Merry-Go-Round
千晶の策略により、終盤にきてレースは混戦模様を見せていた。
しかし、全てが千晶の思惑通りに進む筈がない。
那美に追い縋られた26周目に僅かにペースを落とし、その結果として3位グループも取り込んで混戦とする。千晶の作戦は見事に嵌り、彼女の画策した通りになっていた。
「……行かせてもらうわ」
「……ちっ。そう簡単に行かせる訳が無いだろう」
千晶のすぐ後ろでは、那美にS字コーナーで追いついたSRCの岸本美紗が、自身の駆るRGBγ二式改を前方のNFR250Ⅱのイン側に潜り込ませようとする。しかし那美はそれを許さずイン側を締め、順位変わらずに第一ヘアピンをクリアしていた。
残り周回数も僅か。少しでも早く、1つでも順位を上げたいのは他のライダーとて同じ事だろう。
だが気付けば、千晶に襲い掛かっていた那美は後続のアタックを受けてそれどころではなくなっていたのだった。
単独で走っている場合ならば、自分がどれくらいのタイムで走っているのかはかなり正確に分かるだろう。それがトップライダーだ。
しかし、これがドッグファイトとなるとその限りではない。いや、正確に知ろうとする方が難しいだろう。
無論、あからさまにペースがダウンしていればそうと察する事が出来るのだが、ここにも千晶の罠……惑わせる走法があった。
コーナーではわざとスピードを緩め、ほんの僅かな隙を作る。それは、那美でなければ分からない程に些細なものだったが、前へと行きたい那美はそれに反応した。罠として用意された隙だったのだが、様々な要因が那美にしてそうと思わせなかったのだ。
千晶のマシンは疲弊している。タイヤは摩耗が激しい。間違いではないがそう思い込んでいる那美の眼前で千晶が僅かな隙を作り出せばそう考えても仕方が無いだろう。
そして、千晶の注文通りに那美が仕掛け、千晶はそれを防ぐ。隙がほんの僅かであるだけに、分かっていれば防ぐのも難しくは無かったのだ。
無論、日本最高峰のライダーの仕掛けを防ぐのは簡単ではない。だが、千晶はその那美が一目置く存在なのだ。
そして短いストレートでは最高速度で対応する。こうなると、コーナーでの意図的な減速など分かる筈が無かった。
更に、那美の強引な仕掛けは彼女のマシンにも無理を敷き消耗を助長させていた。
これにより、僅か1周とは言え後続が追い縋る程度にまでペースダウンする事に成功したのだった。
集団は千晶を先頭にして、第二ヘアピンに突入していた。ここまで、千晶が那美からアタックを受ける事は殆ど無かった。
那美も、早く千晶に仕掛けたいのは山々なのだが、後方より迫る美紗を防ぐのも簡単ではない。スズキワークスチームのエースライダーであり、マシンもライダーも一流なのだから当然だろうか。
「おっらあぁっ! どっけぇっ!」
「……荒いね」
そうと思えば、4位にまで上がってきている剋越高校の西島喜久李が美紗へ攻撃を仕掛けた。白を基調としたRGBγ二式改と、緑色のパーソナルカラーを持つカワサキ〝ZXR-09RR〟が瞬間的に横並びしようとする。
もっともここは美紗の台詞通り、強引に外側から仕掛けて来た喜久李をあっさりと抑えて、美紗のマシンを先にして第二ヘアピンを立ち上がったのだが。
「くっそぅっ!」
口惜しさを口にしつつ、喜久李は美紗の後塵を浴びながらバックストレートを疾駆する。そしてそれもそう長い時間ではなく。
「前ばかりに気を取られていては、隙だらけですわよ」
「ちくしょうっ!」
ストレートの終わりに、喜久李の僅かに見せた隙を突く様に5位を走っていた藤堂香蓮が果敢に攻めて来た。感情的であるがゆえにムラっ気の多い喜久李の油断を突いたアタックだったのだが、それが見事に成功する。
大きく回り込むような最終コーナーを立ち上がった時点で、香蓮のRGBγと喜久李のZXRは順位を入れ替えていたのだった。
「きっとチャンスは来るはず。ここは……まだ様子見ね」
そしてその後ろ、6位の位置では、佐々木原雅のYWR250Rが息を潜めて機を伺っていた。眼前の目まぐるしい動きを見て彼女も気が逸ってはいるものの、何とか自制して無理をせずに〝その時〟を待ち構えていた。
