戦争のプロパガンダ 10の法則 著:アンヌ・モレリ
夏休みの読書感想文を提出します。
● 戦争のプロパガンダ 10の法則 著:アンヌ・モレリ 訳:永田千奈 草思社文庫 定価800円+税 ●
騙されることが嫌いである。まぁ、騙されることが好きな人はいないだろうが。
騙されないためには、騙しの常とう手段を知ることが大切である。
そこで、本屋で平置きされていた、この本に興味を持ち購入した。
この本の冒頭を読み始めると、そもそもプロパガンダとは何かという定義が書かれていなかった。
辞書をみてみると「宣伝。特に政治的意図をもって行われる主義、思想などの宣伝」、とのこと。
どうやら特定の方向へ考えを誘導するための宣伝活動をプロパガンダと呼ぶようだ。そこで引用される情報が虚偽でなく、事実であっても、特定の方向へ思考を誘導するような宣伝をプロパガンダと呼ぶようだ。
てっきり、虚偽のものに限るのかと思っていた。
せっかくの機会なので、読み始める前にロシア・ウクライナ間の戦争における、それぞれの当事国のプロパガンダを調べてから読み始めてみよう。
ロシアの主張
・ウクライナはわが国の歴史的な土地に対して攻撃を画策していた。
・NATO加盟国はわが国の隣で軍事開発を進めた。
・ウクライナは東部と西部で文化が異なる。
・ウクライナ東部の人達は、自分たちがロシア人であると考えている。
・ロシアに統合されることを望んでいる。
・ロシアは誠実に交渉しようと、双方の利益のため妥協を模索するよう西側諸国に呼びかけた。しかし、すべてが無駄だった。
・ウクライナが核兵器を手に入れる可能性がある。
・ロシアは敵対行為に対して先手を打ったのだ。やむを得ず、今やらなければならない唯一の正しい決定だった
・ロシアとウクライナは歴史的に一体だった。
・ロシアは常に平等な安全保障のシステムを作ることに努力してきた。
・NATOの諸国は我々のいうことを聞きたくなかった。
・キエフ政権は、核兵器をもつ権利まで主張している。
・ロシアのすぐ近くに大きな脅威があった。
・NATOから多くの軍事顧問がウクライナに入り教練して、軍事インフラが整いつつあった
・ロシアはこのような暴力に先手をうって土地をとった。
・ロシアは多くの民族の伝統を大切にしている。しかし、それを打ち砕こうとする試みがある。
・ドンバスで戦っている人々は、ナチスから国を守るために戦っている。
・私たちは、2021年12月に大きく譲歩することもいとわない提案をした。しかし、敵は私たちの歴史的な領土を切り離そうとする計画を作っていた。
・軍事作戦の目的は、ウクライナにより3年間、虐待と虐殺されてきた人々を救うこと。
うーん、何やらせっかく買った本を読む必要ないような気がしてきたぞ。典型的なプロパガンダの見本リストみたいなものができあがってきた。でも、これって視聴者がこれらをみたときに、典型的なプロパガンダと理解できるようにメディアで加工済の情報ではないか?
