死闘、のち、激闘
劇的な幕切れとなった新人戦決勝。
コース上で座り込む形となった千迅、紅音、亜沙美の3人の元には、慌ただしく救急隊員たちが駆け寄るのだった。
つくばサーキットホームストレート、その中央で転倒した紅音、千迅、亜沙美は、そのまま大会運営の指揮する救護班に保護された。
救護所で行われた検査では、高性能なライダースーツに身を包んでいた事が幸いしたのか、亜沙美は殆ど無傷であった。
しかし無茶な行動を取った紅音は、左足首を捻挫しており、体中に打撲痕がついていた。それでも、重傷と言うほどではない。
「至急、緊急入院が必要だ!」
「患者の受け入れ状況はどうなっている!」
「指定病院に空きがあります! そちらへの搬送を!」
「患者の意識レベルは300です!」
だが千迅は完全に意識がなく、救急隊員が忙しなく動き回り、矢継ぎ早に応答を繰り返している状態だった。
大きな外傷はなく、極度の疲労と精神的な消耗による昏睡は、救急隊員の診察で分かる範囲で、安堵できる要素など一つもないのだから仕方がない。千迅はそのまま救急車で、大会運営の用意していた病院に搬送された。
ちなみに、念の為に検査を行う為、この救急車には紅音と亜沙美も同乗している。……そして。
「この選手の所属する学園の監督ですね? 詳しい話を聞きたいので、同乗をお願いします」
「わかりました。美里、後はよろしくね?」
「……ああ、任された」
責任者として、本田千晶も同行する事となったのだった。
千晶は事後を美里に任せ、救急車に乗り込む。それと同時に、けたたましいサイレンを発して、千迅たちを乗せた救急車は発進した。
「……さぁ。閉会式と、撤収準備だ」
後を任された美里は救急車両を見送ると、不安げにその様子を見ていた翔紅学園生徒たちに指示を出した。生徒たちはそれぞれ返事をすると、自分たちの仕事へと帰って行ったのだった。
今年度の新人戦表彰式は、正しく形式だけのものとなってしまった。着順で1位から3位の選手が不在なのだから、これは仕方が無いと言えるだろう。
「あらあら……。何とも寂しい表彰式になっちゃったわね」
その様子を見て、第一宗麟高校の佐々木原雅は、サーキット全体に目をやりポツリと呟いた。誰かに話しかけたものでは無かったが、それに反応した返事が聞こえる。
「……でも、稀にみるレースだったわね」
雅に返答をしたのは、横に控えていた小清水明楽だった。彼女もまた、感慨深そうに周囲の状況を見つめている。
物足りない表彰式だったが、会場には未だに多くの人々が残り、どこか騒然としていた。劇的……ではなく衝撃的な幕切れに、観客たちはその場から去るタイミングを逸した状態だった。
「確かにな。うちの亜沙美が苦戦して、まさか負けるなんて思いも依らなかったぜ」
雅と明楽の会話に割り込んできたのは、剋越高校の西島喜久李だった。この表彰式では、特にチームごとの整列や立ち位置は決められていないので、誰が何処にいてもおかしな話ではない。
「確かに、亜沙美ちゃんは素晴らしいライダーだけど、レースに絶対はないんだから、驚くほどの事でもないんじゃない?」
揶揄うようなおどけた口調で、雅は喜久李にやり返した。そんな事は言うまでもない話なので、これはどちらかと言えば相槌に近いだろう。
「まぁ……な。でもよ、それくらい亜沙美の実力は飛び抜けていたんだよ。……贔屓目なしでな」
喜久李の方もそれは納得していたようで、雅の指摘にいちいち目くじらを立てる事は無い。そんな彼女の返答には、雅も聞くところがあった。
「そうねぇ。確かに今回は、色んな意味で盛り上がっちゃったわねぇ」
このままだと、只管に亜沙美を称賛する話題となりかねない。周囲の目など気にしない喜久李とは違い、下級生たちの耳がある事も考えて、雅はやんわりと話題転換を図った。
「はっははっ! こりゃあ、本戦は稀にみる盛り下がり方になっちまうなぁ!」
終盤まで激しいデッドヒートを見せ、しかも最後は3台が絡んだ大クラッシュだ。盛り上がると言うか騒ぎになったと言う方が正しいのだが、全体で見れば雅や喜久李の言い様も間違いではない。
「完全に話題を持っていかれたわねぇ。選手たちのモチベーションに影響しなきゃ良いんだけど……」
頬に手をやり、本当に困った仕草を見せる雅だが、その顔はそれほど困った風には見えない。それでも、選手たちのやる気や集中力に波及しないかと心配なのは、各校の最上級生でチームのキャプテンでもある彼女たちには懸念事項でもある。
