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ショートショート11月~

ゼンマイと、妹と。

作者: たかさば

チッ…チリッ!!!


何だ、これは。

夕方五時半、真っ暗になった人気のない路地裏をぼんやり歩いていた俺はなにやら金属?を蹴ってしまったようだ。


一応、立ち止まって、自分が何か落としてしまった可能性を、探る。


…鍵は右ポケットの中にあるな、落としたわけじゃない。

尻ポケットのスマホの…ストラップも付いてるな。


何だ、ゴミを蹴っただけか。

自分に何の関係もないことがわかったので、安心して一歩、足を出す。


ゴッ…ゴリッ!!!


路地裏の、あまり見通しのよくない暗い場所だったことが幸いして…俺は先ほど蹴ってしまった金属を思いっきり踏みつけてしまったらしい。

…やけに厚みのあった金属片は、地味に俺の右足首にダメージを与えてだな!!!


「クッ…いって…。」


思わず、声がもれて、にっくき金属片を足の下から拾い上げる。


「ぜんまい…?」


オルゴールのゼンマイのでっかいやつ?

はと時計用のやつ?

ブリキのおもちゃのやつ?


何に使うやつなんだろう、何でこんなところに。


「おにいちゃーん!一緒に、帰ろうー!!!」


何だ、妹じゃないか。…そうか、今日は塾の日だったな。


「お前、こんな暗い道通って家帰ってんの?大通り使えって言ってるじゃん!」

「いつもは向こう行ってるよ!!今日は、…お兄ちゃんがいるの見付けたから!!」


年の離れた妹ってのは、いくつになっても可愛いもんだ。

にっこり微笑む妹に、俺もへらっとした笑いを、返す。


…万年平社員のくたびれた俺に、こんなにも輝いた笑顔を向けてくれるんだ、そりゃあかわいいに決まってるさ。


「コンビニでなんかうまいもんでも買って帰るか。」

「わーい!焼きプリン買ってもらお!!」


128円でこんなにも大喜びできるんだ。

ちょっとぐらい懐が寂しかろうと、ケチるつもりなんか、ないね。


帰宅した俺は、ホクホク顔の妹をリビングに残して自室へ向かう。

…今日中に企画書をまとめておかないとまずいんだ。


スマホを机の上の充電器にセットして、鍵を引き出しに入れ…。


チャッ…。


あれ。


ああ、これは、さっきのゼンマイじゃないか。

しまった、急に妹に声をかけられたから慌てて鍵のポケットに突っ込んでしまったのか。


五センチほどの大きさの、丸い羽根?が二枚ついた、謎のゼンマイ。


オルゴールようのものにしては羽根が分厚くて、ゴツい。

昔じいちゃんちで使ってた鳩時計のゼンマイにしては…棒の部分?が短すぎる。

ブリキのおもちゃについているものだとしたら、おもちゃにくっついていないとおかしいというか。


「こいつは一体、何なんだ?」


手の平に乗せると、けっこう重量感がある。

…大切なものかもしれないな。

明日、交番にでも持っていこうか。


俺は、ゼンマイをつまみ上げ、ふと、その棒の先を。


俺の、手の平にあてて。

何の気なしに、ゼンマイの羽根をまわしてみたら。


・・・ぎり、ぎり、ぎり。


ゼンマイの、羽根が、回る。


「・・・え?」


俺の、左手の手の平に押し当てた、ゼンマイの先端が、ずいぶん、熱い。


・・・ぎり、ぎり、ぎり。


ゼンマイの、羽根が、回る。


おかしい。


なぜ、俺の手の平で、ゼンマイが、音を、立てている?


・・・ぎり、ぎり、ぎり。


ゼンマイの、羽根が、回る。


おかしい。


なぜ、俺の手の平の、しわが、渦を、巻いていく?


