよッ!!」
溶け落ちた植物の壁。そこにできた一瞬の隙間。
ゲンタは雄叫びを上げ、全身のバネを使って大躍進した。
「必殺! 脳天唐竹割りィィィッ!!」
ドゴォォォォォォンッ!!
全力のハンマーが、ゴーレムの右膝を直撃し、粉砕した。
巨大な泥人形がバランスを崩し、グラリと傾く。
『……ウギャァァァッ!!』
頭上のモグが振り落とされそうになり、体勢を立て直そうとする。
だが、蒼は見逃さない。
「……チェックメイトだ」
ズドンッ!!
重い銃声。
放たれた.308弾が、モグを守っていた最後の障壁――泥のバリアを貫通し、その肩をかすめた。
衝撃でモグが宙に投げ出される。
「とぉぉぉぉぉッ!!」
私は地面を蹴り、宙を舞うモグに向かって飛び込んだ。
空中で、小さく震えるその体を抱きとめる。
熱い。
モグの体は高熱を発し、ドス黒い瘴気に覆われていた。
至近距離で見ると、そのつぶらな瞳が苦痛に歪んでいるのがわかる。
『……苦シイ……助ケテ……マナ……』
一瞬だけ、正気が戻った声が聞こえた。
私は彼を抱きしめ、ありったけの魔力を掌に込めた。
「もう大丈夫。……お風呂の時間よ、モグ」
システムウィンドウ展開。
【対象:土の精霊(汚染度・重度)】
【実行コマンド:生活魔法・浄化・最大出力】
【消費MP:残量すべて】
「悪性ウイルスごと……消えなさいッ!!」
――カァッ!!
温室全体が、純白の光に包まれた。
それは攻撃的な破壊の光ではない。泥を洗い流し、毒を中和し、あるべき姿へと還す、清浄な輝きだ。
ジュウゥゥゥ……。
モグの体から、黒いタールのような粘液が蒸発していく。
同時に、周囲で暴れまわっていたゴーレムが崩れ落ち、殺人トマトたちが枯れ、巨大なツタがシュルシュルと縮んでいく。
光が収まると、私の腕の中には、泥汚れが落ちてピカピカになった、一匹のモグラ(のような精霊)が目を回して伸びていた。
「……ふぅ。やったか?」
ゲンタがハンマーを杖にして息をつく。
蒼も銃を下ろし、額の汗を拭った。
「……まて、まだだ。トドメを刺さないと」
「違うわよ蒼! 治療だってば!」
私は慌ててシノを呼んだ。
「シノ! 例のアレを!」
「はいはい、お安い御用よ。……さあ、飲みなさい。地獄の味がするわよ?」
シノが駆け寄り、気絶しているモグの口をこじ開け、あのアンプル――ゴムと雑巾の煮汁味の「特製栄養ドリンク」を一気に流し込んだ。
コクン。
モグの喉が鳴る。
数秒の沈黙。
そして。
「……マ、マズイィィィィィィッ!!!」
モグが飛び起きた。
その声は、唸り声ではなく、はっきりとした高い声だった。
彼は口を押さえ、のたうち回った。
「ナニコレ!? 毒!? 泥水の方がマシだモグゥゥ!!」
「失礼ね! 計算され尽くした完全栄養食よ!」
シノが不満げに言うが、モグの顔色は劇的に良くなっていた。
充血していた目は澄んだ黒色に戻り、頭の双葉がピンと立っている。
「……はっ! マナ!?」
モグは私に気づくと、ポロポロと涙を流して抱きついてきた。
「マナぁぁぁ! 怖かったモグぅぅ! なんか黒いのが入ってきて、体が熱くなって、みんなを壊したくなって……!」
「よしよし、もう大丈夫よ。怖かったね」
私は泥だらけの小さな頭を撫でた。
どうやら、完全に正気に戻ったようだ。
【システム通知:土の精霊モグ の浄化に成功しました】
【好感度がMAXになりました】
【パーティメンバーに追加しますか? YES / NO 】
私は迷わず【YES】を押した。
その瞬間、温室内の空気が変わった。
淀んでいた緑色の霧が晴れ、代わりに爽やかな森の香りと、肥沃な土の匂いが満ちていく。
「モグ。あなたにお願いがあるの」
「なんでも言うモグ! マナは命の恩人モグ!」
「私たち、お腹が空いてるの。……美味しい野菜、作れる?」
モグは涙を拭い、ニカッと笑った。
そして、パンッ! と小さな手を叩いた。
ザザザザザッ……!
