趙 志明(ちょう・しめい)
童子は語る……語らずにはいられない芯からの衝動は、それはそれで延生、延霖二人の心を撃った。
「……嶢山へ、一緒に行っていただきたい……私の願いはそれだけです。もっとも、延霖どのには、この陣営に残って、やっていただかなくてはならぬことがあります」
「何を? でしょう?」と、延霖が問う。
「……わが趙家の従軍子女として、伯父を護って欲しいのです」
「趙将軍閣下の身内に扮するのですか?」
「出立前に、伯父には話しておきます……実は、この陣営に不審な動きがあるのですよ……おそらく、帝都での王位争いと関係しているとみています。詳細はつかめておりませんが、敵の油断をつくため、延霖どのには、向後、この陣営では女人に扮していただきたい」
饒舌を終えた趙志明のやや疲れを帯びた表情は、童子姿には似つかわしく、本来ならば滑稽に映るはずなのに、まるで子ども仲間で突如として人気者が出現したかのように愛らしくおもえてきて延生は驚いた。
「女に扮する? そ、そんな、馬鹿な!」
さすがに呉延霖は驚くより先に、怒りが鞘走って短刀を握りしめたほどである。延生の裏の顔を知っている者をやはり生かしておくべきではない……と判断したのは、弟として当然の帰結というものであったろう。
しかも、女に扮しろというのは、その理由はともかくとしても、応諾できるものではない。ところが、延霖を抑えたのは、延生の一言であった。
「委細承知。童子どの……いや、趙志明どのの言に従おう」