「まぁ、発破をかけるのも俺たちの役目だからな。今晩にでも、出場選手たちに気合を入れておくさ」
インターハイ3日目は、各校主力が参加する本戦のフリー走行。そいて4日目は決勝本戦となる。そのフリー走行から気が抜けていれば、本戦ではまず結果を出せないだろう。
「……そうね。出場しない私たちの分まで、彼女たちには頑張ってもらわないとね」
雅や明楽、喜久李も3年生であり、出場しているバイク部の主将を務めている。本来ならば、主力選手として出場し、優勝を狙う立場にあるだろう。
しかし彼女たちは、既に日本GPに出場しており、コンディションやマシンセッティングはそちらに照準を付けている。掛け持ちをする者も皆無ではないが、その場合はどちらの方でも良い結果を残せていないのが実状だった。本気で勝ちを狙うならば、どちらかに比重を傾けるのが一般的だ。
「新人戦では翔紅学園に後れを取ったけどな。本戦では優勝を頂くぜ」
「……それは、こちらも同じよ」
「はっはは! そりゃあ、楽しみだ」
互いに軽口を叩き合いつつ2人は別れた。もっとも、双方の顔には会話程の軽さは浮かんでいない。
今回本戦での大本命は、翔紅学園でも第一宗麟高校でも、ましてや剋越高校でもない。今回の優勝候補は、日本GPへの出場を辞退した……と言うよりも出来なかった、ジェイドット・インターナショナル・ハイスクール日本校に所属する3年のアンナ=ナーシサスと、ローザンジラソーレ・ハイスクール日本校所属の2年生イリス=パンテーラの2名が二分していた。
共に海外出資の分校であるジェイドットハイスクールとローザンジラソーレだが、学生の大会への出場は認められている。在校生が留学生であっても問題ない。
ただし、日本GPなどのプロが参加する大会への参入は認められていない。故に、海外出資のインターナショナルスクールでは、在学中の最も大きな大会はインターハイとなるだろう。
日本GPなどに参加する為に出場を辞退する日本の学校の最上級生たちとは違い、海外出資の学園はこのインターハイに全力を投入して来る。ここに、大きな戦力の偏りが出来てしまうのだ。何せ、日本の高等学校所属のエースライダーたちは、間違いなく日本GPへ参戦するのだから。
雅も喜久李も、互いに軽口を交わしながらも、苦戦が必至のインターハイ本選を考え、思案を巡らせるのであった。
そして、決勝当日。
『今大会はああぁっ! 2台の激しいいいぃっ! デッドヒートとなりましたああぁっ!』
会場実況者の叫び通り、今年のインターハイ決勝は近年にない、圧倒的なスピードを見せる2台の競り合いとなり、観客を大いに沸かせていた。
『僅かに前を行くのはああぁっ! ローザンジラソーレ2年んんっ! ゼッケン2パンテーラ選手ううぅっ! そしてそれにいいぃっ、ピッタリと追走するのはああぁっ! ジェイドットのナーシサス選手だああぁっ!』
先頭は、大会前より注目されていたローザンジラソーレハイスクール所属の2年、イリス=パンテーラ。緩いウェーブの掛かったブラウンの髪を肩口で切り揃えるショートボブをしており、欧州人らしい美しく整った顔立ちと見事なプロポーションが特徴の女性だ。モデルと見まがう外見ながら、その攻撃的な赤い瞳は間違いなく競技者の風貌をしている。
そしてそんな彼女を僅かな差で追走するのは、ジェイドットハイスクール所属の3年生であるアンナ=ナーシサス。イリスと同じくウェーブの掛かった髪をしているのだが、こちらは腰まで届くほど長く、美しい金髪は色素が抜けているのか白金にも見える。透き通るような碧眼は水色にも見え、女神の様な風貌と相まって神秘的にも見える。
この2人は大会前から関係各誌で騒がれていたのだが、これまではその容姿が先行していた節があった。
しかし大会が開催されればその実力も注目され、今ではライダーとしても一目置かれる存在となっていた。
『そして今回の優勝はああぁっ! ローザンジラソーレハイスクールウウッ! ゼッケン2イリス=パンテーラ選手だああぁっ!』
最後まで抜きつ抜かれつのドッグファイトを繰り返し、チェッカーフラッグを受けたのはイリスだった。
コースレコードを何度も塗り替える激闘は、雅たちの懸念を余所に、間違いなく観客の記憶に残るものとなったのだった。
新人戦同様に、本選決勝は大きな盛り上がりを見せて幕を閉じた。
怒涛のインターハイが終了し、今年残されている大きな国内レースは……日本GP最終戦を残すのみとなったのだった。




