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憂鬱な日曜日の詐欺師

 はじめまして、はじめまして。私の名前はクー。キギノギ・クゥと言う。

 年齢は十代中盤、性別は女性。あと、私は人間では無い。

 そう、私は、私たちは人間では無い。いわゆる所の魔物、という生き物だ。

 人間という生命体の規格から著しく逸脱している生き物らしきもの。

「お嬢さん」

 その実例の一つとしてちょうど私の右隣の席に座る少女、彼女の頭部に生えている灰色の猫耳がピクピクと動いていた。

「どうしましたか? ボンヤリなさって」

 例えば猫耳が付属したカチューシャを装着しているものかと、かつてこの世界に存在していたであろう人間ならばそう勘違いしたのかもしれない。

 なんと言ってもこの世界の魔物は基本的に割合人間のそれに近しい見た目しか有していないのだ。

 おおよそにおいて「特徴」は耳や眼球などに集約される。かつての人間社会に流布されていたという「ゆる~い擬人化」のようなものでしかない。

 だが、それでも……。

「お嬢さん!? キギノギのお嬢さん??!」

「わあ、びっくりした」

 考え事に耽りすぎたらしい。再三の呼び掛けにも返答しない私のことを心配したのだろう、灰色の猫のような少女が私のことを心配そうに凝視している。

「クゥお嬢さん、どうしたんですか? 先程からボーッとして」

「いやいや、ちょっと考え事してただけやって。心配しんでええよ、ススちゃん」

 ワタタリ・ススという名前の「化け猫」を性質の一部に宿している魔物の少女。

 彼女は魔王である。比喩表現的なアレソレという訳ではなく、割かし直接的な意味で「魔王」に近しい役職をになっている。

 魔王城を持ち、そこに麗しの姫君を幽閉している。

「……言葉だけで表現するとこの上なくくだらない悪役にしか聞こえませんね……」

「しかしながら事実、そんなに間違っとらんのは確かなんやし?」

 私はそう言いながら自らの傍らにある四角い鞄を指先で軽くつついてみせる。

 うら若き魔物の乙女が携帯するにはあまりにもゴシック的で本格的すぎる造りの鞄である。

 処女の柔肌よろしく滑らかで混ざりけのない表面を指先で弾いてみる。鈍い感触が爪の先端を刺激してくる。

 耳をすませば、私の持つ柴ミックスのような造形の耳をピクリ、と動かせば微かに寝息のようなものが聞こえてくる。

「すぅ……すぅ……」

 人間が持っていたとされる鈍感な聴覚では聞き分けは難しいのだろう。しかし都合よく私は魔物、犬のそれと同じ程度の聴力が音の正体ないしおおよその状態を反射反応のように把握している。

