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遥かなるチェッカーの先へ LAP2  作者: 綾部 響
8.エピローグ
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激戦終えた日常

インターハイ、そして新人戦は終わった。

多くの者たちに色々な想いを植え付けた激闘ではあったが、これは彼女たち学生にしてみれば、1つのイベントに過ぎない。

そして彼女たちには、本来の日常が戻って来る。

 激闘のインターハイ新人戦、そして怒涛の本戦が終了して、千迅たちには日常が戻って来た。プロも使うようなレーシングマシンを駆りレースを戦っている彼女たちだが、それ以外では高校生なのだ。授業もあれば……テストもある。


「あああぁぁ……終わったあああぁぁっ!」


 地獄の底から絞り出すような声を出し、大きく伸びをしているのは篠山貴峰だ。彼女の声からは、全ての重荷が解き放たれたような解放感と、それと同等の疲労感が聞き取れる。


「ちょっと、貴峰。少しは女の子らしくしなさいよね」


 そんな貴峰に眉根を寄せて注意をするのは、同級生である井上沙苗だった。


 彼女たちが通うのは女子高であり、異性の目を気にする事は無い。だからだろうか、この学園に通う生徒たちは、どこか気遣いのない開放的な気分で過ごしているのだが、その反面女性的な慎みが損なわれている。

 今の時代に男性女性と気にする方が錯誤的なのだが、そこは日本人の刻まれた文化や性質なのだろうか。過度に逸脱した態度は、同性からも忌避されるのは仕方がない。


「もぅ、分かってるよぅ。それでも、やっとテストが終わったんだから、少しぐらいは勘弁してよね」


 反省を口にする貴峰だが、それでもその色は薄かった。それだけ、肩の荷が下りて気持ちが楽になっているのだろう。


「まぁ、気持ちは分かるけどね。でも、流石にさっきの態度はちょっと……引くわよ」


 貴峰に同意を見せるも、困惑気味に口を挟んだのは紅音だった。それほどまでに、さっきの貴峰の態度と台詞は引くものだったのだ。


「もぉ……勘弁してよぉ。……あぁあ。でも、今回のテストは免除なんて、千迅が羨ましいなぁ」


「貴峰……それは……」「……もぅ」


 紅音にも突っ込まれてシュンとする貴峰だったが、そのまま続けたセリフには沙苗が更にドン引きし、紅音は呆れる様な視線を向けていた。


「あ……れ……? あは……あはははは……」


 流石に自分の発言にまずい部分があったと自覚したのか、貴峰は周囲の空気を感じると、それを誤魔化すように乾いた笑いをしたのだった。


 貴峰の言う通り、千迅は今回の期末テストは諸事情(・・・)により免除となった。本来ならば後日再テストと言う流れなのだろうが、彼女の容態からは12月中の実施は難しい。そこを考慮し、普段の成績を鑑みて(・・・・・・・・・)の特別処置となったのだった。

 ちなみに、レースでは奔放……と言うよりも理解が及ばない千迅だが、普段は至って真面目であり、成績も優秀なのだ。


「そ……それよりも、冬休み前にはアレよね……アレ!」


 失言続きで分が悪いと察した貴峰は、思い出したように話題変換を図った。


「あぁ、確かに」


「……そうね。でもその前に、アレがあるけどね」


「あっ! そうだったね!」


 先ほどから、彼女たちの会話には〝アレ〟しか出てこない。しかし不思議な事に、この3人にはそれだけで通じていたのだ。この辺りは、やはり現役の女子高校生のなせる業とでも言うのだろうか。


「まずは、全日本GP最終戦かぁ……。場所は『鈴鹿サーキット』よね? みんなは行くの?」


 この貴峰の発言は、自分の言った〝アレ〟ではない。紅音の告げた〝アレ〟の方である。

 1年を通じて行われる国内最大のオートバイレースであり、日本全国のサーキットを巡って全10戦を行い、獲得したポイントでその年の最も優れたライダーやチームを選ぶものだ。

 資格があればプロアマ問わずに参加できるのだが、やはり強いのはプロチームだろう。如何にマシンを供与して貰ったとしても、知識や技術でアマがプロに勝つのは難しい……のだが。


「もう……行くの? じゃないわよ。先輩たちが参加するんだから、殆ど全員が応援に行くのよ。前に説明があったでしょ」


「あ……れ……? そうだっけ?」


 貴峰の問い掛けに、呆れた口調で答えた沙苗だったが、当の貴峰は覚えていなかったのか頭上にハテナマークを浮かべていた。そんな彼女を見て、沙苗と紅音は小さく嘆息していた。


