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憂鬱な日曜日の詐欺師 その2

 敵の姿は八分音符のような出で立ちだった。小学校高学年程度のサイズ感の八分音符である。

 ♪←このニョロリンとした部分の下側、そこがちょうど刃物になっている。

 つまりどういう事かと言うならば・・・・・・。

「巨大なブーメランが追いかけてくる!!」

 ススちゃんがそう叫びながら逃げ回っている、その悲鳴に大体の事情が集約されていた。

 ここは魔法使い御用達の裏通り。基本的に日陰者としての立場に回ることが多い職業、道の上は絵本の中の魔法使いが身につける暗い衣服と同じような色合いをしていた。

 暗い道をひとつの小さな人影が全力疾走している。その出で立ちはとても奇妙な形をしていた。

 なんと言っても齢十六程度のうら若き女性が二人分の人間の重さを抱えて全力疾走しているのである。

 二人分、しかも両方とも立派に育った成人男性のそれでしかないのだ。

「あの?! もしもし、もしもしィ?!」

 ススの腕の中にて横抱き・・・・・・すなわちお姫様抱っこされている、彼の名前はジーセ・アリアンという。

「おい! どう・・・・・・どうするんだよ?!」

 ジーセは混乱の渦中にいた。とりあえず自らが色々な組織に命を狙われていることは前提として、そこに加えて謎の美少女にだき抱えられながら逃亡劇を繰り広げているのである。

 ここからどうなるのか、ジーセには皆目見当もつかないでいた。

「このままじゃ・・・・・・」

 とにかく、恐らくは組織が差し向けてきた怪物をどうにかしないといけない。

 とはいえジーセは今のところ怪物「水曜日」に対抗する術を持ち合わせていなかった。

「ぼくに任せてください」

 ふ、と。次の瞬間にはジーセの体は暗がりの道のうえにそっと、優しく丁寧に置かれている。

 さながら貴婦人の取り扱いのような所作にジーセは反射的な怖気を覚えてしまう。

 だがそれはそれとして、見た目にはただのティーンエイジャーにしか見えない彼女が迷うことなく怪物に立ち向かっていく姿に膨大な困惑を抱いていた。


 彼の困惑を置いてけぼりにする。

 ススは腰の短い鞘からひと振りのナイフを取り出した。

 刃の形状は短刀や懐刀のそれに近しい、だが刀の名称を名乗るにはあまりにもシンプルすぎる拵えとなっている。

 ほとんどむき出しの金属棒のようなそれを右手に握りしめる。

 そして左手をかざした。

「んるる」

 子猫の媚声のような音がススの喉元から微かにこぼれ落ちた。

 微妙な呼吸音が彼女にとって魔力をこねるための集中、ルーチンワーク的なものである事と仮定される。

 実際に瞬きを許さぬほどの勢いで急速に強大な魔力が彼女の全身にみなぎっていた。

 魔力の感触、基本的に寒さや冷たさを気軸とした体感で感知することが出来る。

 特別な才能などは不要である、魔物として生きていればほぼ自然に実感できる概念である。

 陽の光を見て眩しいと思ったり、あるいは水に触れて湿度を実感する程度。

 基本を通り越してもはやただの本能に食い込む領域。

 故に彼女の強大、かつ凶悪とも呼ぶべき魔力の質量は半自動的に周囲の環境に著しい異常をもたらしていた。

 雷雲の接近に似ている、ワタタリ・ススの持つ魔力の感触は嵐のごとき凶暴さを有していた。

 彼女の足元に電流が滾る。鈍色の電流がやがて左足首へと集約し、ひとつの足輪のような形へと留まった。

 かと思えばススの体はその場から消失していた。

「!」

 恐ろしい肉食怪物であればこそ規格外の移動速度に対応が可能なのだろう、怪物は突進してきた敵の凶刃を己の武器でか辛うじて阻止している。

 ガキン! 刃と刃が激しくぶつかり合う、火花が散っているように見える、それは魔力の衝突が引き起こす目の錯覚の一部だった。

「あ」

 怪物、水曜日という名前の怪物が悲鳴をあげる。八分音符の形に沿った刃、そこは最も攻撃力が高く、そして同時に最大の弱点が潜む一部分でもあった。

「たまごはどこだ、たまごはどこだ・・・・・・?!」

 戦闘によって奏でられる轟音のさなか、ススが懇願するような声色で何かを探している。

 その声をジーセはそこそこにしっかりと聞き取っている、どうやら彼はかなり耳が良い方らしい。

「あいつ、一体何を探して・・・・・・」

 答えと思わしき結果はすぐに訪れていた。

「そこだ」

 ススは左手を伸ばして水曜日の首を引っ掴んだ。

 八分音符(♪)の細い枝のような線、その部分をむんずと掴みススはありったけの魔力を左の手の平にこめた。

「」

 何かしらの言葉、呪文のようなものを唱えたらしい。だがさすがにジーセはそこまで聞き取ることは出来なかったようだった。

「あ」

 怪物が、水曜日という名前を与えられた怪物が少し鳴いた。

 どうやらそれが悲鳴と同じような意味を持つということ、その事にジーセが気づいたのは、怪物の息の根が悲鳴を境目にプツリと途切れたからであった。


 さて。

「こんにちは、はじめまして、こんにちは」

 改めまして、とでも言わんばかりの勢いに身を委ねてススがジーセに向けて自己紹介をしていた。

「ワタクシめは魔法使いでございます、この街・・・・・・「朝焼け」の区域であるこの街を担当しておりまして・・・・・・」

 出会い頭に血みどろの戦闘行為を見られてしまった。自身にとってプライベートな領域を安易に他人にみせびらかしてしまった、その事についてススは恥じらいを覚えているようだ。

 しかし。

「まあ、まあまあ、・・・・・・その」

 ジーセにしてみれば彼女が「魔法使い」であることなど既に分かりきった事柄でしかないようだった。

「そんなことより君、怪我は大丈夫なのか?」

 彼は他人の心配をすることで少しでも己の理性を保とうと試みていた。

 だが試みは残念ながら失敗に終わった。

 突如として彼らの頭上に巨大な古城が現れたからだ。

 その建築物の登場の気配は列車が発する走行音にとてもよく似ていた。

 車輪が線路の上を猛スピードで通り抜ける時の轟音、人工的な地響きのような音、古城の気配はそれらの事象と類似していた。

「なんの音だ?」

「休憩場所に調度良いものが近づいてくる音です」

 ススの説明はたったそれだけだった。

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