因みに、同じく第一宗麟高校3年の小清水明楽は現在10位と、順位は上げているもののトップ争いからは大きく脱落していた。
「……くそ。……くそ」
明楽はヘルメットの下で、小さい声量ながらも呪詛のように繰り返していた。学生でありながらもこの順位は健闘していると言って良いのだが、これは理屈の問題ではないのだから仕方がない。
そして、レースは28周目に突入する。残すところは後2周だ。
このまま行けば千晶の作戦勝ち。見事にチェッカーを最初に受ける栄誉を賜るのだろうが、流石にそう簡単には終わらない。
「ここだ!」
「……鋭い!」
第一コーナーの立ち上がり勝負で、那美が千晶に仕掛けて来たのだ。後方より美紗に迫られてその対応にも追われる中で、それでも彼女は千晶を抜く算段を立てていたのだった。
そして、その攻撃も決して投げやりなものでは無く、千晶をして僅かでも対応を誤れば抜き去られてしまう程に強烈なものだった。
「……ちっ」
しかしそれでも、千晶は何とか那美の頭を押さえて第一ヘアピンに突入する事が出来ていた。そしてここでも、千晶の作戦がジワリと効いていた事になる。
千晶と那美のドッグファイトの際に、千晶が見せた僅かな隙とそれに食らいついた那美。このやり取りのせいで、那美のマシンやタイヤは本人の想像以上にダメージを受けていたのだ。
これにより、那美のアタックはほんの僅かだが精彩を欠くものとなっていた。ただしそれは、千晶の方にも同じ事が言える。
(後……2周……)
ダメかとも、無理だとも口にはしないものの、千晶も今の状態でどれだけ後続を抑える事が出来るのか疑問を抱くほどだった。
今は那美も、後方から繰り返される美紗の攻撃に気を取られているだろうが、冷静に観察されれば一気に看破されてしまうだろう。
各車がペースダウンを余儀なくされる最終盤だからこそ目立たないが、千晶のマシンは限界を迎えようとしていた。
バックストレートを疾走して最終コーナーへ。それぞれに目まぐるしく順位が入れ替わり、最終コーナーを立ち上がる際の順位は1位千晶、2位那美、3位美紗、4位雅、5位香蓮、6位喜久李となっていた。ここに来て、雅のYWRが一気に順位を上げて来ていた。
そしてレースは、いよいよファイナルラップに突入する。泣いても笑っても、この1周で勝負は決するのだ。
「……いい加減、前を譲ってもらうわ」
最初に仕掛けたのは美紗のRGBγだった。パールクリーム色のカウルが光を反射して鋭い動きを見せる! 彼女の狙いは第一コーナー。そのツッコミで前を行く那美のインを取ろうと言う算段だ。
「勝負に来たな!」
その気配を察して、那美もインを固める動きを見せる。ここで美紗が退けばこれまで通りの展開となるだけなのだが。
「ここは……退かない」
いよいよ那美のマシンがバンクすると言うタイミングとなっても、美紗は前輪を那美の車体半分ほどに食い込ませたまま退く素振りを見せなかったのだ。このままでは接触の危険さえ孕んでくるだろう。
「それで私が!」
思わずマシンをバンクさせる行動を躊躇し、ともすればそのままインを取られてしまう様なタイミング。だが那美はそれに一歩も退かずに、更に被せる様な動きを見せたのだ。
「……正気!?」
完璧な……相手を退かせるには申し分ないと思われるツッコミだったにも拘らず、それでもマシンを退いたのは美紗の方だった。互いにラフなコーナーリングではあったが、これはどちらかと言えばチキンレースの類の話だ。そして今回の勝負では、美紗が退いた事により負けとなる。
「そう来ると……思ってたわっ!」
そしてそれを後方から見ていた雅は、美紗の減速とそれによるラインの揺らぎに付け入り、一気に美紗のインを取った。
「……これを狙って!?」
自分のライン、タイミングでないブレーキングやコーナーワークでは、後方より機を伺っていた雅のマシンを封じる事は出来ない。この攻防で、雅は3位に浮上したのだった。
そして雅と美沙の攻防で、千晶と那美の戦いにも変化が訪れようとしていた。
目まぐるしく入れ替わる順位。
そして、レースはとうとうファイナルラップへと突入する。
果たして、いかなる結末を迎えるのか?




