嶢山海道
村へ続く道に佇んでいたのは、童たちで、ほとんど素肌をさらして、腰に蔦の葉を蔓で編み直したものを腰に巻いていた。
延生の馬車が停まったのを、もの珍しげに眺めていたが、近寄ってはこない。警戒しているのは当然だろう。この西海道は、滅多にひとが往来することはない。
海道、といってもなにも海の道ではない。茫漠とした道なき道、という意が込められている。嶢山海道とも名付けられている。
帝国人にとっては、未踏の地である。事前に何年もかけて趙志明が調査していたとはいえ、それはとてつもない長い道程の十分の一にも満たなかったであったろう。
「この村は……」
と、延生は志明に訊いた。
「うん、ここに陣を敷く。長には、すでに肪辛配下の者が話をうけてある。後続の孤担焔勢と合流し、強固な石垣を組んで砦を築くんだよ」
志明は延生の左手に口づけするようにはしゃいでいる。傍目から眺めれば、仲のいい兄弟のじゃれ合いにしか見えない。
「おい、やめろ!」
「いいじゃん、あんちゃん、蒸風呂にも入れるよ」
「こら、志明、おまえは……?」
「賢いって、褒めてくれる? 物々交換と堅牢な家を造ってやると言って、味方になってもらった……こののち、三十里ごとに、こうして砦を築いていけばいいんだよ」
「先を急がないのには理由があるのか?」
「理由もなにも、遠征というのは、そもそもそういうものなんだよ、あんちゃん」
「・・・・・・・?」
「拠点ごとに糧食を確保し、民を味方に引き入れ、そこから軍夫や軍人を募り、軍勢の足腰を強くしていく……伯父から学んだことを実践しているだけだよ」
「なるほど」と、延生は頷いた。ここは、弟に任せておけばいい……。
志明が言うには、この村は、帝国の国境にほど近いこともあって、逃亡兵、盗賊の生き残り、姜族、倭族、矮族などの東夷、北夷の野蛮人らが逃れて互いに肩を寄せ合って生き延びてきた稀有な里村であるらしかった。血が混じり合い、出身母体とはまた異なった新たな部族として生まれ変わっていたといっていい。
この村に強靭な砦を築くということは、ここが、延生にとっての初の城砦となるのだ。
つまりは、若き城主の誕生……といってよかろう。