・・・ぎり、ぎり、ぎり。


ゼンマイの、羽根が、回る。


おかしい。


なぜ。


おれの。


心臓が。


・・・ぎり、ぎり、ぎり。


ゼンマイの、羽根が、回る。


どくっ・・・!!


・・・ぎり、ぎり、ぎり。


ゼンマイの、羽根が、回る。


どくん、どくん。


・・・ぎり、ぎり、ぎり。


ゼンマイの、羽根が、回る。


どっくん!どっくん!!


おかしい。


なぜ、俺の心臓の音が、こんなにも、響いている?


・・・ぎり、ぎり、ぎり・・・カチッ。


ゼンマイが、回らなく、なった。


俺が、ゼンマイから、手を、離すと。


キュル、キュルルルルルルル・・・・・・・・・・


ぐるんぐるん。

ぐるん、ぐるん。

ぐるん、ぐるんぐるん・・・。


―――よかった!


―――ちゃんと、巻けたね。


―――大丈夫、もう、動き出したよ。


手の平のしわが、渦を巻いていく。

手の平のしわが、激しく渦を巻いている。

手の平のしわが巻いた渦が、俺の体に広がってゆく。


―――ありがと!プリン、おいしかったよ!


俺は、渦に巻き込まれて、ぐるんぐるんと巻き取られてゆく。


全身が、ぎゅうと拘束されているような。


全身が、絞られているような。


全身が、引きちぎられるような。


どくん、どくん。


ずきっ・・・。


どくん、どくん。


ずき、ずき・・・。


どくん、どくん。


全身が、激しく、痛む。


「い、いってえ・・・。」


思わず、声を、漏らした。


「・・・!!!!せ、先生!!!山崎さんが!!!!」



俺は、建設現場近くを通りかかった際に、強風に煽られて倒れこんだ重機の下敷きになってしまったんだそうだ。

大型クレーン車は、10トントラックを高さ30センチまで圧縮し、俺はその30センチの隙間に挟まれた。

たまたま横に駐車していたトラックが、俺を救ったらしい。

直撃していたら、ミンチになっていたはずだといわれた。


全身打撲、内臓破裂。

救出されたとき、俺は心肺停止状態だった。


「何度電気を流しても駄目でね、もうあきらめていたのよ、良かったねえ…!!!」


両手がギプスで固定されている俺に白湯を飲ませながら、母さんが微笑んでいる。

…ああ、白髪が増えたな、心配かけすぎちまった。


・・・俺が、おかしなことを口にしたら、また、白髪が増えてしまうかな。


「なあ…変なこと、聞いても、いい?」

「なあに?あんまりびっくりさせないでね、母さんはあんたの事故を聞いて本当に寿命が縮んだんだから。」


・・・どうか、縮まりませんようにと、願いながら。


「俺ってさ、一人っ子、だったよな?」

「・・・なんで?」


微笑んでいた母親の顔が、こわばっている。

もしや、今、寿命が縮まっているんじゃないだろうな。


「なんか、高校生の妹がいる夢?見たんだよ。」

「・・・。」


何で、母さんは返事をしない?


