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遥かなるチェッカーの先へ LAP2  作者: 綾部 響
8.エピローグ
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揃い踏む最終戦

紅音たちが待望する……いや、全国のバイクレースファンが渇望していた日本GP最終戦。

日本全国すべてのバイクレースファンが注目する中で、今まさに、シグナルはブルーへと変わっていた。

 全日本GP第10戦 最終戦「鈴鹿サーキット」。


 1年を通して、日本全国の名だたるサーキットを巡り争われてきたレースも、この鈴鹿サーキットで幕を閉じる。それはそのまま、ライダーやチームのランキングが決定する事を意味する。

 そして今まさに、その最後の戦いに見合った激しいバトルがサーキット場では繰り広げられていた。


『さああぁぁあっ! 今年度最後のレースはああぁぁっ! まさに佳境を迎えておりますううぅぅっ!』


 場内実況のアナウンスと共に、爆音を背負って最終コーナーから複数のバイクが立ち上がって来る。凄まじい加速で、瞬く間にホームストレートのスタンド前を通過しようとしていた。


『先頭に立つのはああぁぁっ! ゼッケン46、スズキレーシングクラブ所属ううぅっ! 岸本選手だああぁぁっ!』


 真っ先にコントロールラインを通過したのは、マシンメーカー「スズキ」のワークスチーム、SRCのエースライダー岸本美沙(きしもとみさ)だった。

 マシンの基本カラーである白の車体に、彼女のパーソナルカラーである緑が映える。細く引き締まった体つきはライダースーツの影響でくっきりと浮かび上がり、濃緑色の髪を覆い隠したそのヘルメットの下には、冷静さを彩る冷めた黄色味の掛かる瞳が、ただまっすぐと前方を見据えていた。


(レースは10周を終えたばかり。……まだまだ油断できないし、する気もない)


 その理知的な眼差しが語る通りに、現状を把握している彼女は平静であり、強く己を律していた。それもそのはずで、後続のライダー達を考えれば、残り7周と言うのは決して安心できる周回数ではないのだ。


『その僅か後ろを追走するのはああぁぁっ、この人おおぉぉっ! ホンダレーシングチームの勲矢選手ううぅっ! ゼッケン1は伊達じゃないいぃぃっ!』


 今季、美沙の戦績はランキング単独4位。しかし、トップとの差はそれほど大きくない。このレースで優勝すれば、十分に1位も狙えるポジションにいる。

 そしてそんな彼女の大きな障害となるのが、この勲矢那美(いざやなみ)だ。

 世界に名だたるバイクメーカー「ホンダ」のワークスチームであるHRTに所属し、そのトップを張っているのが彼女だった。

 トリコロールカラーに色分けられた鮮やかなマシンを駆り、赤と黒を基調としたライダースーツからは、彼女の抜群なプロポーションが良く分かる。しかしその顔つきは、とても外見からは想像できないだろう。

 美しく腰まで届く紫がかった髪は、今はヘルメット内に纏められて見る事が出来ない。攻撃的でややきつい眼差しがヘルメットからその前方を睨みつけており、そこには赤紫色の瞳が浮かび上がっていた。

 ただ只管に前方を凝視する姿は、まるで獲物を狙う肉食獣だろうか。


(前を行く岸本美沙……。仕上がりが良いな。何よりも、このレースにかける気合と集中力が半端ではない。しかし……勝つのは私だ。このレースに勝って、来年は500CCクラスに転向する。その為に……心残りは払拭して見せる!)


 本来那美は、今年から500CCクラスに転向予定だった。去年の日本GPでは2位以下と大差をつけて優勝し、今年は500CCで世界GPに挑戦予定だったのだ。

 それでも彼女は、日本GP250CCクラスに拘り、今年も日本で戦っている。その理由は。


(上がってこい。……本田千晶っ!)


『そしてええぇっ! その勲矢選手をすぐ後ろで狙うのはああぁっ! カワサキモータースレーシング所属のおおぉっ! ゼッケン2、漆原選手だあぁっ!』


 だが残念ながら、那美の思い通りにレースは展開していなかった。那美のすぐ後ろを走っていたのは、「カワサキ」のトップライダー漆原凛子(うるしはらりんこ)だったからだ。もっとも、普通に考えれば、一介の高校生がプロライダーのひしめく上位陣に食い込むのは簡単な事ではないのだが。


「カワサキ」を象徴するライトグリーンの車体に、薄紫色を基調としたライダースーツが映える。華奢な体つきでは、マシンをコントロールしていると言うよりも、何とかしがみついている様にしか見えないのだが、実際は驚くほどのスピードでサーキットを駆けている。

 緩くウェーブの掛かった、淡い紫色にも見える髪は今現在、ヘルメットの中に閉じ込められている。覇気を感じさせない半眼となった眼差しは、力なく前方を見つめているのだが、そこに浮かぶ薄い赤紫色の瞳が前方を行く2台を捉えて決して離さない。


