「婚約破棄」だけで会話をする、婚約している伯爵令息と伯爵令嬢
先日、伯爵家の令息ロニアス・ティゴスと、同じく伯爵家の令嬢リリア・フラークが婚約を交わした。
ロニアスは黒髪で精悍な顔立ちの美男子、リリアもまた長く伸びた赤毛が美しい令嬢であった。身分も容姿も釣り合った者同士といえる。
そんな二人が揃ってある夜会を訪れる。
まずはロニアスがリリアにこう言った。
「婚約破棄!」
リリアはこう返す。
「婚約破棄婚約破棄」
これを聞いたロニアスは微笑む。
「婚約破……棄。婚約、破棄。婚約」
リリアはうなずく。
「婚約破棄婚約破棄婚約破。婚約破棄」
周囲はまた始まった……という視線で彼らを見つめる。
そう、ロニアスとリリアは「婚約破棄」だけで会話するカップルなのである。
今度はリリアから――
「婚約?」
「婚約破棄」
「婚約破棄破棄破棄」
「婚約……」
「婚約破棄婚約破棄、婚約破棄」
「こ、婚約破棄!?」
ロニアスはなにやら驚愕している。
「婚約破棄ッ!!!」
ロニアスは強くリリアを怒鳴りつけた。
「婚約……」リリアはうつむいて弱々しく言う。
「婚約婚約! 破棄破棄破棄破棄破棄!」
さらにロニアスが何やら問い詰める。
「破棄……」とリリア。
「婚約、婚約ゥ!」
ますます勢いづくロニアスだが、ここでリリアも目つきを鋭くする。
「婚約破棄ィ! 破棄ィ! 破棄ィ!」
私も言われっぱなしではないと言わんばかりに反論する。
「棄……!」ロニアスがたじろぐ。
「婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄婚約破棄!!!」
リリアのマシンガントークが炸裂し、ロニアスも眉を吊り上げる。
「婚約破!」
「破棄! 婚約! 破棄!」
「婚約破棄! 破棄! 破棄破棄破棄!」
「約破! 婚約破棄!」
「婚約破棄! 婚約! 棄棄破棄!」
「は……破棄! 婚約破棄! 破!」
「破棄破棄! 婚約破婚約婚約破棄!」
「棄破、婚約婚約破棄! 婚約破棄破棄婚約!」
周囲からすれば何を言っているのかさっぱり分からないが、言い合いになっていることは分かる。
本格的に喧嘩になってしまった二人を、ハラハラしながら眺めるが――
「婚約ゥ……」ロニアスが涙ぐむ。
「破棄ィ……」リリアも目を潤ませている。
「婚約破棄ィ!」
ロニアスがリリアを抱き締め、
「破棄棄……」
リリアもまた嬉しそうに笑みをこぼした。
どうやら仲直りしたらしいと周囲もホッとする。
ちなみにこの二人、家族の証言によると生まれた時からこうだったらしい。
生まれながらに“婚約破棄語”とでもいうべき言語を操るロニアスと、全く同じ境遇のリリアが出会い、婚約を交わした。
自分と同じ人間など一人もいないと思っていたところで運命の相手に出会えた。まさに奇跡のカップルといえるだろう。
その後、二人は何やら冗談を飛ばし合い――
「婚婚婚婚婚婚婚婚婚婚婚婚婚婚婚婚婚婚!」
ロニアスが歯を見せて笑った。
「棄棄棄棄棄棄棄棄棄棄棄棄棄棄棄棄棄棄!」
リリアも唇に手を当てて笑う。
これを見たある貴族の青年は友人にこうつぶやいた。
「二人が“婚約破棄”だけで会話をするのはもういいとして、笑う時は“破”にすればいいのに、なんでわざわざ“婚”とか“棄”を使うんだ……」
「た、確かに……」
婚約破棄語、未だ解明には至っていない。
***
やがてロニアスとリリアは、結婚式の日程が決まったと、大勢の新聞記者を集めて会見を行う。
質疑応答が始まる。
「式の日程がついに決まったようで、おめでとうございます」
「婚約破棄婚約破棄」
ロニアスが嬉しそうに頭を下げる。
「今のお気持ちはいかがですか?」
「破棄破棄破棄。婚約破、破棄婚約。婚約破棄」
リリアがにっこりと微笑む。
「ティゴス家とフラーク家が結びつけば、貴族社会の一大勢力となりますね」
「婚約破、破棄破棄婚約」
ロニアスが凛々しい顔つきでうなずく。
「結婚したらこれをしたい、ということはありますか?」
「棄……婚約破婚約破棄破棄、婚破」
リリアがジェスチャーを交えながら答える。
二人が何を言っているのかはさっぱり分からないが、なんとなく察することはできるので、記者会見は和やかに進んだ。
そんな時だった。
ある意地悪な記者が、上目遣いでこんな質問を浴びせかける。
「お二人とも……相手に不満を持ち、婚約破棄などは考えなかったのですか?」
すると――
「リリアとの婚約を破棄するなど一瞬たりとも考えたことはありませんね」
「私もですわ。婚約破棄なんて絶対ありえません」
これに記者たちは大層驚いた。
――普通に喋れたの!?
完
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