もし、私が渦中で生情報として接したときに、これをプロパガンダと認識できるか?単純に敵を打倒せよと興奮するだけかもしれない。
次はウクライナのプロパガンダを調べてみよう。とはいっても、日本ではウクライナが善の陣営の扱いなので、なかなか出てこないかもしれない。ウクライナのプロパガンダが、記事の形式で文字化されたものはほとんどなかった。そこで、Youtubeからゼレンスキー大統領の演説や講和から抜き書きしてみた。
ウクライナの主張
・ロシア軍の快楽のためだけにウクライナの民間人が殺害され、ロシア軍の戦車に押しつぶされている。
・ロシア軍は、我が国に貢献した人々を探し出し、意図的に殺害した。
・ロシア軍は一家全員を、大人も子供も殺し、遺体を焼こうとした。
・ブチャの出来事で交渉の可能性が閉ざされつつある。これは私の問題ではなく、ロシアの問題だ。
・大統領に就任してから最初の2年間でできる限りのことをしてきた。ロシアと協議し交渉するために、戦争を食い止めるために。
・ロシアが開始し、継続し、また停止したくない戦争だ。
・ウクライナは主権および領土を防衛し、平和のために戦っている。
・我々が武器を置いたら消えてしまいます。国家として国民として人として。
・ロシアは戦争の道を選んだ。ウクライナは平和のために戦っている。
・戦争はロシアのナショナルアイデンティティだ。平和はウクライナのナショナルアイデンティティだ。
さて、下調べはこの程度にして、本を読み進めてみよう。
以下、【 】は目次、『 』で囲った文は書籍に類似のことが書かれている。
それ以外の文は私の考え事である。誤りが含まれている可能性が大いにある。
著作権が気になるため、なんちゃって論評や考察を書くとはいえ、あまり本の内容そのものを書き写したくない。
本書の内容に興味を持った人はぜひ購入して、自分なりの考察をしてみてほしい。
【第一章 われわれは戦争をしたくない】
『これを口にしたのは、WW1終結後のフランス首相、太平洋戦争開戦時の東条首相、ローズヴェルト大統領。その他、ヒトラー、ゲーリング、WW2開戦時のフランス首相。』
今回のロシアとウクライナ両国とも、そのように言っている。
戦争を始まるときは必ず言わないといけない決まり文句のようなものらしい。
しかし、小説家になろうの歴史ものでは、あまりこの決めセリフをみたことがないな。
もし、小説でそのような描写をすると、読者が混乱するためだろうか?
リアルにはなるが、敵国を単純悪として描くほうがシンプルでわかりやすくなる。
【第二章 しかし敵側が一方的に戦争を望んだ】
『第二次欧州大戦時にドイツがフランスへ宣戦布告した引き金は、ロシアとフランスの動員令。これはフランスがロシアと行った裏工作とのこと。そして、ドイツの宣戦布告を待ってから、ドイツから突然敵意の表明があったと声明をだした。』
こうした経緯は知らなかった。つまりドイツにしてみれば、敵が明らかに戦争準備に入ったのをみて宣戦布告したということか。
実は、ロシアの動きが第一次欧州大戦のトリガーとして最も大きな影響を与えたとのこと。
なるほど、なかなかのものである。
【第三章 敵の指導者は悪魔のような人間だ】
『敵に顔を与えて敵対心をそこに集中される。これにより敵国で日々の生活を営む一般市民への共感を阻害する。戦争目的は、文化的、倫理的生活を取り戻すために、ただ一人の悪人をとらえることだとする。』
これは、わざわざ当事国がプロパガンダで流さなくても自然発生的にメディアから発信されているように思う。勝手にメディアが敵国に顔を与えて化学における熱暴走のようになっている。
ドラマティックであるほうが、読者の脳でドーパミンがどしどし分泌されて、結果として出版物が売れるためであろう。
戦意高揚に有用ではあるが、いざ敵国と和平や講和をしようとすると、敵憎しの世論に足元をすくわれて泥沼化しそうな危うさを感じる。
『敵指導者は、真実であろうとなかろうと、怪物かつ狂人として報道される』
プーチンを見るとわかりやすい。1年程前にロシアにおける新型コロナの報道では、新型コロナの対応に失敗してレームダック状態に陥り半ば終わりを迎えた指導者のようば扱いだった。
最近は、金満で酷薄で脳が病気の許されざる敵のように報道されていた。
最近は、脳が病気の話をあまり報道しなくなった。なぜだ?
