第11話
ガタゴトと山道を揺られ、私たちはついに「星降る森キャンプ場」――私の拠点に到着した。
「うぇぇ……気持ち悪い……。排気ガスで死ぬ……」
「俺もだ……。狭い、臭い、寒い……」
軽トラの荷台から、青い顔をしたシノと蒼が這い出してきた。
無理もない。大の大人二人が、巨大なフリーザーの隙間に体育座りで詰め込まれていたのだ。完全にドナドナ状態である。
「お疲れ様。さあ、降りて」
私が言うと、運転席から降りたゲンタが、大きく伸びをしながら私の「ログハウス」を見上げた。
「あー、腰が痛ぇ。やっと帰ってきたか。……おいオーナー、今夜は俺もベッドで寝ていいか? いつもの床に寝袋じゃ、背中がバキバキだ」
「俺もだ。昨日はゲンタのいびきがうるさくて一睡もできなかった。今日はソファを使わせてくれ」
蒼もふらつきながらログハウスのドアへ向かおうとする。
そう、これまでの数日間、男二人は私の12畳のワンルームに、雑魚寝で居候していたのだ。
男たちの熱気とイビキで、私の快適な城はすでに限界を迎えていた。
そこへ、シノが加わったのだ。
「え、何? あんたたち同じ部屋で寝てるの? 信じられない、不潔! 密よ、密!」
「うるせぇな。部屋が一つしかねぇんだから仕方ねぇだろ」
男たちがぞろぞろとログハウスに入ろうとする。
さらに、荷台には巨大なフリーザー。
……無理だ。
物理的に、もう入らない。
私は無慈悲に彼らの前に立ちはだかり、両手を広げた。
「ストップ。……今日から、居住区を変更します」
「は?」
「今までは我慢してたけど、シノとこの巨大な冷蔵庫が増えたら、もうキャパオーバーよ! 私の安眠を返して!」
私はログハウスのさらに奥――闇の中にそびえ立つ「巨大な影」を指差した。
「……男たちとラボは、あっちに移動して」
全員が絶句した。
目の前にあるのは、ツタに覆われ、窓ガラスが割れ、壁に亀裂が走る不気味な巨大木造建築。
かつてこのキャンプ場で、林間学校の生徒たちが泊まっていた**「宿泊研修棟」**の廃墟だ。
「……おいオーナー。正気か? あそこは俺たちも手付かずの肝試しスポットだぞ」
「ここを直して拠点にするの。元々団体客用の施設だから頑丈だし、広さも十分。それに、業務用の厨房や大浴場もあるわ」
「いやいや! 住めるかこんなお化け屋敷!」
シノが悲鳴を上げるが、私は無視して歩き出した。
「外見はボロいけど、中身はこれからよ。……ゲンタ、蒼。フリーザーの搬入を手伝って。今夜の寝床が欲しければ動く!」
「へいへい……。人使いの荒いこった」
私はブツブツ文句を言うシノの襟首を掴んで引きずり、研修棟の1階奥、「業務用厨房」へと足を踏み入れた。
そこは、天井からクモの巣が垂れ下がり、巨大なステンレスの調理台が赤錆で腐り果てた惨状だった。
「いやぁああ! 不衛生! カビ! 私の機材が汚染されるぅぅ!!」
「うるさいわね。……見てなさい」
私は腐った調理台に手を触れた。
システムウィンドウを開く。今日のMPはこれで使い切りだ。
【対象エリア:業務用厨房】
【実行コマンド:生活魔法・浄化+修復+環境構築】
【消費MP:150(限界突破)】
――カッ!!
