狛 鷹(こまだか)
孤担焔が率いてきた一団には、城壁造りの職人が混ざっていたことが幸いして、すでに砦らしい外観が出来つつあった。
「若、あの童子、趙大将軍の御身内とは申せ、少々、うざい奴ですな」
二人きりのときには、狐担は、延生のことを、〈若〉と呼ぶ。当然、延生が女人があることは呉家に深く根付いている狐担家の一員であるからには知っている。あえて大声で、「若、若……」と連発するのは、周囲に聴かせるためであろう。
「焔どの……趙家の肪辛とは、うまくやりとりをしているのですか?」
……それが延生には何よりの心配事だった。
肪辛は、人生経験も長く、元盗賊の幹部といった裏の顔を持つというではないか。これまで培ってきた人脈には並々ならぬ厚みがあるはずである。おそらく、その核となる人物を護衛隊に引き入れているにちがいなかった。
「……ところで、若、帝王陛下から賜ったという、噂の狛鷹というのは、いずこに?」
「さあ、たまに、声は聴こえているが……」
「声?」
「ああ、眠っているときに、わたしの耳元で囁くのです」
「はあ?」
「嶢山〈ぎょうざん〉へ行くな、行くな……と」
「そ、それは、夢の中で?」
「さあ、そうかもしれません。志明が言うには、狛鷹は、視える者には視え、そうでないものにはみえないらしいです」
「はあ? では、やはり、空を飛ぶあの鷹なのですな」
「鷹にして鷹にあらず……と、そんなことも志明がつぶやいていました」
「鷹ではない? では、何なのだ……若、まさか、あの童子めにたぶらかされているのではないのかな」
そんなことを言われても、延生はうまく説明できない。けれども、鷹のような生き物、としか答えられないこともまた確かな事実なのだ。
調教せずとも、こちらに付き従っているのは、狛鷹は知性をもってみずからの判断をしているということなのだろうか……。そんな突飛な考えを狐担に告げると、かれはふうむと唸った。
「ふうむ。これまでわしも人とはおもえぬものと遭遇したことはある……この目には見えない魔の力というものを肌で感じたことも一度や二度でない。したが、喋る鷹とは聴いたこともないが……」
「この先の道中では、おそらく、今まで遭遇したことのないものと出逢い、経験したことのない修羅場に陥るかも……とも、志明は申しておりました。そのためにも、行速を抑え、城砦を三十里ごとに築くのだと……。そのうち、狛鷹もはっきりと姿見せるかもしれません」
そのとき、最初からその場に居たかのように志明の声が響いた。躰は童子でも、その声は大気を突き刺す震動を帯びている。
「あんちゃん、そんなところでひそひそ話していないで、早く、こっちにおいでよ。村の長が挨拶したいと待っているよ」
「ん? 挨拶はすでに交しているが?」
「頼み事があるんだってさ!」
「たのみごと……?」
「村の名を考えてほしいってさ」
それを聴いて、延生と狐担の二人は、同時に、
「ひゃあ」
と、声をあげた。
なんとなれば、里村を名付ける行為は、すなわち、名付け親に対する絶対の服従を意味しているからである……。
手っ取り早く言えば、名を与えよと迫る行為というものは、延生を、自分たちの“王”として臣従する誓約の儀式そのものに他ならないのだ。