奇跡が起きた。
崩壊していた畝が勝手に修復され、枯れかけていた植物たちが、見る見るうちに緑を取り戻し、花を咲かせ、実を結んでいく。
魔法ではない。これが「精霊の加護」を受けた、本来の自然の力だ。
真っ赤に熟れたトマト。
瑞々しいキュウリ。
太く育ったナス。
そして、シャキシャキのレタス。
そこは瞬く間に、死の菜園から「豊穣の楽園」へと変わった。
「……すげぇ。魔法かよ」
「アンタの魔法より神秘的ね」
「……美味そうだ」
ゲンタ、シノ、蒼が、ゴクリと喉を鳴らす。
私はトマトを一つもぎ取り、服でキュキュッと拭いてから、ガブリと齧りついた。
ジュワッ。
口いっぱいに広がる、甘酸っぱい果汁。
太陽の味。土の恵み。
昨日の高級肉も美味しかったが、今の身体が求めていたのは、この「命の味」だ。
「……おいしい!」
「よかったモグ! さあ、持っていけドロボウども!」
◇
さあ、収穫の時間だ。
私たちは夢中で野菜をもぎ取ったが、すぐに問題が発生した。
「……おいオーナー。これ、どうやって持って帰るんだ?」
ゲンタが足元を指差した。
そこには、コンテナ5つ分にもなる野菜の山ができていた。
モグが張り切りすぎて、想定の十倍の量を作ってしまったのだ。
「さすがに徒歩でこれは無理だぞ。往復したら日が暮れる」
「うーん……そうね。じゃあゲンタ、車を持ってきて」
「車? ここに道はねぇぞ」
「作ればいいじゃない。……アンタのチェーンソーと、私が魔改造したあの車の『悪路走破』性能があれば、これくらいの森、余裕で通れるでしょ?」
私がニッコリ笑うと、ゲンタは「マジかよ」と頭をかきつつ、満更でもない顔でニヤリと笑った。
「へっ、面白ぇ! あのモンスターマシンの性能テストには丁度いいか!」
◇
数十分後。
バキバキバキッ!! という轟音と共に、森の木々をなぎ倒して、漆黒の装甲バンが温室の前に姿を現した。
泥だらけになっても傷一つないボディ。さすが魔改造車だ。
私たちは荷台にコンテナを積み込み、悠々と帰路についた。
帰りの車内は、行きとは打って変わって天国だった。
エアコンは効いているし、座席はフカフカだし、何より全員の顔が明るい。
「文明バンザイ……。もう歩きたくない……」
◇
そして、ログハウス前の広場にて。
第2回・祝勝会が開かれた。
メニューは、昨日買ったA5ランク和牛の残りと、採れたて野菜の山盛りサラダ。
キュウリは味噌をつけて丸かじり。
ナスとピーマンは炭火焼き。
トマトはオリーブオイルと塩でカプレーゼ風に。
「うめぇぇぇ! 野菜ってこんなに美味かったか!?」
「ああ……ビタミンが染み渡る……。指先の震えが止まった」
「フン、悪くないわね。このトマトのリコピン含有量は通常の3倍はあるわよ」
男たちが野菜を貪り食う横で、モグも専用の小皿で野菜くずを美味しそうに食べている。
私は冷えたビールを傾けながら、賑やかな食卓を見渡した。
防御と建築の要、ゲンタ。
遠距離火力の要、蒼。
解析と医療の要、シノ。
食料生産の要、モグ。
そして、指揮官兼なんでも屋の私。
衣・食・住、そして医療と武力。
この崩壊する世界で「生き残る」ための最強の布陣は整った。
スマホのカレンダーを見る。
4月6日。
世界崩壊まで、あと25日。
準備フェーズは終わった。
ここからは、来るべきその日に向けて、この拠点を鉄壁の要塞へと進化させる「建設フェーズ」だ。
「……みんな、聞いて」
私はグラスを置いた。
全員の視線が集まる。
「**サバイバルの基盤メンバーは揃ったわ。**今日から本格的に、このキャンプ場を『要塞都市』に改造します。……地獄を、笑って生き延びるために」
「「「おう!!」」」
力強い返事と共に、グラスと空き缶がぶつかる音が、星降る森に響き渡った。
私たちの「聖域」作りは、ここからが本番だ。