「中身の……中の人はぐっすり眠っとるよ、ススちゃん」

「それは、」

 ススはほんの僅かに悩んだ素振りを見せて、しかしそれをほとんど無意識に近しい速度で誤魔化そうとした。

「……まあ、それ自体は素晴らしいこと、ですけれど」

 さすがに話題が地雷原の方向性に進み過ぎたようだ。

 私の失態を叱責するような視線が問題の鞄のある場所から発生する。

「…………」

「そんなしんねりとした目を向けないでちょうだいよ、ユーシュカ姫」

 姫と形容したが彼、ユーシュカは立派な男性である。

「クゥ、スス」

 紛れもなく男性のそれでしかない音程の肉声、それは鞄付近にフヨフヨと浮遊している謎の人魂らしきものから発せられているようだった。

 煙草のけむりに似たほの白い人魂、ススは特になんの違和感も抱くことなくその姿に話しかける。

「どうかなさいましたか? 姫」

 ススからの問いにユーシュカは手短な回答だけを返した。

「列車の目前に人が倒れている、このままでは轢いてしまうだろう」

 状況説明が遅れたが私たちは今電車……のような乗り物に乗っている。

 そしてその車両に人がぶつかろうとしている。

 とりあえずのところ、ススにはそれらのごく僅かな情報だけで発狂するのに事足りるようだった。

「わあ゜ーーー?!」

 交尾中に背中を撫でられた野良猫のような叫び声をあげながら、ススはほぼ躊躇うことなく車窓の外へと飛び出ようとしていた。

 おそらく何かしらの意図は間違いなく存在しているのだろう。だがなんの説明も無しとなれば脈絡無く自殺行為を決意したようにしか見えない。

 ので、私は自らの仕事道具である魔法の杖を握りしめて彼女の動きを抑制する。

 ファンタジー作品の門番辺りが携えているシンプルな槍に似た造形の杖。

 ステッキと言うよりかはロンドと呼ぶべきサイズ感。

 魔法の杖の先端からひも状に練り固めた魔力を放つ。

 魔力の紐は青玉のような輝きを放ちながらススの襟首うしろ側をむんずと掴んでいる。

 私はススに質問をする。

「何をしている?」

「助けようとしています」

「誰を?」

「今、まさに轢死体になろうとしているどこぞの誰かを」

「なんと無謀な!」

 今この瞬間が特異、という訳でもないのだ。このススという名の少女は基本的に他者へ積極的な善意を差し向ける性質を抱きがちなのである。

 けっして正義の味方のようなものでは無いことは確かだが、それでもだいぶ身勝手で自己中心的な善性に囚われていることもまた事実である。

「落ち着いて、止めはしないから」

 私は猪突猛進という言葉がとても良く似合う彼女を、なるべく自身の意向に沿う方向性へと導こうと試みる。

「もう少し、可能な限り安全策を練らないと」

「しかし、どうしましょう?」

 一旦足を止めたところでススもまた無謀の危険性にうっすらと怯えを抱けるようになっていた。

「ススちゃん、私たちは魔法使い、魔法使いなのよ?」

 答えに迷う魔王陛下に私はささやく。

「だったら魔法使いらしく、魔法使いじみた方法を選ぶしかないのよ」

 ススは少し考えて、そして頭の中を煮詰めた。

「ええ、そうしましょう」


 さて、一方その頃と言うべき情報をここで書き加えておく。

 というのもススと私が貸切電車の内部でああだこうだとしている間、等の事故死一歩手前の「彼」にもそれなりに大きめの不思議が訪れていた、と言うのである。

 一車両のみの貸切電車が進む先、魔力によって雑に組み立てられた線路の上に運悪く転げ落ちていた。

「っ痛ってェ……」

 彼の名前はジーセ。ジーセ・アリアン。外見的特徴はニワトリのような羽毛を持った中年前半そこらの男性の魔物。

 どうやら彼はとある組織に追われつつ同時に別の怪しい集団にも狙われていて……、ともかくとても安心とは言えそうにない状況に陥っていた。

 ウンザリするほどに多いおってから逃げているうちに、うっかり「裏道」に足が逸れてしまったらしい。

 誰も注目しないような道、それこそ魔法使いぐらいしか使わないような、そんな道に落ちてしまった。となれば、やはり無事では済まないのが悲しき定石と言える。

「そういう訳だ」

 そんな感じのジーセ氏に話しかける、一人の別の男性の姿があった。

「かわいい、かわいい、とてもかわいい魔法使いの女の子たちを困らせる前に、あなたは一刻も早く自らの命を守らなくてはならない」

「いきなり現れていきなり何意味不明なこと抜かしてんだこの野郎は?!」

 ジーセの言い分はあまりにも真っ当すぎていた。

 現状命の危機が大量発生していることはすでに理解している。その上さらに謎の男……クラシックスタイルのメイド服に身を包んだ謎の男性の対応などいくらなんでも無理難題が過ぎていた。

「困惑は当然なのだろう」

 とりあえずメイド? の色男は自己紹介をすることにした。

「わたしの名前はユーシュカ。ユーシュカ・リリフィリア」

 何を隠そう同時進行で私、つまり我々魔法使いと行動を共にしていたはずの彼である。

 どうしてユーシュカがそこに存在しているのか? 的確な回答、とは行かずとも実質的には答えに等しい物体が今この瞬間、ジーセの元に訪れていた。

「そこの方 ーーー!」

 暗がりのさなか、赤い光がキラリと瞬いた。

「え?」

 ジーセが視線を上に向けている。

 己の肉体を構成する大多数の成分が「人が上から落ちてくるはずが無い」と、そう思い込んでいるにもかかわらず、本能だけを置き去りにして彼は眼球の方角を定めていた。

 少女が一人、彼らの元に落ちてこようとしていた。

 暗がりの線路上の空間に灰色の髪の毛が不気味な程に映えている。

 即席の魔力で編み込まれた命綱が重力に逆らって縦横無尽に荒ぶっている。

 落ちてくる灰色の少女は枯葉のような音だけを立てて線路上に降り立つ。

 ト……と存在感を否定するような足音が僅かに聞こえてくる。

 ふんわりと舞い降りた少女の姿、猫の毛のように柔らかそうな毛髪が風と重力に合わせて繊細に震える。

「お前は……」

 誰だ? 彼がそう彼女に問いかけようとした。

 しかし彼の言葉は意味をなさなかった。

 彼自身による否定では無く、別の存在が彼の命を脅かそうとしていたからだ。

「あ」

 その声は、我々とは圧倒的に異なる存在感を放っていた。

 空気が一変する。

「……これ、は……っ?!」

 度重なる不可解に苛まれながらもジーセは冷静に命の危機を把握していた。

 目の前に腹を好かせた怪獣が現れるかのような、単純明快な危険が今まさにこちらへ向かってきている。

「嗚呼」

 ユーシュカがため息のような声を唇の端からこぼしている。

「早くも訪れてしまった」

「訪れたって……」

 何が? とジーセは疑問を抱きかけた、だが思考がまとまるよりも先に圧倒的な事実が彼の元に次々と降り掛かってきていた。

「あれは……「水曜日」……ッ??!」

 最初に説明すべきことは、彼が発した単語がカレンダーなどの日付に使用されるモノとは全く異なる意味を含んでいる、という事である。ここだけは忘れてはならない。

 その「水曜日」は巨大な音符のような見た目をしていた。

 八分音符の形状が一番合致の割合が多い。丸く纏まった腹部? にほっそりと伸びた首のような器官。一種の魔法生物、広ーーー……い括りで考えれば我々とだいたい同じような生物と言える。

 問題は形があまりにも人間離れしていること、そして自らの異常性を全力で主張するかのごとく。

「あああ!」

 水曜日が叫び声を上げた。我々を捕食しようとしているようだった。

「失礼しまっす!」

 目の前の的に集中しすぎていたジーセの耳元で灰色の少女、ススが声を張り上げている。

「あ?」

 ススによって瞬く間にジーセ氏の体が横抱きにされていた。

 所謂お姫様抱っこである、いやこの場合はお姫様が抱っこをしている具合なのだが。

 ともあれ、即席の逃亡劇が開始された。


「ああああ」

 水曜日が叫んでいる。水曜日という名前を無理やりに与えられた怪物が、目の前にちょこまかと動き回る獲物を追い求めて猛り狂うような叫び声をあげている。

「おい! おい?!」

 ジーセはススに問いかける。

「逃げるって・・・・・・どこに逃げるんだよ?!」

 ススは答える。

「望むなら、望むだけ」

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