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karte 3 : 一緒に歩もう(後編・最終話)

    3

 

 ボクはその後目指していた大学の獣医学部に合格した。いつか颯真(そうま)さんと動物病院を開くための、夢の第一歩だった。

 そして高校卒業のお祝いにと、颯真さんが卒業旅行をプレゼントしてくれた。

 


 雲ひとつない青い空に青い海、ボクたちを乗せたフェリーは白い波を立たせながら佐久島へ向かった。

 春の太陽に、颯真さんの笑顔が眩しかった。

 

 港へ降り立つと解き放たれた心地良さに二人して深呼吸をした。穏やかな潮の香りが心をくすぐった。

 

 すると颯真さんはご機嫌に口を開いた。

「ほ〜らね、どうよ、この天気!」

「…自分の手柄にしないでください。ボクも晴れ男です」

ボクも調子に乗って得意気にふふんと返した。

 

 この自然豊かな小さな島は徒歩でも半日もあれば回れてしまう。その至る所にアート作品が点在していて、それも楽しみだった。


 港から少し歩くと〈おひるねハウス〉が見えた。それは9マスで仕切られた黒い額縁のような造形物でハシゴで登れるようになっていて、ボクははしゃいでするりと潜り込んだ。

「颯真さんも来て!」

そう声をかけると、ニコニコしながら颯真さんはやってきて、その小さな四角に二人でゴロリと横になった。

 目の前はブルーの海と空だけ、颯真さんとボクだけだった。息を飲む美しい景色に見とれながら、ボクたちの存在も溶けて同化しているような、そんな場所だった。ひっそりと重なるボクたちの鼓動と波音だけがうるさいみたいだった。

 

 お互いの体温に動けなくなっていた。限界だと思った。

「誰か来たらやばいですね」

「うん…男同士ここで密着してるの、結構ハイリスク」

 二人して苦笑いをしてその場を後にした。

 

 島の小道を探索するように並んで歩く。木々のトンネルに古民家の集落。不思議なくらいにボクたちだけだった。時折出会うのはお昼寝中の猫や石垣の間をすり抜けていく猫たちくらいだった。僕たちだけの島みたいで、贅沢な時間だった。

 

 颯真さんは猫や風景に気を取られていたけれど、ボクは颯真さんと二人きりのデートだと思うと胸の高鳴りが抑えられなかった。時々肩を寄せては、ボクのこの空いている掌に気付かないかと一人ドキドキしていた。

 いつまで経ってもボクの右手に気付かない颯真さんに痺れを切らして、ボクは小さなため息とともに、そっと颯真さんの手を握った。

 やっと気付いたみたいにボクの手を握り返した。

 ボクたちは当たり前のように手を繋いだまま、誰もいないボクたちだけの島を歩いた。

 こんなに長い時間手を繋いで歩くことはこれまでも、この先も無かった。同性でこんな当たり前を実現するのは、今もまだ遠い現実だ。

 

 


 昼食を済ますと、次の目的地〈カモメの駐車場〉へ足を運んだ。

 

 岩を集めて出来た堤防に60羽のカモメのオブジェが整然と並び、風を受けては風見鶏のようにくるりと向きを変える。

 その日は風が強くて、その度にクルクルと向きを変えた。

 

「すごい風!カモメも忙しそうですね」

「……え?あ、ああほんと」

 風にかき消されて、ボクの言葉が届いているのか分からなかった。

 ボクはそのまま岩の堤防を進んだ。

 

 耳には波音と風が切れる音、ただ美しい青の景色に吸い込まれる。

 ふと、声が聞こえた気がした。

 

碧玖(りく)、こっ───」

 

「え?なんか言いました?」

 

 颯真さんの声は風の音でかき消されていた。

 

 堤防の手前で大きな声で呼んでいるみたいだった。ボクは軽い足どりで颯真さんの元へ戻った。

 

「あのさ、──・・・・・・──」

「えー?なんて?聞こえません」

颯真さんの声は突風に遮られた。

 

「……聞こえなかった?大事なこと言ったのに」

「全然。あ、トイレですか?」

 

すると颯真さんはボクの肩を掴んで、耳元で叫ぶように言った。

 