さながらメディアによる勝手にプロパガンダという状況で、それはそれで物語として興味深くはあるが、事実と脚色をよくよく区別しないといけない。
そのように考えると、当事国も、メディアも、自らに利益を誘導するための事実と脚色の混合物を流布しているのであるから、疑似餌を食わないようにしなくてはならないだろう。
まるまるウソならわかりやすいが、真偽の混合比率が異なったり、事実であっても意図をもって一部情報がマスクされている場合もありうる。
『一番容易な方法は、相手を最悪の奴であるヒトラーに例えることだ』
そういえば、日本でも政治家の誰かがヒトラーに例えられて問題なっていたな。調べてみよう。
2016年2月 民主党の小川敏夫氏いわく、「安倍晋三首相はだんだんヒトラーに似てきた。」
2022年1月 菅元総理大臣が、日本維新の会について「ヒットラーを思い起こす」とツイッターに投稿。
他にも2014年に中国大使が、当時の安倍総理の靖国参拝を東洋のナチス崇拝と寄稿したとのこと。
よくあるプロパガンダであったか。気に食わない政敵がいれば、とりあえずヒトラーとの共通点を探せということだな。
しかし、これだけ典型的だと却って安っぽい典型的なプロパガンダとわかりそうである。
【第四章 われわれは領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う】
『経済効果を伴う地政学的な征服欲があってこそ、戦争始まる。だが、真の目的は国民に公表されない。』
それはそうだろう。民衆にも分け前を寄越せという話になる。
戦国時代の大名もなにかの大義を説明して農民を動員したのだろうか?あまり聞いたことがないな。
そういえば、戦国時代の日本は、不足する食料を周辺地域から略奪するために合戦をしていたのだったか。
それとも、戦国時代の農民たちは、単純に乱取りの期待で集まったのか?
『第一次世界大戦の参戦国には、それぞれの経済的な思惑があった』
敵対者同士の愉快な同床異夢。第一次世界大戦は、参戦国それぞれが打算と読み違えをしたのだったか。ちょっと興味深いしれない。もし、ロシア・ウクライナ戦争が第三次世界大戦へと進むなら、関係各国の打算と読み違えという点で、第1次世界大戦と共通点がでてくるのかもしれない。
『戦争の主題を見つけるのは難しい。しばらく考えていると名案が浮かんだ。我々は常に、自分のためではなく他人のために戦う。』
戦争指導者は、大衆の利他の心に訴えて兵士を募るわけである。
利他ほど崇高な精神はないからな。
しかし、他人に向かって利他を促し、吹聴するほど怪しい奴はいない。
要はやりがい搾取というか、タダ働きをさせたいのではないか?
人を使いたければ、相応のマネーを出せと思う。
『ズデーデン地方のドイツ系住民は、チェコ政府から被差別民族として扱われた。』
なるほど、ドイツが第一次世界大戦で失ったズデーデン地方を取り返したいと熱望したのはゆえなきものではなかったというわけか。
惨劇の幕あけであったのだが。このあたりは、プーチンのプロパガンダと共通点ありだな。
『時代を問わず苦しんでいる弱者に同情をするのは悪いことではない。だからこそ、大国は倫理的な主張をかかげ、「人道的介入」を行うことで、小国の政治に首を突っ込む。』
まるきり、ウクライナだな。しかし、西側諸国は、ウクライナ政治へ首を突っ込めているのか?
終戦後は、EU、米国ともにウクライナ政治へ首を突っ込みそうだな。
ただし、今のところ、ゼレンスキー大統領にポリコレを訴えらえて、結構いいように支援を急かされている気もする。
ロシア・ウクライナ戦争における、米国、英国、フランス、ドイツ、日本それぞれの利益は何だろう?
日本の利益は、中国への牽制だろう。
どのぐらい牽制になっているかわからないが、ロシアが短期決戦に成功したならば、中国が台湾へのばす食指はより活発になると考えられる。
一方で、長期戦となりロシアがやむなく総力戦体制へとつっこんでいくと、ロシアが疲弊する。
米国が中国へ戦力集中しやすくなるので、日本の安全保障環境が好転して日本の利益となる。
ただし、日本にとっては、不確実で消極的かつ抽象的な利益である。
ゼレンスキー大統領の国会挨拶を聞く限り、ウクライナ、日本双方とも建前同士のお付き合いといった感じの印象を受ける。とりあえず、互いに建前で十分という打算のようだ。味方よりの中立であれば合格点といった感じだろう。
米英独仏の利益は、ロシアの封じ込めと、東西の緩衝地域の東進あたりか?
そういえば、ウクライナは小麦の一大供給地域であったか。すると食糧安保的な側面もあるのだろうか?
敵の利害分析は、よく公開されているが、NATO側の利害分析はみあたらない。
NATOにどのよう利益があって、ウクライナを支援しているか?
