karte 3 : 一緒に歩もう(前編)
1
穏やかな青い海、波の音と潮風が通る道。僕らの毎日がここにある——。
ここは『あおぎり動物病院』。兄弟二人で開業している。
マスク越しのキスを思いっきり目撃されてしまった院長・颯真と副院長・碧玖は、もう誤魔化せないと思い看護師・ユリちゃんに事情を話したのだった。
「──で、入籍されていて夫夫としての義兄弟だったんですか!?」
ユリちゃんは院長・副院長と膝を突合せ冷静に話を聞いていた。
「そうなんですよ、ユリちゃん…」
院長は少し心配そうな顔をしていた。
「………」
マスクから見える副院長の目は、そこだけでも充分に分かるほど落ち込んでいた。どんな捉えられ方をするのかと、怖さを滲ませていた。
「……事情は分かりました。お話していただいてありがとうございます。…あの、一つ言うなら…、デキているのはとっくのとうにバレていましたよ!!」
ばーーんっ!!
これでもかという力強い答えが返ってきたのだった。
院長も副院長も驚きのあまり目をぱちくりさせ言葉が出なかった。
「…安心してください。私も、ナミちゃんもアイちゃんも、ここの看護士全員腐ってるんで!あ、もとい、恋愛に性別は関係無いと思っているので、無問題です」
「え、えーと、腐ってる?モーマンタイ…受け入れてくれてるってこと」
「はい。受けれるも何も、幸せな人の恋愛に意見するなんておかしいですよね?」
「良かったです。ほっとしました」
碧玖は胸をなで下ろした。
「ありがとう、ユリちゃん」
颯真もほっとして緊張が緩んだ。
「さ、先生方、患者さんがお待ちです」
ユリちゃんは颯爽と受付に向かった。
「…ふぅー、どうなるかと思ったけど良かった」
「本当に。ほっとしました」
二人は支え合うように、力が抜けたお互いの身体を抱き留めた。
──ほんの一歩だけれど、ボクたちが夫夫として当たり前に受け止められた温かい場所は、ボクたちのすぐそこにあった。
不安に枕を濡らしたあの頃のボクに教えてあげたい。
君の未来は幸せに溢れているよって。
2
「おおー!お帰り、朝帰りの碧玖クン!ハジメテどうでした〜??」
颯真さんとの初デートでそのまま一泊して寮の部屋に戻った時、先輩が冷やかすようにボクに声を掛けたのだった。
「どうもこうも無かったです…」
顔もろくに合わせず背を向けて乱暴にベッドに横になった。
「え!?そっか、そっか、そんな時もあるよ碧玖。タイミングって人それぞれだからさ、碧玖ならまた次の出会いもあるよ…」
先輩は焦ってボクを慰めた。
ボクはやっぱり颯真さんと身体ごと愛し合うことが出来なかったことが心に引っ掛かり、それが棘のように胸を刺した。
先輩は寮の友達に用があるからとそそくさと部屋を出ていった。ボクだけの一人きりの時間を作ってくれたのが分かった。
颯真さんの本当の心は何処にあるのか、何のための婚約なのかボクからは分かることが無かった。
*****
俺は俺でこの頃、碧玖同様葛藤を抱えていた。
お見合いも、デートも、今も…、俺は彼との事に線を引いている。
それが彼のためだろうとも思いながら、自分を守るためでもあるのは分かってる。
碧玖の一途で真っ直ぐな気持ちに答えるのは怖くもあった。
彼はまだ高校生で、これから付き合っていく中で心変わりしないことの方が有り得ないのではないかと考えてしまう。後戻りできる、それくらいの関係であった方がお互いのためだと思った。
俺にずっと憧れていたという気持ちは嬉しかったけれど、俺自身が飛び抜けて実力があったわけじゃないのを知っている。同じチームに将来有望だと言われるような実力のあるスパイカーがいたから注目されていた学校だった。俺は中心にいたわけじゃなかった。いつか碧玖が俺のことを平凡な男だと気付いたら、憧れも恋心も冷めてしまうのではないかと思った。
でもこんな自信の無力さを感じたことなんて無かったかもしれない。俺は俺で、碧玖にとっての特別で在りたいと心の奥で願っているんだと気付いている。でもまだ俺は知らないフリをしていたい。格好悪いけれど、本気になって振られるのが怖いんだ。
こんな風に考えるような恋愛なんてしたことが無かった。自分の一番大切な心の場所に誰かを入れるなんて考えたことが無かったんだ…。
それはもう俺にとって碧玖は…──。
いつ振られてもいいように、のめり込んではいけないと自分に何度も言い聞かせた。
*****
ボクの想いは一方通行かもしれない。
この想いはずっと心にあった。
あの初めてのデートの後も、ひと月に一度くらい颯真さんとは逢えていた。半分以上の時間は颯真さんがボクの勉強をみてくれて、大学に向けて色々アドバイスもしてくれた。
それに、やっぱりお付き合いはしてるわけで、キスはしたり…、でもその先に進むことはなかった…。
ボクは高校生だし、ボクを大切にしてくれている。そう考えるようにもした。
「ボクのこと好きですか?」と聞けば「うん、好きだよ」と返ってくる。でもそこに感情が入っているようには聞こえ無かったし、颯真さんから言ってくれることは無かった。
逢えば楽しい時間だったけれど、ボクには寂しさがいつも残った。
ボクは何度か不安になって泣きながら颯真さんに電話したことがあった。
ボクでは無い誰かと今頃夜を共にしているんじゃないかと、苦しくて悲しくて寂しくて心がぐちゃぐちゃになる時があった。
颯真さんはちょっと困りながらも「そんなことしないよ」と電話越しに優しく伝えてくれた。
憧れているだけの時には知らなかった。恋することがこんなに苦しいなんて──。
ボクたちはゆっくりと時間を重ねながら、お互いを知っていった。
憧れだった頃以上に、ただただ、ボクの中は颯真さんだけだった。
あなただけのボクでしかなかった──。
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karte 3 : 一緒に歩もう(後編・最終話)へつづく




