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17/50

side 日向

 

「はぁ、はあ……あああぁ、もう! なんで……!」

 

 パソコンの電源を切り、収録スタジオから出る。

 待合室で待っていてくれた双子の弟――織星ハルトもとい本名春山織一(おりひと)が「初配信お疲れー!」と満面の笑顔で手を振りながら近づいてきた。

 スタジオ前でしゃがみ込み、頭を抱えていたおれは恨みがましい目で織一を見上げる。

 

「なになに? 日向、どうしたの? 椎名さんになんか言われた?」

「別に、言われてない……ただ、真後ろでフォローしてもらったのが、その、距離近くて……」

「あー。日向、俺以外の男が近づくとびっくりしちゃうもんね」

 

 そう。

 おれ――春山日向は小学校の頃に男子にいじめられて以来、男子が苦手だ。

 学校の先生に相談しても「好きな子をいじめたくなるのが男子だから、きっと○○くんは日向ちゃんのことが好きなんだよ」って言って取り合ってくれなかった。

 冗談じゃない。気持ち悪い。

 本当に嫌で、不愉快で、気持ち悪くて、お尻まで伸ばした自慢の長い髪をバッサリ切って、お気に入りのスカートも全部捨てた。

 織一の服を着て、男の子みたいな格好をしたら男子からのいじめはぴたりと止んだ。

 男の格好をして、男のふりをすることは“私”の自衛手段としての成功体験となった。

 中学でも男子の制服を着て登校した。

 けど、先生に毎回注意されて何度も「いじめられないため」って言った。理解されなかったけど。

 そこから学校に行くのもやめた。

 音楽を作ったりギターを覚えたり漫画描いたりイラスト描いたり小説書いたり。

 興味があることを手当たり次第に試してみて、親に文句言われないように勉強して通信高校の卒業証書を取得して。

 仕事もすぐに始めた。

 Vtuberの歌みたの演奏はまとまったいいお金が手に入る。

 自分の演奏で歌うVtuberを観るようになって、少しだけ興味があった。

 楽しそうに喋る彼らから滲む、私と同じ社会不適合者感。

 この人たちがたまに語るのは、やっぱり私と同じ“引きこもりだった”話や“いじめで自殺を考えた”話など。

 この人たちができるのなら、自分にもできるんじゃない?

 なんて、家族以外と話もしない私にできるわけないと思いながら。

 そんな時だ。

 時折歌みたの演奏依頼をしてくれるVtuber事務所の一つ、『りゅうせいぐん☆』さんがVtuberの中を募集し始めた。

 担当さんとは話したことがあったし、織一の大学の先輩が事務所のスタッフという縁もあって話を聞いてみたい。

 織一は私の演奏を聴くために、Vtuberの歌みたをよく観ていたから、織一ももしかしてVtuberに興味あるかも。

 一人では勇気が出なくて、織一と一緒に担当の金谷さんに話をしてみた。

 そうしたら、トントン拍子にデビューが決まってしまう。

 初めて収録のために事務所に行ったら、綺麗な女の子とそのお兄さんというスタッフさんと遭遇した。

 椎名アオトさんと、甘梨リン。

 この時はまだ、どちらが先にデビューするかわからなかったけど……。

 

「え! すごいですね」

 

 金谷さんも褒めてくれたけれど、椎名さんはものすごい勢いで私を褒めてくれた。

 作詞も作曲も、イラストも漫画も小説も、演奏もミックスも……初対面なのに、こんなに褒めてくれた人は初めて。

 それに、すごく優しそう。

 今まで関わってきた人に、いなかったタイプ。

 手放しで、全力で褒めてくれる人なんて……。

 

「ほらほら、いつまでも座り込んでたらスタッフさんに邪魔になっちゃうよ! あとはプレミアム公開なんだから、うちに帰ろ」

「う、うん……」

 

 織一に立たされて、胸に手を当てる。

 こんな気持ちになったの、初めてだから……どうしたらいいのかわからない。

 男は苦手。

 一時期は父や織一すらら怖いと思っていた私が、こんな気持ちを抱いたのは本当に生まれて初めてだ。

 上辺だけでなく、心の底から純粋に私を褒めてくれた。

 それがとても伝わってきたんだもん。

 多分、これが――推しを愛しいと思う気持ち。

 椎名さん、機材詳しくて画像編集できるんだって、マジすごくない?

 私、画像編集めっちゃ苦手だから本当尊敬する。

 私と織一のユニット『Stars(スターズ)』がやる公式番組『スターズ・バトル!』もあっという間に三本も編集終わらせて、確認させてもらったけど字幕のつけ方も秀逸。

 面白いところを切り抜いて、繋げて。

 その繋げられた流れも綺麗。

 爽やかな笑顔に素朴で動きやすさ重視の服装。

 仕事を真面目にこなす横顔も、全部カッコいい。

 

「でも、本当に無事にデビューして初配信終わってよかったね。金谷さんには怒られちゃったけど」

「そりゃ、勝手にあんなこと言えばね……」

 

 先輩になった甘梨リンさん――椎名さんの妹に一目惚れしたとか言い出して、しかも初配信でリスナーに甘梨さんと連絡先の交換をするにはどうしたらいいか、なんて恋愛相談を始めるんだから。

 そりゃ、恋愛面に関して私は相談に乗ってあげられないけど。

 いくらなんでも、あれじゃ炎上するんじゃないの。

 心配してツブヤキッターを見てみるけれど、さすがに弱小Vtuber事務所の新人のことなどトレンドに入ることはない。

 しかし、エゴサすれば結構な数が呟いている。

 思ったより……いや、思っていた以上に好意的に受け取られていた。

 あれ、じゃあ……いいの、かな?

 

「でも、俺諦めたくないんだ。あんなに一目で、好きだって思た人初めてだから。きっと運命だと思う!」

「運命って……。お前みたいな不審者と連絡交換してくれる女の子なんていないよ」

「俺はヒナタをいじめてた男の子とは違う」

「知ってるよ。でも……怖いんだよ、男は」

 

 だから男の格好をして、ピアス開けまくって周囲に威嚇する。

 私を舐めると、噛みつくぞ。タダじゃおかないぞって。

 けど、椎名さんには女の子の私を見てほしい……とか、思ってしまう。

 こんな気持ち、本当に初めて。

 ……私も、リスナーに相談してみようかな。

 織一の初配信を見たリスナーたちの様子を見て、なんとなくそう思った。




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