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遥かなるチェッカーの先へ LAP2  作者: 綾部 響
3.華麗なるライバル達
21/93

偉才、始動す

レースには出られない俊才、米田裕子の活躍により、予選では1番グリッドを獲得した千迅達1年生は大いに沸いていた。

周囲は多いの盛り上がっていたのだが、それを良しとしない存在も確かに存在する。


……ライバル校の選手たちだった。

 F.L.Tファステストラップトライアル午後の部も終了し、各校のタイムが出揃った。新人戦とインターハイ予選での順位が、これで確定した訳だ。


『……そして新人戦予選1位は……翔紅学園第一高校ぅ!』


 最後に翔紅学園の名が発表されると、開場からは割れんばかりの歓声が上がった。


「うわぁ……。凄い歓声だねぇ」


 会場中の観客が翔紅学園の応援と言う訳ではないのだが、それでもこの熱狂はそう感じさせるのに十分だった。実際、ポツリと呟いた貴峰もその驚きを隠しきれていない。


「そりゃあ、そうよ。数年ぶりにコースレコードを更新しての1位だったんだから」


 貴峰に答えた沙苗の台詞はどこか達観している様に聞こえるのだが、彼女とてこの場の雰囲気に呑まれているのは明白だった。


「でも剋越高校とジェイドット、ロジラ(ローザンジラソーレ)を抑えての1位って凄くない!?」


「確かにそうね。前評判では剋越高校が1番人気、次いでジェイドット・インターナショナル・ハイスクール日本校、ローザンジラソーレ・ハイスクール日本校だったものね」


 興奮冷めやらぬ千迅が、更に周囲の学友を煽るように告げると、比較的落ち着いた口調で紅音が応じた。もっとも、沈着に見えても紅潮している顔がそうでない事を物語っていたのだが。


「それもこれも、全部裕子ちゃんのお陰だね!」


 千迅は、高まった感情をそのまま今回の立役者へと向けた。当の裕子本人はと言えば、周囲のテンションの高さに圧倒されて逆に縮こまっており。


「え……と……。そ……そんな事は……」


 返答するその声も小さく、周囲の喧噪に掻き消されて何を言っているのか分からない程だ。

 しかし、そこは中等部からの付き合いがある一同である。こんな時の裕子が謙遜の言葉しか発しないと言う事は百も承知であった。


「もうっ! ここは素直に喜んで良い処なんだからねっ! コースレコードだよ、コースレコードッ!」


 それを知ってか、それともお構いなしなのか、千迅は裕子の肩に両手をやり飛び跳ねて喜びを露わとし。


「う……うん」


 そんな千迅や友人たちの歓喜に当てられたのか、裕子も頬を赤らめて頷いたのだった。




 翔紅学園の1年生が歓喜に湧き会場中が騒めいている最中、そうでない場所も僅かに存在していた。言うまでもなくそれは、剋越高校とジェイドット高校、そしてローザンジラソーレ高校の1年生たちだった。

 因みに、F.L.T新人戦ではジェイドット高校が2位、剋越高校が3位、そしてローザンジラソーレ高校が4位と、ここは下馬評通りの結果だったのだが。

 インターハイとは違い、新人戦では中等部からの経験よりも250CCへの適性がどれだけ高いかで結果は変わる。新人戦参加者のほぼ全員が不慣れな中で、特に新しいマシンへの順応性が高い者や、極まれに250CCの操縦を経験していた者などが存在し、事前評価が高い者はその辺りが加味されてのものとなるのだ。

 それだけに、今回のような大番狂わせや劇的なドラマが起こるのもまた、新人戦に多い話なのだが。


「……まさか、コースレコードを出されるとはね」


 しかし、そのようなドラマチックな結末に浮かれるのはその恩恵を受けた者達のみ。煽りを受けた側としては、到底看過出来ない話である。


「翔紅学園……。上級生は兎も角、新入生で話に上る様な選手なんていなかったのにねぇ」


 それが、優勝を目されている者達であれば猶更であろうか。


「……ごめんねぇ。私がもう少し速く走れていれば……」


 米田裕子はコースレコードを出したのだ。それを上回るには、当たり前なのだがコースレコードを上書きするほどの速さが求められる。そして剋越高校のF.L.T選手には、それほどの技量は今は無い。

 彼女のこの台詞は、単純に周囲の雰囲気と責任感から来るものだった。


「終わった事にウダウダ言ってんじゃねぇよ。兎に角、やられたからにはやり返すしか無ぇだろ」


 意気消沈な少女へ向けて、どこかきつめの台詞が投げ掛けられた。だがその声音に棘は含まれておらず、どちらかと言えば優しさまで感じられた。

 ただし、この西島喜久李(にしじまきくり)の言葉を聞いた一同の雰囲気は、先ほどまでの沈んだ空気からピリッとした気配に変質していた。彼女の言葉が、気持ちの切り替えに一役買っているのは間違いない。


「……亜沙美。明日はお前がこの会場を沸かせてやれ。……良いな」


 そして喜久李は、1人の少女へ向けてこう声を掛けたのだった。剋越高校バイククラブキャプテンである喜久李に声を掛けられたと言うのに、この少女は明後日の方向を……コースの方へと視線を向けて微動だにしなかったのだった。


