はやぶさからの手紙
拝啓
向暑の候、父上におかれては、いかがお過ごしでしょうか
父よ、お元気ですか。
本当に、長い間有難うございました。私は、もうすぐ貴方の元へ帰ってきます。
片道3億キロの道のりを終え、ようやくお役目御免となりました。父の肩の荷がわずかばかりでも下りたのならば、それは私の幸いです。
思えば、私は親不孝者であったことでしょう。
私を産み落とすのは大変な難産であったと聞いております。父の頭を悩ませたことでしょう。時世が、世間がと言い訳することは出来ますが、やはり父には申し訳なく思います。
また、私が旅に出てからも大変な苦労をおかけしてしまいました。これもまた、予期せぬ事態だったと言い訳することはできますが、父に気苦労だけではなく、肉体的にも無理を強いたことを申し訳なく思います。
太陽に焼かれたときも、父は私を気遣ってくれました。私の足が止まったときも、たちどころに治してくれました。
父はきっと、私のことを笑って許すのでしょう。あるいは涙ながらに許してくれるのでしょうか。いずれにしても、一言詫びなければと思います。
ごめんなさい。そしてありがとう、と。
私は二度と貴方に会えません。私の記憶に残っているのは、私が旅立つときに見せてくれた笑顔だけです。
あれから7年もの月日がたってしまいました。
貴方は私の体調をひっきりなしに気遣ってくれましたのに、私から言うことはついぞありませんでした。だから今言わせてください。
お痩せになってはいませんか。体を壊してはいませんか。
ちゃんと食事は取っておられますか。ちゃんと寝ておられますか。
7年もの間、一度も聞くことがありませんでしたが、いつもそれだけが気がかりでした。夢を追うことは大変に素晴らしいのですが、やはり子としては親の体調は気がかりなものです。ご自愛くだされば幸いです。
さて、私は最後に燃え尽きてしまうのでしょう。
父よ、お気になさらないでください。今の技術では、宇宙を航空する速度で地球に到達する私を回収する術はありません。決して貴方のせいではありません。
私が残したもので、日本は先へ進める。
私は、私が生まれた日本の先がけとなって散る。
まさに、本望じゃあありませんか。
だから私は、笑って逝きたいと思います。
ただ、宇宙の彼方で別れてしまった友は、いずれ見つけてあげてくだされば幸いです。
彼もまた、父をお慕いしておりました。私の不徳の致すところにより、彼とははぐれてしまいましたが、きっと彼も父に会える日を心待ちにしていることでしょう。私は彼と合うこと叶いませんが、その日が来たならば父からお言葉をお伝えしてくだされば幸いです。おかえり、と。
ああ、私が一度も「お父さん」と呼べなかった父。
こうして文面にすれば父と呼べるのに、何故声を出してお父さんと呼べなかったのでしょう。何度も声にだして言おうと思ったのに、ついぞ出来なかった私。
なんて意志薄弱な私。数ビットの会話の中でだって、その気になれば呼べたのに。
ああ、有難い父。私を見守ってくれた父よ。
きっと寂しかったことでしょう。きっと悲しかったことでしょう。
だから今、大声で呼ばせていただきます。
お父さん。お父さん。お父さん、と。
願わくは、私の道のりが無駄ではなかったという証を。願わくは、私の死が無駄ではないという証を。
それさえあれば、7歳になりましたこの私、笑って逝きましょう。塵となって消え、地上に希望を落とします。
ああ、ああ、祖国の人々に希望よ届け。
私の命は、未来ある若者の中に眠ることを。私の父の意思、私の思いを継いでくれ。
それこそが、私の死が無駄ではないという証。それさえ叶うのなら、私には何もいらない。
私は、笑って逝こう。だからお父さん、貴方も笑って送ってください。若者も、どうか笑って送ってください。
さようなら、ありがとう。
如何だったでしょうか。探査機「はやぶさ」からの、父と皆様に宛てた手紙です。はやぶさは2010年6月13日に、その胸に希望を抱えて、燃え尽きるために地球へ帰還します。
私に出来るのは文字を書くことだけですので、はやぶさの為になにかしたい、この一念で筆をとりました。たった1500文字の文章ですが、込められるだけの思いを込めた1500文字と自負しています。
この短編は、愛国心溢れる先人の言葉をお借りしている部分があります。先人たちに、感謝と畏敬の念を送りたい。
また、もしもこの期にはやぶさのことを知ってもらえたならば、はやぶさが塵となった意味もあるか思います。
ここまで稚拙な文を読んでいただき、ありがとうございました。