ウクライナの鉱物資源は、鉄鉱石、石炭、マンガン、チタン、ボーキサイト。
ロシアからヨーロッパへ向かうパイプラインの8割がウクライナを通過。
NATOの東方拡大が関係あるのか?東方拡大すると何の経済的な利益がある?
NATOの影響範囲が広がっても、儲からなければ、単なるお荷物というのは間違った考え方なのだろうか。
NATOが支配領域をウクライナまで拡大すると、ロシアから安値で天然ガス等を調達できたりするのだろうか。それなら腑に落ちるが。なんの儲けがあるのか?なんだろう?このあたりは、今後、アンテナを張っておきたい。
『弾薬の商人がノルマを達成し、セメントの商人がそろそろ出番だと思いだしたころに戦争は終わる。』
ロシア・ウクライナ戦争の終戦後には、おそらく復興需要があるだろう。
またしても日本は金だけ出さされて、受注はEU企業がとるんではないか?
【第五章 われわれも意図せざる犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる】
この点はウクライナ、ロシア双方とも似たようなプロパガンダをしているな。
太平洋戦争中の日本での類似プロパガンダは、「撃て!この鬼畜米国」「彼等は叫ぶ日本人を殺せ!」あたりか。
このようなプロパガンダを意図的に政府が流さなくとも、民間で自然発生的に生じたり、それがマスメディアで増幅した歴史もあったとのこと。
しかも、歴史を紐解くと後になってデマであったことも多々あったようだ。
昨今、SNSで注目を集める目的でデマを流したりする輩もいる。
人間は、このようなプロパガンダを目にしたとき、思わず興奮して、敵を許せないという正義の燃える心がむくむくと起き上がってくるものだが、事実無根のデマで大興奮となるとあまりにも馬鹿らしすぎる。
『第一次世界大戦の昔と変わらず、感動的な実話が集まらないと、メディアは話を作ることも辞さない。』
伝聞調の話は怪しんだほうがいいだろう。あとで真実が明らかとなったときに、虚偽とは自分は知らなかったといいはるための予防線なのだから。
『味方陣営を表現する言葉 解放、民族の移動、墓地、 情報
敵陣営を表現する言葉 占拠、大量虐殺 、死体置き場、プロパガンダ』
なるほど、読者がわかりやすいように言葉の使い分けを重視している。
ものは言い方次第だ。
【第六章 敵は卑劣な兵器や戦略を用いている】
ロシア・ウクライナ戦争で、思い浮かぶのはドローンの使用だ。ロシア軍は大きな損害がでているという報道みたが、ロシア側の報道はどのようなものがあるのだろう。
調べてみたが見つけられなかった。全く言及していないということもないのだろうが、ロシア語ができないとロシアメディアの報道までいきつかない。
『どのような武器であれ、敵だけがもっており、自陣営がもっておらず、自陣営の敗北の原因となった武器は卑劣な武器である。』
『WW2の連合国側からみて、ドイツの潜水艦、毒ガスは卑劣な兵器である。
核兵器非保有国は核兵器の使用禁止を主張し、核兵器保有国は保有を仲間内にとどめるために核兵器ほ不拡散を主張した。』
なるほど。核兵器廃絶を主張するのは、核兵器使用に対する牽制という意味合いがある。合理的である。
さらに合理的に考えるなら、核兵器を保有していれば、自国で使用・不使用を選択できる。相互確証破壊の関係を築くことができれば、敵国が自国へ核使用をすることをけん制できる。もっていなければ、倫理観に訴えて牽制することしかできない。さて、倫理観に訴えることが敵国にどれだけ響くかである。選択の自由の非対称性とでもいおうか。
どうでもいいが、異世界転生による無敵チートとか、その世界の先住民にとってはアンフェアで卑劣そのものだな。それが、読者の感情移入先なら面白いけど、先住民が感情移入先になっている場合は、卑劣な敵に対する防衛戦争という視点のストーリーが作れそうだ。ウケナイだろうけど。
【第七章 われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大】
太平洋戦争中の大本営発表の定番だな。戦況が思わしくない時のプロパガンダの定番とのこと。すると、今はウクライナ、ロシアともに自国メディアで同じことを語っているのかもしれない。
『情報を伝えないこともまた、情報戦である』
我が国のマスメディアの十八番である。プロパガンダ手法など知らなくとも、自らの利益を考えると、当然に思いつく手法なのだろう。ちょっと、大本営発表とは実際にどのようなものであったかについて調べてみた。非常に何とも言い難い感想である。昔からあんまりかわってなくないか?