部屋全体が、昼間のような強い光に包まれた。
シノが「目がぁぁ!」と叫んでしゃがみ込む。
数秒後。光が収まると、そこには別世界が広がっていた。
腐った床はピカピカの耐薬性タイルに張り替えられ、割れた窓ガラスは新品の強化ガラスに。
そして何より、朽ち果てていた巨大な調理台は、薬品にも耐えうる清潔なステンレス製の最新実験デスクへと変貌していた。
天井の換気扇も新品になり、毒ガス対策も完璧だ。
「……は?」
シノがポカンと口を開ける。
私はふらつく足で、ゲンタたちが運び込んだ「超低温フリーザー」を部屋の隅に設置し、壁のコンセントにプラグを差した。
ブゥゥゥン……。
重低音と共に、フリーザーが息を吹き返す。
電気は、私が昼間にソーラーパネルで貯めておいた魔力バッテリーから供給されている。
「はい、どうぞ。これがあなたの城よ、ドクター。水道もガスも通したわ」
「う、嘘……何今の……魔法……?」
シノは震える手で、埃ひとつないステンレスの台を撫でた。
そして、頬を紅潮させて叫んだ。
「最高じゃない!! 結婚してオーナー!!」
「お断りよ。……悪いけど、MP切れで限界だわ。あとは好きにして……」
「ちょ、私の寝床は!? ねえ!?」
私はシノを無視して、フラフラと研修棟を出た。
自分のログハウス(個室)へ戻り、久しぶりに独り占めできるふかふかのベッドに倒れ込む。
静かだ。イビキも聞こえない。
意識が急速に闇へ落ちていく。
◇
深夜。
ふと目が覚め、私は水を飲むためにログハウスを出た。
広場の方を見ると、研修棟の前で焚き火をしている影があった。
ゲンタと蒼だ。
二人はドラム缶で火を焚き、交代で見張りをしているようだ。
私は声をかけようとして、足を止めた。
二人が、ボソボソと語り合っていたからだ。
「……すげぇな、あの魔法は」
ゲンタが缶コーヒーを啜りながら、リペアされた研修棟の柱をペタペタと触っている。
「木の密度が違う。腐食も完全に止まってやがる。……俺が現場監督やってた頃、こんな完璧な施工をするには熟練の宮大工が何人も必要だった」
「元、現場監督か」
「ああ。大手ゼネコンの下請けだけどな」
ゲンタは自嘲気味に笑い、焚き火に木切れを放り込んだ。
「上が言ってきたんだよ。『鉄筋を減らせ』ってな。工期短縮とコストカットのために、図面をごまかせって命令された」
「……よくある話だな」
「ああ、腐るほどある。だが、俺は断った。俺は『100年保つ家』しか作りたくねぇんだ。手抜き工事で作ったビルに、誰が安心して住める? ……気がついたら、上司の顔面を拳で砕いてたよ」
ゲンタは太い腕をさすった。
「当然、クビだ。業界からも干された。……どの現場に行っても『狂犬』扱いされて、日雇いの解体業くらいしか仕事がなかった」
火の粉が舞い上がる。
ゲンタの横顔は、炎に照らされて寂しげだった。
「でも、オーナーの魔法は違う。あれは本物だ。……あいつの作る『城』なら、俺の命を賭ける価値がある」
蒼は静かに頷き、自分の愛銃――M24 SWSのスコープを布で磨いた。
「俺も似たようなもんだ。元、警視庁SATだ」
「マジかよ」
「ある事件で、俺にしか見えない『黒い影』を撃った。……結果は『錯乱して発砲した危険人物』扱いだ。依願退職させられた」
蒼はフッと笑い、私がいるログハウスの方を見た。
私は慌てて木の陰に隠れる。
「あいつは言った。『世界が終わる』と。……あいつだけが、俺が見ていた『異常』を肯定してくれた。だから俺は、あの小さな背中を守ると決めたんだ」
重い沈黙が流れる。
しかし、それは嫌な沈黙ではなかった。
社会からはじき出され、居場所を失った「はぐれ者」同士が、傷を舐め合うような、奇妙な連帯感。
その時。
『キヒッ! キヒヒヒヒ! すごいわ! この原子配列、ありえない! エントロピーが逆流してるぅぅぅ!!』
研修棟のラボから、シノの甲高い奇声が響き渡った。
続けて、ボンッ! という小爆発音と共に、換気扇から紫色の煙が吐き出される。
ゲンタと蒼は顔を見合わせた。
「……あの女も、大概イカれてるな」
「……違いない。さっきウイルスに『パパでちゅよー』と話しかけていた」
「パパなのかよ。女なのに」
二人は肩を震わせて笑った。
「まあ、俺たちも人のことは言えねぇか」
「ああ。ここは『はぐれ者』の掃き溜めだ。……だが、悪くない」
私は暗闇の中で、こっそりと微笑んだ。
どうやら、男同士の絆は深まったらしい。
それにしてもシノの声がうるさい。明日の朝、説教確定だ。
――グゥゥゥゥ……。
不意に、静寂を破る盛大な音が響いた。
ゲンタの腹の虫だ。
「……あー、台無しだ。腹減った」
「同感だ。乾パンだけじゃ、照準がブレる」
二人がため息をつく。
そう、私たちの最大の問題は、まだ解決していない。
私は決意した。
明日は早起きして、あの「食料問題解決の切り札」を迎えに行こう。
はぐれ者たちの夜が明ける。