(……あと7周ある。……いえ、あと7周しかない? ……このまま追走すべき? それとも、早めに仕掛けるのが良い? いえ、でもマシンの状態は……)


 普段からブツブツと呟いている凛子は、自問自答でもすぐに解答を見ない。延々と思考を巡らせながら、常に最適解を求めている様は、周囲から少し引かれている。もっとも彼女が本当に引かれている理由は、そこにはないのだが。


『そしてその後ろをおおぉっ! ゼッケン26が狙っているぞおおぉっ! ヤナハレーシングファクトリーのおおぉっ! 間宮選手だああぁっ!』


 先頭集団4位を走るのは、ヤナハレーシングファクトリーの国内250CCクラスエースライダーを張る、間宮乃彩(まみやのあ)だった。奇しくもここまでは、国内4大メーカーのマシンがそれぞれ頭を突き合わせてトップ争いをしている状況だった。

 そんな中で乃彩は、特に小柄な風体だった。それこそ背丈だけで判別すれば、小中学生に見えなくもない。マシンを駆る姿などは、凛子よりも危うさを感じさせるほどだった。

 しかし、そんな彼女の体のラインは明らかに凛子よりも女性らしい。それだけを見るならば、身長からの対比を考慮して、先の3人よりも遥かに艶めかしいと言えるだろう。


(今年こそぉ、少しでも上のランキングを獲得してやるんだからぁ)


 昨年の成績は、全体で26位。しかしこれは、彼女の実力を出し切っての結果ではない。去年彼女はレース中に事故を起こし、怪我を負いそのままシーズンを終えた経緯を持つ。前半が好成績だっただけに、とても悔しい思いをしたのは間違いない。

 乃彩の喋り口調は、その身長からくる一見すると幼い印象も相まって、どこか子供のようである。恐らくは、その風貌に引きずられているのだろう。今年20歳となった女性とは思えないほど幼さを感じさせるものだった。

 そんな彼女でも、闘志だけは年相応とでも言おうか。彼女もれっきとしたプロであり、レースにかける執念は相当なものだった。


(でもぉ……まだ仕掛けられないのよねぇ。……勲矢さん、まだ余力があるしぃ)


 しかも周囲をさらに混乱させるのは、その話しぶりからは想像できないほど冷静かつ客観的な考察が可能で、どこか達観している印象があることだろう。このギャップが、相手を困惑させる原因でもあった。


 各ワークスチームのエースライダーたちが鎬を削る中で、それを猛追するのがセカンドグループだ。


『レースはまだ中盤を終えたばかりいいいぃぃっ! 第2グループにも頑張ってもらいたいところだあああぁぁぁっ!』


 激しくトップ争いを続ける第1グループの僅か十数メートル後方には、それを追随するグループが存在した。本当ならばその集団には、各プロチームのトップクラスライダーが揃っていてもおかしくはない。だが実際には、それはいい意味で裏切られていた。


『そんなセカンドグループの先頭をいくのはああぁぁっ! 翔紅学園3年生いいぃぃっ! 本田千晶選手うううぅぅっ! 現役の女子高校生が来たあああぁぁっ!』


 場内実況がこれでもかと絶叫して紹介すれば、スタンドは怒号の様な歓声が沸き上がった。彼女の存在は、複数の理由から多くの観客を味方にしていると言える。

 その最もな理由は、間違いなく学生の身分という事だろう。あらゆる面で不利である学生が、プロのライダーに交じって上位に食い込む実態は、日本人の特性である判官びいきを誘発する。

 その他にも彼女のファンは多く、その麗しい容姿や、本田一族に連なる血縁と言う話題性など、レースファンでなくとも注目してしまう要素が多い。

 だがその中でも特に抜きん出て注視されるのは、やはりマシンの性能差を埋める奮闘だろう。実際このレースに参加している同じ高校生ライダーで、セカンドグループで戦っている者は他にいない。

 プロのワークスチームと同じスペックのマシンを貸与される学校も少なくないのだが、やはりアマチュア……とりわけ学生の身では、何よりも技術力で大きく見劣りする。マシンは同等でも、環境は決して同じではないのだ。

 それでも多くのプロを抑えて健闘しているのだから、彼女に注目が集まるのは必然だろう。

 第一宗麟高校の佐々木原雅は現在9位で第3グループにて健闘しており、他には剋越高校の西島喜久李、捷報学院の藤堂香蓮は第4グループである。それでも十分に奮戦していると言えるのだが、千晶の活躍でどうにも霞んでしまっていた。


 そんな本田千晶だが、第2グループ先頭におり、虎視眈々とトップを狙っていた……という簡単な状況ではなかった。


(あと……7周……)


 呼吸は荒く殆ど思考が働かなくなりながらも、彼女は持てる闘争心を奮い立たせて、ただ前だけを見つめてマシンを前へと進ませていたのだった。


鍔迫り合いを繰り広げる各チームのエースライダー達。

様々な思惑や策謀が渦巻く中で、本田千晶だけはその渦中に入れない……いや、入らないでいた。

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