道連れ
眼下に拡がる茫漠として当て所のない未踏の地を、小高い丘の上から眺めた呉延生は、ため息すら出なかった。
「……志明、おまえが造った地図では、あの先に村があるのだな」
「うん、そうだよ」
「どういう種族が棲んでいるのだ?」
「そこまではわかんない……妖術を使うらしいけど」
趙志明は淡々と答える。
……出立前、この二人は、誓約を交している。二十三歳の趙志明は、五、六歳の童子姿のとおり、童子に徹すること。十七歳の呉延生の正体、すなわち女人であることを秘しつつ、実兄のごとく接すること。司馬様とも呼ばす、“兄ちゃん”と呼ぶこと。一方、呉延生は、歳上のこの《《童子》》に敬語も一切使わず、実弟のごとく扱うこと。夜寝るときも《《仲良く》》躰を横たえ、互いに未知の敵から相護り合うこと……。
この誓約に従い、いまの二人はどこからどう見ても、《《歳の離れた》》兄弟にしか見えない。
……それにしても、世にも珍しい陣立てであった。
馬戦車が二騎(台、とは呼ばない。あくまでも戦闘を想定した巨大なる馬、の意を込めて、“騎”という)、一騎には呉延生が乗っている。幕舎の役割を兼ね、そこは延生の居住空間でもあった。
昼夜を問わず、舎内に出入りできるのは、志明ただ一人だけである。
もう一騎の馬車には食糧と水、武具、組立式天幕一式、連絡用の伝書鳶……などが収納されている。
総勢五十余人の護衛隊長は、肪辛。若くはない。すでにこの時代、武人としての致仕年齢の五十を超えている……といった噂さえある。
かれは、元、盗賊の一味である。
帝都の富貴者の蔵を狙った〈黒炎匏〉と名乗る盗賊に加わったのが八歳の頃。あらゆる剣技と盗技を独習しつつ、十八にして副瓠主となった。のちに、趙大将軍に破れ捕虜となり、趙家の家僕となる……そういう一風変わった経歴を持つ。
後方支援隊長は、孤担焔といった。
総勢約二百。先行する延生の馬車から離れること、およそ三里。
……狐担家は、代々、呉家の家宰を務める家系で、すなわち呉延生に対しては《《本能的に》》信を置いている一族の裔である。
かれは三十三歳。呉家の従軍子女を束ねる者として、帝都を離れるとき別働隊として選りすぐりの剣人、薬草錬磨師、鍛冶精製師などをともなってきた。こたびの延生の陰の軍師ともいっていい。
ちなみに、趙家と縁の深い肪辛は、童子が二十歳を越えていることは知っているが、呉延生の実体は知らない。
呉家の一族ともいえる狐担焔は、主人である延生が実は女人であることも、女人として育てられた呉家の秘密も知ってはいるが口外することはないし、童子の趙志明の本当の年齢は延生から聴かされてはいない。
なぜなら、成功するかもしないかも判然とはしない、困難な旅には余計な情報は不要であり、“知ってしまったがために”侵してしまうかもしれない判断遅滞や思念に棹さす誤謬を、延生が危惧したためであった……。
※註︰この物語の、里程表示は、1里≒1.8km。