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人生2周目は、300万円で買ったゴミ山に引きこもります。〜世界崩壊まであと1ヶ月、私だけが知ってる『絶対安全地帯』〜  作者:


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第1話

 感覚がない。

 極寒の風が吹き荒れる中、私の体はすでに限界を迎えていた。

 指先は凍りついた木の枝のように動かず、足の感覚はとうに失われている。


 西暦2029年、冬。

 世界中に突如として「ダンジョン」が出現し、現代文明が崩壊してから3年が経っていた。


「おいマナ、早くしろよ。オークの群れが近いんだ」


 頭上から、苛立った怒鳴り声が降ってくる。

 見上げれば、瓦礫の陰に身を隠す男たちがいた。

 かつての恋人であり、私が信じて尽くしてきたリーダー、速水はやみカイトだ。


 彼は私から奪った高品質なダウンコートを着込み、その腕には小柄な少女を抱き寄せている。

 最近パーティーに加入した、新しいヒーラーの女だ。


「カイトくん、寒いよぉ……。ねえ、早く行こう? あの人が囮になってる間に」

「ああ、わかってる。……おいマナ、聞こえてるのか! 少しでも派手に動いて魔物を引きつけろ!」


 対する私は、ボロボロの布切れ1枚。

 片方だけの泥だらけの靴。

 そして手には、刃こぼれして錆びついたナイフが1本だけ。


「……ねえ、カイト。どうして私がおとりなの?」


 震える声で尋ねると、彼は心底軽蔑したような目で私を見下ろした。


「はあ? まだそんなこと言ってるのか。仕方ないだろ? お前は『生活魔法』しか使えない雑魚ハズレなんだから」

「そうだよぉ。お料理とかお裁縫とか、そんなの今の世界じゃ役に立たないもん。カイトくんたち戦闘職を守るのが、おばさんの唯一の役割でしょ?」


 少女がクスクスと笑う。

 周りの仲間たちも、誰1人として私を助けようとはしない。冷ややかな視線だけが突き刺さる。


 かつて食料が尽きかけた時、私がなけなしの食材でスープを作り、彼らの破れた装備を寝ずに縫い直したことを、もう誰も覚えていない。

 有用なスキルを持つ「新しい女」が入った途端、彼らは私を「無駄飯食らい」と呼び、最後はこうして捨てることにしたのだ。


『グルルルゥ……!!』


 暗闇から、血に飢えた獣の唸り声が響く。

 赤い目が無数に光った。オークの群れだ。

 鼻を突くのは、腐った肉と死の臭い。


「よし、今だ! マナが食われてる間に逃げるぞ!」

「あはは、さよならー!」


 カイトの号令で、彼らは背を向けて走り出した。

 1度も、ただの1度も振り返らなかった。


「……あぁ」


 私は雪の積もった地面に崩れ落ちた。

 悔しい。

 悲しいのではない。ただただ、悔しい。


 もっと賢く生きればよかった。

 誰にも媚びず、誰も信じず、自分だけの城を築いていれば。


 薄れゆく意識の中で、私は生存者たちの間でまことしやかに囁かれていた「奇妙な噂」を思い出していた。


 ――この山の奥にある『星降る森キャンプ場』だけが、なぜか魔物が入ってこないらしい。

 ――あそこはシステム上の『絶対安全地帯セーフティエリア』だ。

 ――蛇口をひねればお湯が出るし、電気も通ってるって話だぜ。


 もし、その情報をあと1年早く知っていれば。

 あの時、貯金300万をはたいてあの山を買っていれば。

 誰にも頭を下げず、暖かい部屋で、ふかふかのベッドで眠れたのに。


 ガブッ、と。

 鋭い痛みが首に走り、視界が鮮血で染まる。


 私の人生は、こんな惨めな形で終わるのか。

 愛した男に裏切られ、魔物の餌として。


 もし。

 もしも神様がいるなら。


 次はもう、誰も助けない。

 私は私のために生きる。

 あいつらが泣いて許しを請うても、絶対に、扉を開けてやらない――。


     ◇


「……様、お客様?」


 ふわりと、温かいコーヒーの香りがした。

 魔物の腐臭ではない。

 焙煎したての、芳醇で豊かな香り。


