里村の名
そもそも異民族を従わせる最速の手法は、敵の首長を弑殺し、その首長と長年敵対してきた首長一族の者を大抜擢して、その座にすげ替えることで、こちら側への服従を実現ならしめることである。
第二の策は、民を味方につけて新たな首長をかれらの手によって選出せしめ、それを支援することだ。中期的な戦略的観点が必要で、時間もかかる。
最後に、万全完璧の策があるが、五十年、百年という歳月を要する。
……すなわち、異民族の“神”を乗っ取ってしまい、こちら側の祭祀のなかに、その神を組み入れてしまうのだ。おおむね、建国神話というものは、こういう過程を経て、討伐した各部族、各民族の祭祀そのものを取り込み、あたかも元々本国に伝承されてきたかのように書き換える……この作業こそ、帝国が帝国たるゆえんの盤石の基盤を築く礎となる……。
いま。
延生に、村の“名を与えられることを希求する”この人々の本念というものはどこにあるのか……それが延生にはつかめない。
呼ばれた台座にすわった延生は、村の長の白い髭を見つめていた。本来、里や村の年長者のうち、老衰していない意識堅固な者が“長”を務めているのが、最もよく見受けられる自然発生的形態であった。
「……わたしに、この里村に名をつけろというお申し出は、まことに光栄の極みですが……」
と、延生は切り出した。
「いずれ時をみて、帝王陛下に命名を請い願われることこそ、この里村の未来にとっても佳き事かと存じます」
丁寧に辞意を表した延生のすぐ隣で、趙志明は、ただにやついて様子をみている。このやりとりから、延生の思念のありようを見極めようとしているのかもしれなかった。
けれど、村の長は引き下がらない。
「伏して、あなた様に名付けくだされんことを願うばかりでございます」
「けれど、長どの、わたしは一介の書生のごときもの……そのような大役を担う者ではありません」
「いいえ、滅相もございませぬ。あなた様こそ、われらが主君……そのように、村の長老会で全員が賛成し、異論を持つ者はただの一人もおりませぬ。どうか、お願いつかまつりまする……」
いきなり事が意外な方向へ動き出して、延生は困惑した。隣でクックッと楽しげに薄笑う志明を横目で睨みながら、
(はめられた!)
と、気づいた。これらは志明が仕組んだことではないのか……。
やはり、躰が童子というだけではなく、二十三歳という実年齢は、自分と比べても思考の深さといい、兵法の修得といい、物事の筋道の立て方といい……策士の質があるにちがいないと、いまさらながら延生は痛感させられた。同時に、志明の裏の顔はどんな諸相から成り立っているのか、そんなことにも興を覚えた。
「兄ちゃん、受けたらいいのに」
ふいに志明が弟を装ったまま、軽口を叩くように囁いた。
「受ける? と申したか?」
「うん、名前をつけてあげればいいじゃん。親切にしてもらった御礼もしなくっちゃ」
空とぼけて志明は突っかかってくる。名を付ける意味の本質を十分理解してのことであったろう。
「当然、知ってるよ。名を付けてあげたら、あんちゃんが、この村、いや、新しいその名の国の王様になるんだもん! すごいや、凄い!」
「志明……おまえは……」
「大賛成だよ、あ、長老の方、あんちゃんが、いいってさ。名を考えるって!」
すると額を床に擦り付けて長は平伏してしまった。
こうなれば……と、延生は延生なりに考えた。志明のわるだくみに乗ってみてもいい。そうすることで、彼の裏の顔が露わになるきっかけが見つかるかもしれないと思った……。