読者の興奮をあおって、新聞を手に取らせたいのがありありだ。
1942年6月11日 朝日新聞の見出し
東太平洋の敵根拠地を強襲
ミッドウェー沖に大海戦
アリューシャン列島猛攻
陸軍部隊も協力要所を奪取
米空母2隻(エンタープライズ、ホーネット)撃沈
わが二空母、一巡艦に損害
太平洋の戦局此一戦に決す
米、攻防の戦略起点 ”北方侵略路線”遂に崩る
太平洋戦争中の見出し
空母九隻を轟撃沈破
戦、巡等計二十三隻を屠る
敗敵急追、なほ猛攻中
昭和19年10月15日15時
台湾東方海面の敵機動部隊は昨14日 来東方へ向け敗走中にして我が部隊は此の敵に対し反復猛攻を加へ戦果拡充中
敗戦後の見出し
国民を犠牲にした国賊
人類への反逆者法廷へ
東條大将ら首謀者へ共同責任
東條大将以下A級戦犯二十八名はいよいよ…、その起訴状は二十九日各被告に手渡された。
今回起訴された戦犯者は日米開戦を決行した東條内閣の重要閣僚、陸、海軍統帥の最高責任者及び軍部の中核分子にして開戦政策遂行の原動力となったものや、極端なる国家主義…
2022年5月10日の各社見出し
日経新聞 プーチン氏 侵攻正当化 米欧との対立鮮明
読売新聞 プーチン氏 侵攻正当化 ウクライナ「戦果」言及なし
朝日新聞 プーチン氏 「戦争」宣言せず 戦勝記念日演説 侵攻を正当化
毎日新聞 侵攻「唯一正しい決定」 プーチン氏演説 「戦争」明言せず
ミッドウェー海戦については、海上戦であるため情報源が限られる関係上、誤った情報であるのは仕方ない面があるしかし、今も昔も我が国のマスメディアの煽り体質はかなり問題がある。戦後の東條元総理への批判など、メディアの手首の柔らかさがよくわかる。
たしかにロシアの侵攻は悪である。しかし、このようなことであると、自国政府、同盟国、敵対国、マスメディアのプロパガンダを見抜いて、一歩引いてみないと、いつの間にか踊らされていることになりかねない。とはいえ、情報源はマスメディアしかない。
すると、報道内容から煽り要素をろ過して事実が何かを見極めたうえで、ことの善悪や何が正義であるかは、自分自身の価値基準に照らして決めないといけない。
乗せられやすく迂闊な性格なので、気を付けないといけない。
『フランスの報道機関は、第一次欧州大戦のタンネンベルクの戦いでドイツがロシアに圧勝したこと知らないふりで通した。いまにもロシア軍がベルリンに到達するのを信じているかのように振舞った。』
『今でもマスコミが、例外なく「公式発表」に従い、自国側の損害規模を小さめに報じていることは明らかである。』
上記は、海外のマスコミについて言及されたもので、日本のマスコミに関して述べたものではない。おそらく、自軍の損害規模を正確に取材するのは難しいだろう。
しかしそれでも、この様子ではマスコミと政府は、互いの利益が一致する場合、双方にとって不利益な情報を国民へ伝えないことで、暗黙の裡に共犯関係を形成している場合が相当あるということではないか?マスコミは、不利益なことはあえて掘り返さず、余計なことを知らないことでアリバイを手に入れられる。
つまり、情報発信者の利益がどこにあるかを見極めて情報を検分してみないと、危ない兆候を見落としかねない。
【第八章 芸術家や知識人も正義の戦いを支持している】
『疑問1 知性、教養とは何か? 疑問2 なぜ、その精神、筆を戦意高揚プロパガンダに提供したか?』
『最近ではマンガもプロパガンダに利用されている』
何故協力したかというと、それが正しいと思ったからであろう。いや、正しいと信じたかったからか。ウクライナ・ロシア戦争で私が知っているのは、プルシェンコぐらいだ。西側メディアでは、ロシアの文化人の多くが戦争反対のように報道している。しかし、私が知らないだけで、ウクライナ侵攻支持のロシアの文化人が相当数がいるのだろう。