 その少女は、まるで現実感を与えない存在としてそこに……いた。と言っても、存在感が希薄であるとか影が薄いと言った話ではない。

 まるで絵画を思わせる彼女の風貌が、見た者に実在の人物では無いと誤認させるとでも言おうか。

 夕焼けに照らされてオレンジ色に染まるサーキットを背景として、幽鬼のように肌が白く青味の強い髪を靡かせるその少女の輪郭だけが周囲より浮かび上がっているようだ。

 小さく端正な顔立ちは凛としており、そこに金色に見える瞳が浮かび上がり神秘的ですらある。

 本田千晶や佐々木原雅とはまた違った意味で、日本人ではなく欧米人のように整い制服の上からでも凹凸がハッキリとしスラリとしたシルエットは、まるでトップモデルの様だと言っても過言ではない。


「……ええ。任せておいて、キャプテン」


 喜久李に声を掛けられて、亜沙美は視点を固定したままそれだけを答えた。その様子からは、喜久李をぞんざいに扱っている様にも見える。

 そんな亜沙美の返答を聞いて、周囲の1年生たちが動揺……ハラハラとしながら2人に視線を向けていたのだった。


 ―――剋越高校1年生、木村=ヴァルヌス=亜沙美。


 見た目通り純粋な日本人ではなくドイツ人の母親を持つハーフであり、数か月前に日本へと戻ってきた帰国子女である。とは言え、生活した時間としては母の生国であるドイツの方が長いのであろうが。

 だからだろうか、亜沙美には日本の先輩後輩と言った関係やそれに付随する言葉遣いを気にしている様子は無い。喜久李を始めとした周囲の者達も、亜沙美についてはそう言った事情を加味して特に注意する者もいなかった。

 もっとも、亜沙美は日本の文化や慣例について父から随分と教育を受けており、実は敬語や丁寧語も流暢に使えた。ただそれをしないのは、単に彼女の性格と言って良いのだろう。

 しかし、それを周囲で見せつけられる同級生は堪ったものでは無い。亜沙美の言動でいつ上級生が爆発し、そのとばっちりが来るのか分かったものでは無いのだから。


「……はん。頼もしいこった。まぁ……その台詞も実力に裏付けられてって事か」


 だが少なくとも、喜久李は亜沙美の物怖じしない態度を好ましく思っている節があった。亜沙美の返事にも何ら気にした様子は無く話を続けていく。


「翔紅学園にもジェイドットにも、それにローザンジラソーレにも1年生で見るべきライダーはいないわ。F.L.Tでは残念だったけど、それも3位通過なら全く問題ない」


 話を続ける亜沙美は、一向に喜久李の方へと顔を向けようとはしない。明らかに失礼な態度なのだが、やはりそれを喜久李が気にしているようには見えなかった。

 ただし、亜沙美が喜久李を嫌っていると言う事実は全くなく、どちらかと言えばウマが合ったと言えるほどに仲は良い方だ。


「……それよりも、先輩方の方が問題なのでは? キャプテンはインターハイに出ない様だけど、翔紅学園の新庄帆乃夏(しんじょうほのか)、ジェイドットのアンナやローザンジラソーレのイリスに張り合える人材はいないでしょう?」


 そうは言っても、亜沙美の更に続けたその台詞に、1年生一同は今度こそ本当に凍り付いた。どこの学校でも、目上の者をあからさまに詰る言い方は不評しか買わない。その結果、有難い説教や熱心なしごきと言った報復を呼び寄せる事となるからだ。


「はっはぁっ! 新庄とアンナとイリスかぁ! 確かにあいつ等は速ぇよなぁ。私以外でまともに張り合える奴ぁいねぇかもなぁ。……なぁ?」


 それでも、亜沙美の発言は喜久李の機嫌を損ねるようなものでは無かった。それどころか彼女の台詞を受けて、喜久李は傍に控えている同級生へと亜沙美への回答を振ったのだった。

 それを受けて彼女達は「ははは……」と乾いた笑いしか浮かべられないでいた。


 日本GPに参加している選手は、行程的にインターハイへは出場していない。現役高校生である本田千晶、佐々木原雅、小清水明楽、藤堂香蓮は各校のエースライダーであるにも拘らず、インターハイ出場を見送っている。そして西島喜久李もそうだ。

 彼女達のほかに突出したライダーが所属しているならまだしも、そうでない学校は苦戦を免れない。亜沙美はその事を指摘しており、喜久李もその事を認めていたのだった。


「まぁ、3年生はこれが最後の大会になるかも知れねぇんだからな。悔いが無い様にベストを尽くして貰うさ」


 居心地の悪い沈黙が続く前に、喜久李がまとめに入った。亜沙美の言ったインターハイへの対策と言うよりも、その内容は半ば諦めていると言って良いかも知れない。負けず嫌いな喜久李であっても、圧倒的なライディングセンスとタイム差はどうしようもないと言った処か。


「……けど、だからこそ亜沙美。お前には勝って貰うぞ」


 言外に負けは認めないと言っている喜久李の言葉。それは、先ほどまでの亜沙美の無礼な態度に対する対価の様でもあった……のだが。


「無論、そのつもりよ」


 まるで臆した様子もなく、亜沙美は喜久李へ向けて言い切ったのだった。


圧倒的な雰囲気をまき散らし、亜沙美は静かに燃え上がる。


そして翌日、新人戦予選本線。


その場の観客を驚かせる様々な展開が待ち受けていた!

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