【番外編/碧玖サイド②】憧れと恋をする
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数ヶ月後、お見合い当日。ボクは意図せずお見合いらしい袴姿で料亭を訪れた。190cm近いボクの身長と、手足の長さに合うスーツは既製品では見つからなかった。
気合いの入った袴姿に最初は気恥ずかしさもあったが、テレビで見たような和風庭園が望める品のある和室と畳の青い香りに、袴姿でのお見合いは形になり説得力は出たと思った。
やっと今日、ボクがずっと憧れていた人と逢える。
嬉しさの反面、憧れに逢うのは正解なのか分からなかった。宝箱を眺めるように遠くから見つめていた気持ちと、自分と同じ高さにして宝箱を開いてしまう罪悪感のような、背徳感のような気持ちもあった。宝箱を開いてしまった先にどんな答えがあるのか、そこを見るのも怖い気がした。
それにこのお見合いに不安が無いわけではなかった。
初めてこのお見合い話を知った時、まさか颯真さんも男性が好きだという事実に衝撃を受けた。
ボクが抱いていたイメージは、スポットライトの当たる輝くだけの場所にいる人だと思っていた。どこか残念な気もした…。もしかしたらボクと同じように影を持った心で生きていたのかもしれないと思うと苦しかった。
でも、その同じ気持ちを分かち合える人なのかもしれない。そして、それを周りには感じさせない強い人なのだとも思った。
やっぱり力強く頼れる人なんじゃないかと僕なりに考えてここに来た。
両親含めて初めての顔合わせだった。
ボクは緊張して、颯真さんを正面から見ることは出来なかった。視界の端にぼんやりと映すのが精一杯だった。ボクは挨拶もろくに出来ず、心臓の音を抑えるのに必死だった。
母親同士が盛り上がって話してくれたお陰で、少しづつ落ち着きを取り戻す時間が持てた。
会食中数回、颯真さんに目を向けることが出来た。スーツ姿が新鮮で精悍に映った。ユニフォーム姿とはまた違って、大人な男を感じた。
高校生の頃の颯真さんとは少し変わっていたが、やっぱりボクが憧れて追いかけていた颯真さんだった。爽やかで男らしい優しさのある顔立ちだった。
一言も言葉を交わせないまま会食が終わると、颯真さんと二人きりになった。
緊張と恥ずかしさと戸惑いと、頭の中は再びぐちゃぐちゃになってしまった。
何から話せばいいのか?想いはあるのに、口から言葉がなかなか出てくれなかった。すると颯真さんが話し出した。
「碧玖くん、変なことになっちゃってごめんね…、碧玖くんも母親には逆らえず来てみたのかな…?俺はさあ——」
ボクは違うと思って遮るように話し出した。
「ボク、梧さん…、颯真さんだから逢いに来たんです!…あの、ボク、颯真さんのこと前から知ってるんです」
止まらず続けた。
「ボク、ずっとバレーボールやってるんです。それで、まだ小学生の頃にテレビでバレーボール強豪校の特集をやってて、そこで颯真さんを見たんです」
「うわ!よくそんな前の覚えてたね。それに俺花形スパイカーとかじゃなくてセッターだよ?誰かと間違えてない!? 」
「間違えるわけありません。ずっと颯真さんを追っていたんですから」
憧れの颯真さんを前に信じて欲しくて、貴方だから逢いに来たことを知って欲しくて、捲し立てるように話してしまった。
ボクは颯真さんが載っている過去の雑誌を何冊も持ってきていた。ボクにとってずっと大切な人で、追っていたことを分かって欲しかった。この信じられない奇跡的な出逢いを知って欲しかった。
颯真さんの試合も見に行ったたことがあったことも伝えた。
「ボクの憧れだったんです。チームの司令塔としての颯真さんも、ムードメーカーの颯真さんも、いつも周りの人のために何が出来るかを考えて実行する人だなと思って、素敵だと思ったんです。勿論…、爽やかでかっこいいなって…。だから今回名前を聞いた時に嬉しくて…」
ボクはそこまで言い切ると、自分の熱に急に恥ずかしくなった。それに、きっとこんなファン丸出しな発言、相手にされないかもしれない。
「え、あ、そんなこともあるんだ…。碧玖くんは、憧れと恋愛、同じ線上に並べてしまってそれでいいの?俺とそういうこともするってことだよ?」
ボクの熱に引いている気もした。そして、ボクを試すような言葉なのかもしれない。
確かに憧れと恋愛は違うもの。
ボクは本当に逢ってみてどう感じた?颯真さんとボクが体の関係を持つ?ここに来る前だって何度も考えていた。
逢って最終的にしっかり自問し、答えを出したかった。
すると、颯真さんはまたボクを試すようにもう一歩踏み込んだことを話してきた。
「俺はリバはちょっと、される方は無理だから…意味わかるかな?」
「わかります。ボク、どちらでもいいです」
自分でも驚くほど即答だった。
母からお見合いの話をされて、写真を見て、ボクにとってこの出逢いしかないと思った。ボクがどっちだとかなんて考える必要も無いくらいに。
今日逢って確信に変わったのは確かだ。
ボクは憧れと恋をする。それ以上のことなんてないと思った。
将来的に結婚という形として颯真さんの親の籍に入って、義兄弟になることになるだろうとも言われた。ボクには何の迷いもなかった。
「ボクにはもう、あの家に帰るところはありませんから。その方がいいです」
ボクは家族にゲイであることをカミングアウトしたことで、もう自分が家にいるべきでは無いと決め、地元から離れた高校で寮生活を送っていることも話した。
颯真さんはどうしてお見合いをしようと思ったのだろう。母親から言われて断りきれずだけなら、ボクの必死な気持ちと違って適当な気持ちでここへ来たのかもしれない。
質問にしても身体の関係とか、どこか軽いような慣れているような気がして少し不安になった。
テレビや雑誌に取り上げられるような学校にいたらきっとモテていただろうし、今まで色んな人と気楽に付き合って来ていたかもしれない。その並びとこのお見合いも一緒なのだろうか。
冷静に観察すると、時々にやけながら鼻の下を伸ばして話してるようにも見えた。
このままだと真面目に向き合ってくれないのかもしれない。ボクは一生を決める気持ちでここに来ている。味見をされて終わるようなことにはなりたくないと思った。
ボクは釘を刺すつもりではっきりと言葉をぶつけた。
「…けど浮気は嫌です。それだけは許せないんで」
このボクの言葉に一瞬動揺したように見えたが、回答はすぐ来ず、またちょっと浮ついた顔をした気がした。すかさず畳み掛けた。
「…あの、ちゃんと聞いてますか?そこは約束してください」
今度は直ぐ顔が変わり「もちろん!」と返してくれた。やけに格好を付けた顔に信じきるのも出来ないと思ったけれど、憎めなくて、やっぱり好きだと思ってしまった。
こうしてボクたちの婚約は成立した。
そしてこれが、ボクの運命の人に出逢った日だった───。
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karte 2 : 秘密は、休憩時間に ① へつづく