【第九章 われわれの大義は神聖なものである】
『近代社会では、民主主義、文明、自由、市場経済も宗教と同様に不可侵の神聖なものとしての意味合いで大義の主張のために使用される』
特にヨーロッパやアメリカの主張はそういった傾向が読み取れると思う。
改めて言われてみると、たしかにちょっと信仰と同じような文脈で用いられている。
【第十章 この正義に疑問を投げかけるものは裏切り者である】
『戦時において慎重に判断をおこなおうとするもの、公式発表に疑問を持つものは即座に裏切り者とされる』
怖いわ。そもそもこの本をいろいろと疑うつもり満々で買っているからな。
ある意味、他人が信じている戦争の大義を疑うのは、その人の信仰を否定するのと同じになるのか。
信仰となると、異なる意見をもつものは悪魔を信じる異教徒であり、議論の余地がないということになる。
『ユーゴスラヴィア空爆に関し、躊躇するものは批判され、疑問をさしはさむものは敵と手を結んだ証拠だと言われた。』
ユーゴスラヴィア空爆は、欲得うずまく非常にセンシティブな話であったらしい。知らなかった。
ちょっと調べてみよう。
ユーゴ空爆 1999年3月24日
セルビア系の民族浄化の不法行為を根拠におこなわれた
アルバニア系住民による非アルバニア系住民への不法行為を批判してはならない。
セルビア人寄りの報道を行ってはならない。
どうやらアルバニア人=善、セルビア人=悪 の善悪二元論でこれから逸脱した言説を行うとアンチ民主主義、アンチ西側とみなされて制裁対象となった。
『無実の罪に泣く人がいれば、例えばそれが敵であっても弁護してやるのが正義、真実ではないか』
その通り。だが、それができないのが人間なのだと思う。
無実。明らかに無実であれば、弁護はしやすい。
大体において、グレーであるから意見がわかれるのだろう。
そこに各人の主義や思い込みがはいってきて、互いの信仰のもとでの正義と正義の対決になるのだろう。
【ポンソンビー卿からジェイミー・シーまでの流れを踏まえて】
『人間集団には、「自分たちは善の側、しかも脅威にさらされている善の側にいる」という催眠術をかけようとする殆ど病的な欲求がある』
これは自分自身にもあるし、身のまわりにもある。
『どちらが加害者で、どちらが被害者であるかを見定めることが非常に難しいケースは多い』
たしかに世界史において、日本は太平洋戦争での加害者として記録されるが、日本国民の主観では圧倒的に被害者である。
加害者でもあり、被害者でもある。
『懐疑主義の危険性』
懐疑主義とは何か?基本的原理・認識に対して、妥当性、客観性、蓋然性を検証し、根拠のない主張を排除しようとする主義。
懐疑の結果、妥当性、客観性、蓋然性をもった認識が得られなかった場合、不可知論と結びつき、神の存在を疑うに至る場合がある。
このため、古代から無神論につながる姿勢として、批判されることが多かった。
しかし、近代以降は、自然科学発展に寄与することから肯定的に語られることが多い。
この本の中でいう懐疑論の危険性は、ありとあらゆるものが信じられなくなるからということだろう。
つまり何も判断できず、停止することにつながるからということか。
『相対主義の危険性』
相対主義とは何か?認識、価値の相対性しか認めない立場。相対主義は知識、価値の普遍的妥当性を認めない立場であることから、懐疑主義と結びつきやすく、神学や形而上学に批判的な立場をとる。
相対主義の主張は、ある物事に対する評価はそれぞれの人のフレームワーク(認識の枠組み、仕組み?)との相対的関係においてしか存在せず、そのフレームワークはそれぞれの人によって異なるというものである。
