憂鬱な日曜日の詐欺師 その3
古城。と言っても実際にはいわゆる「お城」と呼ぶに値する性質はほとんど見受けられなかったはずだ。
あえて例えるならそこは、その場所は中規模の商店街だった。
地球の重力に基づいた建築法があまり信頼できないこの魔界という土地、街という空間も否応なしに奇っ怪な形状へ固定され留まることを余儀なくされる。
「なんというか・・・・・・負け戦の後に食い荒らされた味方の城、って感じだな」
ともあれ我らが古城に招待した客人は酷く戸惑っているようだった。
致し方ないと我ながら思う、彼・・・・・・ジーセ氏にしてみればこの状況はあまりにも危険度が高すぎている。彼にしてみればいきなり現れた謎の「魔法使い」に誘致という名目の実施質的な拉致にあった、としか言いようがない状況なのである。
「あの~?」
そのそもからして! 使い手一匹の独断行動が許される範囲内はとっくのとおにオーバー、むしろ天井を突き破る勢いだと言うのに。
個体の自立性を重要視する「アーキビースト」の存在意義に関わってくる・・・・・・。
「あの! そこのしたり顔のお嬢さんよォ?」
「おやおや、おや?」
現時点の問題点の中心点、まさにその人であるジーセがわたしに声をかけていた。
しかも何やら慌てた様子である。
「どないしました?」
「いや・・・・・・どうしたもこうしたもねぇだろ。なんで俺は、お前らに拉致されそうになっているんだ?」
若干くたびれた白いニット服のくすみがジーセの不安定な心情を程よく演出している。
その白色に目線を固定するのは先導要因として前列に歩くススであった。
「いえいえ、いえ。認識が少し違いますよ、ジーセさん」
ススはいかにも客人を迎えるお貴族様よろしくと言った様子である。
「されそう、ではなくすでに「されている」です。拉致未遂は既に終わって、もはや完遂のラインから勢い余ってつんのめって軽い捻挫を引き起こしている、そんな状況です」
「ああ、3Dダンジョンのジャンプ必須ステージで空間把握能力クソザコプレイヤーを何人も奈落のそこに叩きつけたようなシチュですね」
いまいち分かりにくいものの例え方を使いたがる、美しい魔物が二匹いる。
ススに愛嬌たっぷりに話しかけているのはユーシュカ氏、そのひとであった。
丸々とした海鳥のような姿の魔物の成人男性。それが現状ユーシュカに許された肉体であった。
「自分としても、とても心苦しい状況だ」
ユーシュカは小鳥のようなつぶらな瞳を物憂げに伏せ、いかにも悩ましい美人といった様子を積極的に演出しようと努めている。
「さてはて、今宵は如何様な危険が我らが愛しい娘たちに訪れるというのだろうか?」
さて、古城の談話室にて会話が繰り広げられている。
「談話室と言うとどこぞのハリー坊やの学園生活を思い出しますけども」
ススは謎に謙遜するような所作を見せてきている。
というのも彼女的はこの談話室の内装がお気に召さないようである。
「だってご覧になってくださいよ? 魔法をかじるものとして用意すべき談話室の体裁というものがまるで成っていないではありませんか?」
「そう言われたら、まあ・・・・・・」
部屋の客人であるジーセ氏がぬるい具合にススに同意している。
「ファンタジックと言うよりかは、ファクトリー感の方が凄いよな」
凄い、いや凄まじいと表現する方が状況説明としては正しいのだろう。
なんと言ってもそこは、その場所はオフィスのための空間とはとても呼べそうにない、工房という名を冠するに値するほどのものものしさに満ち溢れているのだ。
「すみませんね、騒がしくて」
ススは有り体な言い訳を呟きながら周辺に視線を滑らせている。
「なんでももうすぐ防衛機構との階段やらがあるみたいで、ここいらの店のほとんどは寝る間を確保しながら「水」の確保にあくせく悪戦苦闘しておりまして」
「はあ」
魔法使いとしての仕事内容についてあれこれ語られたところで、ジーセには所詮掴みどころのない余所事でしかないのだろう。
「そんなことより、だ」
ジーセは早速本題に入ることにした。
「アーキビーストよ、貴様らに頼みたい仕事がある」
魔界においての魔法使いの名称のひとつを彼は唱える、それは我々のような存在に命令を下す際の形式、様式、格式のようなものだった。
「とあるアートを拾ってきて欲しい」
情報の集合体をもした美少女萌えキャラがどこぞのライトノベルに存在するらしい。
「イワクラさんか、あるいはナガトさんかで意見が分かれそうですね、お嬢さん」
「アヤナミ系は奥が深いね、ススちゃん」
我々が所謂ところの顔面の良さだけで己のコミュニケーション能力の不足を補っているだけの社会不適合女性を模したキャラクター、それらについて語り合っているのには、割合意外にも真っ当な方向性の理由がある。
「いえいえ、ね?」ススは一応の聴衆と呼ぶべき対象に向けて言い訳を述べている。
「今度我々のペンネームが雑誌掲載する新作漫画、そこに登場するヒロインの一柱を如何様に造形すべきか思い悩んでおりました」
「はぁ・・・・・・」
理由を解説されたところで、協力者である対象の理解力にさしたる変化は訪れなかったようだ。
「んで、その話とこの案件に一体どんな関係があるってんだよ、スス」
対象、彼に至極真っ当な質問をされたススはあくまでも意気揚々とした方向性のままで状況説明を続行することにした。
「よくぞ聞いてくれました、カフカさん」
カフカ、と名を呼ばれた少年はそのタヌキのような造形の聴覚器官をピクり、と小さく動かした。
ススは引き続きカフカに状況説明をする。
「ジーセ・アリアドネ氏が一つのアート作品の回収を希望しています。それはどうやら女性のマテリアルに宿っており、そして当該個体は現在とあるカルト的組織に収容されているとの事」
「よーするに」わたしが要点をまとめる。「囚われのお姫様を助け出して、そしてわたしらはついでにお姫様が保有している魔法を頂戴しちゃおう! Let's go ! という訳なんよ。お分かり?」
せっかくわたしが噛み砕いて説明してあげたというのに、カフカからの答えは否だった。
「申し出は有難いが・・・・・・」
カフカは若干のわざとらしさを込めつつわたしの方を凝視したのち、謝罪の意を込めた反対意見をススに主張する。
「いくらおれでも好きこのんで自ら犯罪の片棒を担ぐ元気はねぇよ・・・・・・」
「んるる・・・・・・仕方が・・・・・・。? ・・・・・・っえ? 犯罪??」
予想の範疇をはるかに超えた物騒な単語の登場、ススはやにわにギョッとした挙動を露わにする。
「ま、まだ誰もシメていな・・・・・・。ああいや・・・・・・反社会的行為はまだ実行していない、はず・・・・・・ですよね?」
「そんなこと聞かれても知らねえけど・・・・・・っ?」
設問の前提条件からしてトチ狂っていることに関しては、カフカはあえて詰問しないことにしたようである。
「客の前科ぐらいは把握しようぜ。と、言いたいのは山々だが・・・・・・」
何やらのっぴきならぬ事情があるようである。カフカは事の面倒くささを言葉の裏に溢れさせていた。