「…可愛くて、仲が良くて、一緒に家に帰った。プリンを、おごった。喜んでた。」


違和感のない、家族としての会話が、夢の中に、あった。

妹を思う気持ちと、妹がいる日常が、あの一瞬に、確かに存在していた。


「女の子、だったんだ、ね・・・。」


母さんが、涙を、流している。

・・・俺の知らない、何かが、ありそうだ。


涙ながらに、母さんが話してくれたのは、生まれてこなかった、きょうだいがいたということ。


俺を出産して十年経ったある日、おなかに命を宿した母さんは、当時の姑…婆さんにひどい扱いを受け、無理がたたってしまったらしい。


「性別もわからなくて、何も・・・残らなくて。かわいそうでね。」

「そうだったのか・・・。」


妹は、生まれることができなかったけれど、成長、したんだ、たぶん。

…俺が成長したように、妹も。

姿かたちこそ存在していなかったけれど、魂は、ちゃんと、成長して。


きっと、俺と母さん、二人で過ごしてきた日々が、なんとなく、さびしくなかったのは。


・・・妹が、一緒に、いたからなんだ。

妹は、いつだって、俺と、母さんの所にいて。

一緒に笑って、一緒に泣いて、一緒に悩んで、一緒に答を出して、一緒に前を向いて。


・・・妹は、とても、幸せそうで。

・・・妹がいたらきっと、幸せに暮らしていたんだろうなと、思うほどに。


俺は、妹の存在を感じることが出来ずに今まで生きてきたけれど。


これからは、妹の存在を感じて、生きてゆくはずだ。



体の傷が癒え、俺の全身のギプスが取り払われるときが来た。


重みのなくなった体は、確かに軽くなったものの、筋肉が落ちてずいぶん貧弱になってしまった。

・・・はは、手を持ち上げるだけで震えてるよ。


「リハビリをがんばれば、ちゃんと元の体に近づけるようになりますよ。」

「簡単に元通りって訳には行かないですよね…。」

「少しづつ、がんばっていきましょうね。」


看護師さんと、理学療法士のお兄さん、担当医が俺に笑顔を向ける。

俺もぎこちない笑顔を、ぎこちない動きをしながら・・・返して、みた。


これから長い戦いの始まりだ。

…俺は、決意を胸に、包帯の取れた両手を前に出し、ぎゅっとこぶしを握ろうとして。



こ れ は !!!!!!



左手の、手の平に、渦巻き模様を、見つけた。

あの夜…夢の中で、俺が、ゼンマイを、巻いた、痕!!!!!


左手を見つめたまま、動かない俺を見て、看護師さんが…覗き込んだ。


「あら珍しい!手術跡ですかね?圧迫痕?すごい、渦巻いてる・・・!!!」

「ここは手術してないから、圧迫痕だね、包帯で圧迫してたから?いやでも珍しい…。」


この渦巻きは。


確かに俺が、ゼンマイを巻いた証。

ゼンマイを巻いて、俺の心臓は動き出した。


・・・ああ、わかった。


俺の、心臓を動かしているのは、たぶん。

あの時、巻いた、ゼンマイの力。


この渦巻きが、もとの手のしわに戻るとき、おそらく俺は…心臓を止めるのだ。


・・・その頃、また妹に、会えたらいいな。


俺は力なく、左手を握り締めた。


「じゃあ、リハビリ一日目、がんばりましょうか!!!」

「・・・よろしくお願いします!」


リハビリはきっと、辛く、長く、厳しいものに、なるはず。


だが、俺は、きっと、がんばれる。


妹が、すぐそばで、俺を励ましてくれているはずだから。


・・・はは、頼りない、情けない、へこたれがちな兄ちゃんに、せいぜい発破かけてくれよ?


俺に、妹の声は聞こえないけど。


前向きになっているのは、たぶん。

がんばろうと思えるのは、たぶん。


俺は、長いこと常駐していたベッドから下ろされ、車椅子に乗せられた。

自分で動かすことはまだできない。


「では、リハビリ室に行きましょう。」

「はい。」


看護師さんに車椅子を押されて、俺は、入院以来初めて・・・病室を、後にした。









―――がんばって!


―――お兄ちゃん!!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 妹さんが、守護霊になって居るのでしょうか? もしも生まれていたら、母親とも仲良くして笑顔の絶えない毎日だったろうな、と、ホロリと来ました。
[一言] 一瞬、背中がゾワっとなりましたよ。 変なゼンマイかと思ったら。あ、確かに変なゼンマイでしたけど。 まさかのホラー。
[良い点] なんというホラー。おおぅ、少しビビりました。 [気になる点] 内臓破裂はえげつないですね。パワーワードかもしれない。 [一言] 最近波の音、聞いてないなぁ。擬音語の練習しなきゃ
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