相対主義を批判する立場における主張は、相対主義とは、ほとんど何でも主張できる、したがって何も主張していない。つまり知的無責任、常識と理性の破壊であるというもの。
おそらく、自分は相対主義者であるのだろう。多分、大学時代に相対性理論を学んだ影響であろう。
『超批判主義を通せば、否定主義の嘆かわしい愚直さに行きつく』
『メディアがつける呼び名に注意すること。挑発者、扇動者、首謀者、ほらふき、不届き者、グル、悪党、犯罪者、陰謀家、テロリスト。さらに形容詞にも注意すること。偏狭な、粗野な、横暴な、暴力的、横柄な、無責任な』
最近、プーチンをめぐる報道で見た気がする。
【読後感】
この本に掲載された戦時プロパガンダの典型例の半分以上は、ロシア・ウクライナ戦争で実際に使われている。
一方で、ロシアにおけるプーチンの支持率はいまなお高いと聞く。
なぜ、ロシア人がこのようなプロパガンダを信じるかと言えば、実際に起きた出来事にプロパガンダが絡み合ってロシアメディアで報道されるからだろう。
日本人は、ロシアの敵対勢力にいるのでロシアの行動を懐疑的にみている。最初からロシアが悪の陣営に属する、邪悪な言説を流すものという前提で、ロシアの報道を見ている。さらに日本メディアでの報道は、事実の部分と、プロパガンダの部分に切り分けられて放送される。このためプロパガンダを見分けるのは容易である。さらに事実の部分は、日本人の利害と直接的に関係する部分は少ない。つまりロシアのプロパガンダを客観的に見やすい。
一方でロシア人の立場では、自分自身の安全や、利害に直接的に影響してくる事項であり、客観的に見ることが難しい。さらに自分たちが善の側にいたいという欲求が、プロパガンダを疑うことを一層困難にする。
さて、我々日本人についていうときは、ウクライナをみるときに無条件に善の立場とみなして、報道に接している。それは本当に何ら問題がないことなのか、それとも10年ぐらいたってから「あのとき、実は」という話が出てきたりするのだろうか。たしかに、ウクライナは大国から一方的に侵略を受けて、国土を戦地にされ日常生活を破壊された側なので同情に値する。それでも、ゼレンスキー大統領に失敗があったとはいえると思う。地味ながら、長年、中国をうまくいなして独立を維持している台湾の政治家のほうが、政治家としては一段上であると思う。
ところで、本書では事例として第一次欧州大戦を多く例に引いてきている。第一次欧州大戦は、最初はオーストリア皇太子の暗殺から始まり、各国の読み違え、利益、建前が錯綜して大戦に至った。もし、ロシア・ウクライナ戦争が第三次欧州大戦につながるのであれば、各国の読み違えという観点では、第一次欧州大戦と相当の共通点があるのかもしれないと感じた。いずれ、第一次欧州大戦について、各国の読み違え、利害、建前を整理してみるのが興味深いかもしれないと感じた。
大変、勉強になった良い本だった。
【メモ】
1.第一次世界大戦参戦国の思惑
フランス 領土拡大、第二帝政時の国境線の回復
ロシア バルカン半島の主導権、コンスタンティノープルの入手
イギリス 植民地、海軍の最強国の名誉維持、ドイツ拡大防止
ドイツ 植民地からの原料入手、英の海外領土独占への抵抗、英仏ロの団結破壊
アメリカ 欧州への多額の輸出、貸付。列強国の仲間入り
2.第一次欧州大戦の参戦時の連合国の建前
軍国主義の拡大阻止
小国保護
民主主義確立
2.2 米国の第一次欧州大戦の参戦建前
ベルギー王国の難民救出。自由、人権、民主主義の防衛。
3.裏
アメリカ 戦後に産業発展、列強国仲間入り
イギリス WW1の戦利品はエジプト、キプロス、南西アフリカ委任統治などなど
フランス、ロシアは、密約。獲得した領土は山分け。ドイツ領土はフランス、ポーランドはロシアのもの。
民主主義は確立されず。
以上