「え……?」


 顔を上げると、そこは明るい陽射しが差し込むカフェだった。

 大きな窓ガラスの向こうには、平和な街並みが見える。

 目の前には、怪訝な顔をしたエプロン姿の店員さんが立っていた。


「お客様、大丈夫ですか? ずいぶんうなされていましたが」


 私は呆然と周囲を見渡した。

 店内に流れるジャズのBGM。

 隣の席では女子高生たちが「あー、テストだるいー」「タピオカ飲みたくない?」と、平和ボケした会話をしている。


 慌てて自分の首に触れる。

 熱い血も、肉を食いちぎられた激痛もない。

 あるのは、脈打つ温かい肌の感触だけ。


「ゆ、夢……?」


 いいや、違う。

 あの骨まで凍るような寒さも、裏切られた絶望も、あまりにリアルだった。あれが夢なはずがない。


 私は震える手で、テーブルの上のスマホを掴んだ。

 ロック画面の日付を見る。


 **『2026年4月1日』**


 世界が崩壊する、ちょうど1ヶ月前。


(戻って、きた……?)


 ドクン、と心臓が早鐘を打つ。

 もし本当に、あの地獄の3年前に戻ってきたのなら。


 私は急いで自分の持ち物を改めた。

 椅子に掛けてあったリュックを膝に乗せ、中身を確認する。

 財布。スマホ。化粧ポーチ。

 そして――内ポケットに入っていた、**実印と銀行印の入ったケース**。


「……あった」


 私は安堵の息を吐くと同時に、苦い記憶を思い出した。


 そうだ。今日は**「あの日」**だ。

 カイトに「俺たちもそろそろイイとこ住もうぜ。恵比寿のデザイナーズとかさ、俺に似合うだろ?」と唆され、身の丈に合わない高級マンションの契約をしに行く途中だったのだ。


 敷金・礼金などの初期費用と、カイトがこだわった高級家具・家電の購入費。合わせて約300万円。

 私の貯金がすべて吹き飛ぶ金額だ。

 1周目の私は、それを「二人の未来への投資」だと信じて、馬鹿みたいに喜んでハンコを押しに行った。


 でも、結局その部屋に私が住むことはなかった。

 世界が崩壊し、カイトがそこに連れ込んだのは、私ではなくあの聖女リナだったから。


(……ふざけないで)


 ギリッ、と奥歯を噛み締める。

 危ないところだった。このまま不動産屋に行って、あの男のために全財産をドブに捨てるところだった。


 ……でも、今は違う。

 このお金も、このハンコも、あいつのためには使わない。私が生き残るために使うんだ。


 私は震える指で、銀行のアプリを起動した。

 パスコードを入力する指が滑る。頼む、あってくれ。

 表示された数字を見て、私は息を飲んだ。


 **『普通預金残高:3,150,000円』**


 社会人になってから、ランチを削り、服を我慢して、爪に火を灯すようにして貯めた全財産。

 あやうく、カイトの見栄のために消えるところだったお金。


 ――ある。

 まだ、ここにある。

 これだけあれば、あの「誰からも見向きもされないボロい山」が買える!


「……ふ、ふふ」


 喉の奥から、乾いた笑いが漏れた。

 神様がくれたのか、悪魔の気まぐれか。

 最高のチャンスが巡ってきたのだ。


 私は財布を掴んで勢いよく席を立った。

 急がなきゃ。

 誰かに買われる前に。世界がこの価値に気づく前に。


 デザイナーズマンションの契約なんてしてる場合じゃない。

 私はこの足で、別の不動産屋へ向かうのだ。


「お客様? まだコーヒーが……」

「ごめんなさい、急用が出来て! お釣りはチップです!」

「ええっ、1万円も!?」


 店員さんの驚く声を背に、私は店を飛び出した。

 春の風が心地いい。

 目指すは駅前の不動産屋。


 待っていなさい、地獄の未来。

 あいつらが一ヶ月後に必死に逃げ回っている間、私はあの『聖域』で優雅に紅茶を飲んでやる。

 これは、私の復讐であり、最高の人生を掴むための戦いだ。


「見てなさいよ、カイト。……あんたの席なんて、もうどこにもないんだから」


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