「翔紅学園からは、本田部長と新庄先輩がエントリーしているわね。本田部長は前年7位で、今年はスポットが多いけど優勝2回……。最終戦も、かなり注目されているわね」


 紅音の説明通り、全日本GP第10戦、最終戦「鈴鹿サーキット」には本田千晶と新庄帆乃夏が参加する。

 資格があれば誰でも参戦する事が出来るのだが、実力を満たしていなければ参加しても予選さえ通過できない。それを弁えて、各チーム、各校からの参加は厳選されたメンバーのみであった。

 本田千晶の参戦は誰もが納得する話なのだが、残念ながら本人が多忙である為、全戦を万全な体制で参加する事は出来なかった。本人は気にしていない素振りなのだが、周囲は惜しんでいるのが実情だった。


「それに、新庄先輩の注目度も高いわね。初参加でゼッケン16ってかなり凄いわよ。実際、成績も上位に食い込んでるし」


 次いで沙苗の説明通り、翔紅学園もう1人の参加者は、2年生の新庄帆乃夏だった。彼女の方は、日本GPに参戦している兼ね合いで、インターハイには参加していない。もしも帆乃夏が参加していれば、総合成績での結果は違ったものになったかもしれないだろう。


 新庄帆乃夏は、本田千晶も認めるほどの天才肌を持つライダーだ。その能力が十全に発揮されれば、全日本GPを制する事さえ可能ではないかとも言われている……のだが。


「前々走はリタイヤで、前走は棄権不参加かぁ……。先輩、成績が安定しないのよねぇ……」


「まぁ……確かにね」


 先輩の批評に対してみれば、貴峰の台詞は適切とは言い難い。沙苗もそこを突っ込み知所ではあったが、貴峰の言っている事も的を射ていた。何よりも、ここは教室であり当の先輩たちもいない。


「でも、初戦と3戦目の圧倒的なレースは記憶に新しいわ。あの走りが発揮されれば、次のレースは分からないわね」


 帆乃夏は、天才にありがちな所謂……気分屋でもあった。嵌った時は空恐ろしい程のスピードを見せるが、そうでなければ凡夫を思わせるほどに冴えない。

 しかもその気分が、本人次第と言うのだからどうにも手に負えないのだ。バイクやレースが苦手だとか嫌いと言う訳でもないのだ、周囲もどのように彼女のモチベーションを上げればよいのか分からないと言うのが実際だった。


「でもでも、次のレースはあの『鈴鹿サーキット』だからねっ! バイク乗りなら、テンション上がらない訳がないよっ!」


「鈴鹿サーキット」という名称を上げただけで、貴峰のテンションは上がっておるのだろう。これまでよりも大きくなった声で、期待と羨望の眼差しを浮かべて沙苗と紅音に話す。そして沙苗と紅音も、それに頷いて同意したのだった。


 三重県鈴鹿市にある「鈴鹿サーキット」は、世界に名だたる、日本を代表するサーキットだ。

 全長約5,800m、メインストレート800m、バックストレートに至っては1,200mを有する。高速サーキットでありながらも、テクニカルで難易度の高いコーナーを幾つも備えていた。まさに、日本が世界を見据えて作ったサーキットと言って過言ではないだろう。

 実際、幾度ものワールドGPや国内、国際大会が催されており、2輪4輪問わずに、ライダーやパイロットならば憧れてやまない〝聖地〟であろうか。

 そのような理由から、流石の新庄帆乃夏も次回はやる気を見せるだろう……と、貴峰たちは考えていたのだ。……もっとも、帆乃夏の性格からそれも怪しいと思える一抹の不安もあるのだが。


「……鈴鹿……サーキット」


 貴峰と沙苗が、次のレースについて盛り上がる中で、紅音は別の想いを馳せて小さく呟いた。

 いずれは自分も、鈴鹿サーキットで走りたい、戦いたい。……と言った憧れではない。

 紅音の抱いているのは、現実として自分が走ったならばという妄想……と言うよりも、イメージトレーニングだった。

 未だ実際に走った事は無い。だから、あくまでも分かる範囲でも想像の域を超えない。


(……来年は!)


 それでも彼女は、明確なビジョンを抱いた上で、目標とするサーキットの攻略を頭の中で練っていたのだった。


学生においての年内最大のお祭りが終わっても、次に来るのは日本最大級の大祭だった。

バイクレースに携わる者すべてが憧れ期待する日本GP最終戦が、いよいよ始まろうとしていた。

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