「きみ、が、すき、です。」

「僕と、同じ、名字、に、」

「なって、くれません、か!」 

 

 

──全て聞こえて、全て聞こえなかった──

 

 

 言葉を理解出来ないでいた。

 その間、風に巻かれたカモメたちがくるくるとボクと颯真さんの顔を何度も見比べているみたいだった。

 

「……あの、婚約してますよね?すでに」

理解できないまま言葉にした。

 

「そ、そうだけど!……でも、それは親が決めたことでしょ。僕は、ちゃんと、自分の気持ちで、……す、好きだから」

 

 颯真さんの耳は赤くなっているみたいだった…。

 

 ボクはこの初めての言葉を何度も心の中で繰り返した。

 繰り返す度に、初めて憧れを感じたあの瞬間、憧れから恋に変わったあの時、恋の苦しさに涙したあの日……。全ての記憶がパラパラとコマ送りのように頭の中を駆け巡った──。

 

「やっと、対等に好きになってもらえたんだ」

心の奥からやっと小さな言葉が湧いた。

 

 心の底の寂しさも、苦しく募っていた時間も、全てが報われたみたいに青の中に溶けていった。

 

 

 この後ボクは、嬉しさと恥ずかしさに耐えられなくて「指輪は?」「普通ひざまづくんじゃないですか?」なんて言って、ちゃんとした返事をしなかったことに気付かなかった。

 


 帰り際港のベンチに座り、二人でアイスを食べていた。

 隣に座る颯真さんの横顔をちらりと見ては嬉しさが込み上げてきて声に出してみた。

「そっか…名字、あおぎりになるんだ」

「やっぱ嫌?今ならまだまに合うけど」

珍しく、ちょっぴり不安そうな颯真さんの顔が可愛かった。

 

「あおぎり、あおぎり、あお…──、……ヒーローっぽくてかっこいいですよね」

ボクはアイスの棒でヒーローの如く空を斬った。

 



 この日ボクたちは初めて結ばれた──。

 

 あの波の音も、頬を撫でる潮風も、今もボクの胸の中に光のように残ってる。

 

 

 このボクの卒業旅行は、颯真さんとの二人でひとつの未来を決めた旅になった。

 いつかこんな海の近くで一緒に暮らせたら幸せだなって思ったんだ。

 

 

 

 そして、ボクはこの後すぐに颯真さんの父の息子として籍を入れ、颯真さんと義兄弟になった。

 

 

 羽織袴、それぞれの両親とボクたち二人のこじんまりした結婚式。

 

 満面の笑みの19歳と23歳のボクたちが色褪せることなく、そこに写っている。

 

 指輪には永遠を誓う言葉が刻まれている。

 

 ──Marchons ensemble ──

 

 一緒に歩もう

 

              

                fin.

              

           

                

【エピローグ】

 

 いつもの昼下がりの休憩時間のはずだった。

 

「───おめでとうございます!」


 フラワーシャワーが舞う中、幾重もの拍手と笑顔が僕たちを包んだ。ユリちゃん、ナミちゃん、アイちゃん、みんなからの結婚記念日のサプライズだった。


 いつもの青いスクラブに、胸元にはお揃いの白いバラのブートニアが揺れた。碧玖と顔を見合わせた。

 いつの間にか受付のカウンターは飾られ、小さなケーキが置かれていた。

 碧玖をエスコートするように腕を組んで、足並みを揃えて一歩一歩僕と碧玖はゆっくりと歩いた。

 

 僕たちが歩いた軌跡は色鮮やかに染められていく。

 

 

 僕は碧玖の耳元で囁いた。

「ひざまづいてプロポーズしようか?」

「やめてください!ここ職場です」

碧玖は赤くなって目を逸らした。

 

「…ちゃ、ちゃんと好きですから」


僕は碧玖の頬にそっと手を添えて、優しく触れるような誓のキスをした。

 

みんなの声が大きな波のように響いた。

 

 

 


穏やかな青い海、波の音と潮風が通る道。

 

僕らの日常はつづいていく——。



                           ─ END ─







✧••┈┈┈┈┈┈••✧


最後まで読んでいただきありがとうございました✨️

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