ここは舞台ではないのでお控えください
「おはようタクミくん」
寝ぼけ眼を擦りつつ、白で統一されたリビングに足を運ぶと、天使の笑みを浮かべたミクがソファーで寛いでいた。終電を逃してしまった彼女を昨夜泊めた事実が、夢ではないことにニヤケを抑えるため、嘘のあくびを一つした。
「ミクおはよう。あれ、コーヒー淹れた?」
鼻をひくつかせ、ローテーブルに置かれたマグカップに視線を落とす。するとまた可愛らしく破顔させ、ミクがおどけるように肩をすくめてみせた。
「なんだか飲みたくなっちゃって。ミルクとお砂糖たっぷりだけどね。タクミくんは……ブラックだよね?」
リビングに続くキッチンへ向かうと、手慣れた動きでコーヒーを用意し俺へと差し出した。そのまま誘導するように手を繋いでソファーへと座り込む。
「ありがとう。ははっ。なんか新婚みたいだよな。このやり取りって」
「もうっ! 恥ずかしいじゃん……」
クッションを抱きしめて、顔を埋めて照れ隠しをするミクを抱き寄せた。
結婚したら毎日ミクとのハッピーホームライフを育める。
今回は成り行きで泊まることになったが、朝を起きて愛しの人が傍にいるのがこんなにも素晴らしいとは。
今日こそは言える気がする。
「恥ずかしくないよ。俺は将来ミクと同じ未来を歩めたらなって本気で思っている」
「タクミくん、本当に?」
「嘘なんかつかねぇって。俺、ミクといる時が一番落ち着く。俺が俺らしくいられるんだ」
「私もタクミくんといる時が一番楽しい。ずっと傍にいたいよ。これから先もずっと」
「ミク。こんな場所で、こんなシチュエーションで悪いけどさ。俺と──」
「──あの、お客様」
甘いひとときを打ち破るように、控えめでどこか不審げな声音に呼びかけられる。
二人して声の主の顔を見上げれば、“スタッフ”という名札をぶら下げた男性が困った様子で見下ろしていた。
「大変申し訳ございません。展示された家具や雑貨をお試しされるのは結構ですが、寸劇などは……控えて頂けると」